オートマタは夢を見るのか?
レノックスを加えた一行は、上層階へと向かって進んでいくが、魔神の差し向ける敵はより強大になっていく。
「レイーネ!」
「ッ」
敵の攻撃でバランスを崩したレイーネ目がけて振り下ろされる巨大な斧。遠くで戦うミアベルが警告の声を出すが、彼女は動けない。レイーネは死を覚悟したが、彼女のもとに死は訪れなかった。彼女の前には、自分を機械人形と言うレノックスが立ち、彼女を敵の攻撃から庇っていた。
彼の腕から何やら光の盾のようなものが出ている。それは魔力を一切感じない不思議なものであり、敵がどれほど力を入れようとも叩き割ることができなかった。
「ビームシールド、出力、10%アップ」
レノックスが言うと、盾は輝きを増す。左腕が割れ、中から骨ではなく、何やら機械仕掛けの物が出てきて、ガチャガチャと音を立てて変形し、何やら不気味な形のものになる。それを前に立つ敵の腹部に充てると、レノックスは何食わぬ顔でそれを放つ。
「プラズマカノン、発射」
そのまま、青い稲妻が放たれ、敵の腹部に大きな風穴を開けた。バチバチ、とレノックスの身体を電撃が覆うが、彼は平然とした顔で崩れる敵を見ていた。
レイーネは立ち上がると、レノックスを見た。
「無事?」
「え、ええ」
レイーネは頷く。レノックスは穏やかな笑みを浮かべたまま、左手を元に戻す。元の人間の手に戻るが、彼が機械人形であることを、レイーネもほかの物も思い知らされた。
レノックスがじ、と前方を見る。その目が一瞬赤くなったかと思うと、彼は唇を開けた。
「来るよ」
そう言うと、また新たに数体の巨人が現れる。レノックスは両腕を先ほどのプラズマカノンに変形させると、青白い輝きをその両腕より放った。
戦闘はそれから数分後に終了した。レノックス野凄まじい戦闘力を見たゼルは、穏やかな笑みを浮かべる機械人形をまじまじと見た。
「お前、いったい何者だ」
「機械人形ですよ、あなた方の言うところの」
「だけど、私たちと戦った機械人形にあれだけの力はなかったわ」
レノックスの言葉にミアベルが問うと、青年は肩をすくめた。機械人形と言う割には、彼は表情が豊富である。
「私は、特別製ですから」
そう言ったレノックスの顔に、わずかな哀しみが浮かんでいるのをレイーネは見逃さなかった。
その後もレノックスは度々その戦闘能力で一行を救った。最強の攻撃力を誇るプラズマカノン。連射可能な低出力ホーミングレーザー。強力なビームシールド。それに彼自身も相当頑丈であり、ダメージも自動修復することができた。
レイーネの聞いた話によると、どうやら彼はこのエデナ=アルバとは別の世界で作られた存在なのだという。彼自身も頭部への損傷があり、元の世界の記憶は失われているようだが、同胞とともにこの世界にたどり着いたのだという。しかし、その同胞もすでにいない。操り人形とかし、ゼルたちに葬られたからだ。別にゼルたちを恨んではいないが、この城の魔神に仲間たちを破壊させたこ徒に対する報復をしなければならない、と彼は言う。それはプログラムに規定されていないことで、彼の独断だという。
作られた存在でありながら、彼は人間らしい感情のようなものを持っている。それをレイーネは感じていた。
魔神の屍で作られた屍竜を倒し、一行は階段を上がる。そして、目を見張る。今までの階層もそれは多くの財宝で埋め尽くされていたが、その階層はそれ以上であった。そして、黄金の玉座にどっしりと座る、金色に光る鎧を纏った存在がそこにはいた。
ゼルはその人物を見てそれが件の魔神である、と直感した。
「アウグノールの王、か?」
『いかにも』
黄金の鎧の魔神は答え、手にしていた杯の中の酒を飲む。黄金の兜から見える肌の色は灰色であり、にたりと不快な笑みを浮かべ、地上から来た者たちを見下すような視線であった。
『アウグノールの王、『強欲』の魔神。人は我をそう呼ぶ。我が名は、サヴェッジ。か弱き者どもよ、何を求めてここに来た?貴様らは我が財の何を欲する』
「アポクリフの神器、『強欲の刃』」
ゼルは言う。神アポクリフが使用する、短剣。それは敵を倒し、復讐をすることを求めし者に力を授ける短剣であり、持つ者を貪欲なまでに勝利に導く。
ああ、あれか、とサヴェッジは呟く。そして、ニィと笑った。
『やらぬ。アレは我のものだ。そう、あれに限らず、この城にあるものはすべて我のもの。そして、いずれはエデナ=アルバのすべての財が我がものとなるのだ』
