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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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狐の少女

黒いフードで顔を隠した華奢な少女は、後ろから黒髪の青年アンセルムスを見る。

狡猾な光をその瞳に宿した、戦乱の嵐の目となる人物は、一連のバーティマ革命を好機としてとらえているようである。彼女の目からは、彼は非常に喜んでいるように見えた。残酷な笑みを浮かべ、平気で何物をも殺せる青年。しかし、その胸の内に宿る、怒り、絶望、虚無感を、誰も知らない。もちろん、彼女自身ですら。

アンセルムスより、連絡があり、すぐに彼女は彼のもとにはせ参じた。かつて、彼と会ったその日から、その運命は変わらない。

迫害されてきた彼女たちに、アンセルムスは希望を与えた。その時彼女は誓った。たとえ、死ねと言われようとも、彼のためにこの身を奉げよう、と。

彼女の名はキアラ・フォクサルシア。獣人種族フォクサルシアの少女である。

フードから零れ出ている黄金の髪は、まるで神に祝福されているように綺麗で神々しい。けれど、実際のところ、彼女も彼女の仲間たちも神に愛されていることはなかった。

獣人はいわゆる「魔族」にカテゴライズされる存在。この世界ではマイノリティーであり、差別される存在である。

住処を追われ、過酷な環境下で多くの仲間が死に、生き残った少数が今、この世界に存在するのみとなっている。


ただ、滅びを待つだけの彼女たちに、アンセルムスは道を示した。


『神を、運命を、世界を壊す』


誰の為でもなく、自分のために。

そう言った彼は、傲慢で、不遜で、怖れ知らずであった。馬鹿な、と皆が言う中、キアラだけは彼を信じた。その理由は自分でも理解できなかった。けれど、彼女は思ったのだ。

私だけは、彼のために、と。

まるで、前世からの恋人であるかのようにさえ、彼女は感じていた。

アンセルムスと直接会うのは、数年ぶりであり、彼女のことをアンセルムスは憶えていないのでは、と危惧したが、そのようなことはなかった。

アンセルムスは長年集めてきた私兵たちを引き連れ、バーティマへと向かった。

そして、バーティマ革命の影の指導者ゼルに協力し、見事、これを成功に導いた。



「アンセルムス様」


キアラはアンセルムスに声をかけた。あの革命成功より、彼は常に動いている。世界各地に工作をするため、寝る間すら惜しんで。


「どうした、キアラ」


「少しはお休みになってください。このままでは・・・・・・・・・・・」


「キアラ」


黒髪の青年は少女を見る。その黒い目は、邪悪に取りつかれているようだった。黒い炎が燃え上がる。


「賽は投げられた。もはや止まることも後退することも赦されない」


「・・・・・・・・・」


不屈の闘志で自身の覚悟を言ったアンセルムスは、そう言い、再び机の上の書類に向かう。

そして、机の横にいる数人の人影を見る。


「シャンクシーションク、お前にはクライシュ大陸に行ってもらう。そちらでの工作は先に述べたとおりだ。大宗主はこちらの協力を断った。ならば、奴には退場してもらうまでだ」


「承知いたしました」


黒い衣の、暗殺者の如き姿のものはそう言い、頭を下げた。


「レイド、貴様にはバラルとアクスウォードへの工作を担当してもらう。情け容赦はいらん。徹底的に殺せ」


「は」


レイドと呼ばれた長身で痩せこけた男は残虐な笑みを浮かべて頷く。


「ほかのものは、先に指示したように動け。わかったな」


一同が頷くと、アンセルムスは解散を言い渡した。




それから数時間後。

アンセルムスより言い渡された軍の編成を終えたキアラはバーティマ内にあるアンセルムスの屋敷を訪ねたが、彼はいなかった。

休みを取っておられるのか、とも思ったがそうでもないようであった。

アンセルムスがほかの場所に行くとは思えない。娼館に行ったり、賭博をしたり、ということは彼は嫌っている。

キアラは一人、街の中を歩いていた。

バーティマにおいて不当に差別されてきた人々が今はこの街の支配者になっていた。金持ちや権力者は皆、牢獄の中か、失意の底にいる。

バーティマの人々は自由を手に入れたのだ。

キアラはふと、通りを走る子供たちを見る。

キアラは人間への怨みがないわけではないが、それでも子供の姿は愛らしい、と思う。

子どもたちは年長者の少女に声をかけ、笑う。少女もおそらく孤児なのだろう。その身より放たれる気配がそう物語っていた。

ふと、その少女がバランスを崩し、倒れた。子供たちが駆け寄り、大丈夫か問うと、少女は大丈夫と答えたが、キアラにはそうは見えなかった。

キアラは放っても置けずに、少女たちの方に近づいていく。


「大丈夫ですか?」


キアラが問うと、子どもたちはおどおどしながらキアラを見る。


「ええ、少し、脚をひねったみたいで」


そう言う少女だが、その顔は苦痛に染まっている。キアラは痛む足の方に手を添える。


「・・・・・・・・・炎症を起こしている、か」


少女はきっと、以前に何か怪我をしていたのだろう。だが、無理をしていたのだろう。それが悪化して、今、爆発した、といった感じなのだろう。

見たところ、子どもたちを世話しているのは彼女だけのようだ。大人のいない孤児だけで暮らす。そんなことは、珍しくはない。そうやって過労や疲労で死んでいくものも、また少なくない。