たとえ塵ひとつであろうとも、貴様等にやる物などないわ、そう呟くサヴェッジ。そうかよ、とゼルは呟くと、仲間たちに目くばせする。
「どっち満ち、交渉できる相手とは思ってねェ。力ずくで手に入れる」
『ほう、その貪欲さ、気に入った。ならば我を倒して見せよ、卑小なる人間どもよ』
魔神は盃を叩きつけ、脚で踏みつけると腰に差した二本の大剣を引き抜いた。魔神はそれを軽々と握ると、笑ながら四人に近づいてくる。
ミアベルとゼルが剣を抜き、迫る。その後ろからレイーネがナイフを投げて支援し、レノックスがホーミングレーザーを放つ。
ミアベルとゼルの剣戟を受け止めた魔神に、ナイフとレーザーが迫るが、ナイフは黄金の鎧を傷つけることもできずに弾かれ、レーザーもその輝きの中に飲み込まれた。
『無駄だ。この鎧は光を吸収するし、どんな攻撃でも傷つけることはあたわぬ』
そして、ミアベルの持つ剣を見てほほう、と舌なめずりをした。
『噂に聞く剣聖剣、か。なるほど、美しい。ぜひ、我がコレクションに加えたいものだ』
「誰が、渡すものか!」
ミアベルは言い、魔神から離れる。ゼルも同じタイミングで魔神から距離を取る。
「はぁ!」
レイーネが懐より魔術符を取り出す。知識の神クドラや魔女アテナが渡した魔術符だ。これならば、とレイーネは投げるが、魔術符は発動しなかった。
「どうして」
『我が財の中には魔術の発動を阻害するものがある。残念であったなァ』
もっとも、発動していようともこの鎧は壊せぬがな、と魔神は呟く。魔神としての力は、魔神レヴィアやキュレイア、トラキアなどには劣るものの、彼の持つ無数の財がそれを補う。
『さあ、我が財宝の力、とくと見よ』
その言葉に従うかのように、財宝の中から武器が飛び出す。剣、槍、斧、短剣、刀、弓矢、その他多くの物。この世界の物も、漂着した別世界の物も、全てが襲い掛かる。
ミアベルやゼル、レイーネはそれぞれそれを躱していたが、数が多すぎる。レノックスが三人に自分の後ろに来るように言う。三人はレノックスの後ろに来ると、青年は両腕よりビームシールドを展開する。だが、そのビームシールドをも財宝は突き破ろうとしている。
「ッ!」
青年の顔に焦りが生まれた。レノックスは一瞬ビームシールドを消すと、今度は緑色の膜を展開した。ビームシールドよりも強力な防御システム、フォースフィールド。しかし、出力の面から使いやすいビームシールドとは違い、レノックス自身への負担が大きすぎるため、普段は使用しない。だが、そんなことを言っている暇はない。
強力な防御システムであるフォースフィールドをも攻撃は侵入しようとして来ているのだ。
『機械人形にそのような機能があるとはな』
面白い、とサヴェッジは言う。だが、とその顔を憤怒にたぎらせた。
『我に刃向う財宝などいらぬ』
財宝の雨を止めると、サヴェッジはずんずんと歩いてきた。フォースフィールドを解除したレノックスは、身体に襲い掛かる負荷で動けない。ゼルとミアベルがレノックスから離れる中、レイーネだけは彼のそばにいた。
「早く、離れて。敵の狙いは、僕だ」
「だったら、尚更放ってはおけない」
レイーネの言葉に、レノックスは「君も死ぬぞ」と言う。レイーネは首を振る。レノックスを庇うように、魔神との間に立つ。
『なんだ、娘よ。その機械人形を守るというのか』
無言で魔神を睨むレイーネの姿に、これはおかしい、と魔神は蔑んだ笑みを浮かべる。
『それは命ではなく、命を催した無機物に過ぎない。そんなものに、どれほどの価値がある?命以上の価値があるのか』
『強欲』の魔神は問いかける。魔神に向かって攻撃するゼルとミアベルを軽くあしらいながら、魔神はレイーネとレノックスを見る。
確かに、レノックスはヒトではない。それどころか、生命体ですらない。だが、それでも、彼には魂がある。少なくとも、仲間の「死」を悲しむ心が。目の前の魔神よりも、遥かに優しい。それが彼の言うプログラムなのか否かはわからない。だが、
「それでも、私はどかない」
毅然とした少女の言葉。自分の境遇を嘆き、そのまま生きてきた彼女。ミアベルと会い、自分の意志で生きていきたいと願った。兄の死を経験し、大切な人を二度と失いたくないと思った。
出会ったばかりで、人ですらないレノックス。だが、レイーネはそんな彼を愛していた。理屈ではなく、本能が惹かれた。
『なんという強欲、見上げた意思だ』
魔神は嘲笑しながら、少女に大剣を向ける。