キアラは少女の脚に手を当てる。そして、目を閉じた。

ポウ、と光が輝く。魔力が活性化し、少女の中に送り込まれる。

熱い。少女はそう感じたが、それは不快ではなかった。気づくと、足元の痛みが徐々に薄らいでいく。


「治ったの?」


少女の問いに、キアラは首を振る。


「いいや、私はただ、あなたの中に魔力を送り込み、治癒を促しただけ。完全には、治っていないから、少し安静にしていなさい」


そう言い、キアラは子供たちを見る。少女の痛みが和らいだと聞くと、子どもたちは嬉しそうにしている。

子どもたちの頭を撫で、キアラは言う。


「お姉さんを大切になさい。あなたたち」


そう言い、キアラは背を向ける。そんなキアラに、少女は礼を言う。


「ありがとうございます」


「・・・・・・・・・・・」


キアラはふと振り返り、片手をあげてそのまま歩き去っていった。

少女は、エレナはそのままキアラを見送ると、子どもたちに付き添われながら家の方向へと歩き出す。




キアラが彷徨って、バーティマの端まで来た時、ふと、笛の音が聞こえた気がした。

バーティマの街の端の林。閑散とした其処から、音は聞こえてくる。

哀しい音色だ、と少女は思った。

少女が思い出すのは、寒い、故郷の景色。

雪と、突き刺すような針葉樹林。生き物が住むには過酷すぎる地。彼女はそこで生まれ、そこで死んでいくはずであった。

怨みと理不尽を抱えながら生きてきた。

あの故郷の色を思い浮かべながら、少女はその旋律の方に向かっていく。

本職の笛吹きのそれと比べると、幼稚であるが、不思議と吸い寄せられるようにキアラの脚は進む。

林の奥へ向かうと、少女は探し求めていた人物が笛を吹いている場面に遭遇した。

黒髪の青年は静かな林の中、大きな石の上に腰掛け、笛を吹いている。目を閉じ、精神を研ぎ澄まして。

まるで死んでいったものに捧げるかのようなその演奏は、キアラの心を揺さぶる。


「盗み聞きか」


演奏が終わると同時に、アンセルムスの声が響き、キアラはびくりと震えた。そして、アンセルムスを見て、頭を下げた。


「す、すみません、アンセルムス様・・・・・・・・・・・・」


「いや、構わんよ」


アンセルムスはそう言い、笛をしまう。


「かつて、教養程度に、と習ったが、結局俺には才能もセンスもなかったようでな。なんとか吹ける程度、だ」


自嘲するようにアンセルムスは言い、肩を竦める。


「それで、キアラ。何か用か」


「いえ」


キアラはそう言い、哀しげに目を逸らす。

キアラと彼がともにいる理由など、ない。理由がなければ、彼女が彼に近づくことはできない。

彼はあまりにも遠すぎた。物理的な距離ではなく、精神的な距離が。

この人の抱える絶望の一端でも、キアラはどうすることもできないのだ。

そんなキアラを見て、アンセルムスは立ち上がると、そのフードを下ろす。

フードから出てきた、大きな狐耳を撫で、その髪を撫でる。


「キアラ、お前はよくやってくれている。感謝している」


「そんな、アンセルムス様・・・・・・・・・・・・・・」


「だから俺はお前に誓おう。この世界も、神もすべて殺してみせる、と」


こともなげに言ったアンセルムスは頭上の月を見る。

おぼろげに空に浮かぶ、半月の月。それを忌々しく睨むと、アンセルムスはキアラの頭より手を払い、歩き始めた。

先ほどまでの旋律が消えた林は、静寂に包まれていた。

キアラはしばらくしてからアンセルムスの後を追った。




アンセルムスの背を後ろから見て、キアラは物思いに沈む。

アンセルムスがあの笛で忍んでいた人物は、きっとアンセルムスの首からぶら下げている指輪の持ち主のことなのだ、と。

根拠はない。言うならば、それは女の勘であった。

きっとその女性はもうずっと昔に死んでいる。だが、彼女は今もなお、アンセルムスの胸の内で生きているのだ。

アンセルムスにそこまで思われる女性のことを、羨ましく思う。


(アンセルムス様)


キアラは言葉に出さず、彼の背中を見つめるだけ。


(私が死んだら)


(あなたは、私を忍んでくれますか?)


私のために、笛を吹いてくださいますか。

そんな少女の言葉は、言葉になる前に消えた。




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