「レイーネ!」
ミアベルが叫ぶ。ゼルとともにレイーネに向かおうとする魔神を止めようとするが、そんな彼女たちを片手の大剣で振り払い、財宝たちに二人の相手を命ずる。無数の財に阻まれ、動けないミアベルはもう一度、友の名を叫んだ。
「レイーネっ!!」
逃げて、という言葉に首を振る少女。後ろで動けないレノックスは、悲痛な顔でレイーネを見る。
「ど、うして」
「わからない。けどね、好きになるって、きっと、理屈じゃないんだ」
そうでしょう、兄様。亡き兄の姿を思い浮かべ、彼女は問う。兄もまた、信じる者のために命を投げ出した。兄のようにはできない、と思っていたが、そうでもないものだ。死を前にして、レイーネは妙に落ち着いていた。
『夢想とともに、散れ』
非常な声が響く。
動け、とレノックスは言う。自身のままならないからだ。フォースフィールドの使用による、全身のショート。それのせいでまだしばらくは動けない。そうしている間にも、レイーネは死ぬだろう。そして、彼もその身体を止めてしまうだろう。
仲間たちと、同じように。
バイオ=ヒューマン。作られた存在。その存在理由は、人を殺すため。殺人兵器として作られた彼らだが、今、彼はそんな存在を守りたいと思っていた。
最初は、仲間の報復をするために利用できると思った。それだけだった。自分に同情を寄せる少女も、無関心を貫く青年も、利用できるから殺さなかっただけ。
それなのに。どうしてこんなにも、苦しいのだろうか。
人に似せながら、魂は持たなかった彼ら。けれど、そんな彼らにも、確かな意思があった。
動け。レノックスは自身に言った。どうせ死ぬならば、格好良く死ね。それが、ニンゲンというものだと、誰かが言っていた。それは誰だっただろう、かつて殺した人間か、それとも、別の誰かか。どうでもいい。ただ、守りたい。
機械仕掛けの身体は、バチバチ、ガタガタと音を立てる。無理やりに動かしているため、身体は痛みが走る。エラー、エラーと脳裏でアラームが響く。視界は紅く染まる。目の機能も死んでいき、ただ、敵とレイーネ以外はまともに見れない。
白髪の少女は、迫る敵にも臆さず、前に立っている。
これが、ヒトか。
フフ、と笑うレノックス。機械人形らしくないな、と笑い、彼は顔を上げた。
全機能を一瞬のためだけに。そして、恐らく自分は。
だが、それでいい。それでいいのだ。
『死ね』
剣が降り墜ちる瞬間、
レノックスは立ち上がると、レイーネを抱きしめるように剣の軸からずらすと、自身の身体を盾にする。大剣が容赦なく、レノックスの身体を破壊した。全身の擬似筋肉を破壊し、ナノマシンを死滅させる。エネルギーが放出され、血のような科学液体が飛び散る。だが、レノックスは満足して笑った。
レイーネを抱き留める腕とは別の腕が、形を変える。プラズマカノン状に変化する。だが、先ほどまでのプラズマカノンとは違う。彼のありったけのエネルギーを込めた、彼の持ちうる最大の攻撃である。
「これでも、防ぎきれるか」
『な、に?』
レノックスは言うと、プラズマカノンを最大出力で放つ。青い光が魔神を包み込む。
ぎしぎしと、腕の骨格が鳴り、プラズマカノンの威力に耐えきれず、自壊する。だが、完全に壊れるまで照射は止まらない。意地で求めてなるものか、とレノックスは思った。
「やめて、レノックス!」
叫ぶレイーネの声が聞こえるが、止めなかった。完全に腕が壊れ、光が消えた。レノックスは力なく崩れ、レイーネがそれを受け止める。
プラズマカノンの照射を受けた魔神は、まだ生きていた。だが、彼の自慢の鎧は、原形をとどめてはいない。黒ずみ、鎧としての意味を持たないぼろ屑を脱ぎ捨て、無事であった大剣を一本握る。
憤怒の形相の魔神は、レイーネとレノックスを完全に破壊しなければ気が済まなかった。
「おい、魔神」
そんな魔神の前に、ゼルとミアベルが立つ。彼らは魔神の財宝をすべて蹴散らし、傷つきながらも立っていた。
財宝のほとんどを使い尽くし、剣一本の身を持つ魔神は、怒りの口調で言う。
『人間如きが、たとえ生身であろうとも、我は倒せぬぞぉ!!』
「やってやるさ」
ゼルが言い、ミアベルも頷く。
「レノックスと、レイーネの分までその身に苦痛を味あわせてやるわ」
『ほざけェ、ゴミ蟲どもがァァァァァアァ!!!』
大きく振りかぶり、剣を振る。だが、遅い。鎧とそのほかの財宝で支えられていた魔神は、それを失った今、とても遅かった。そんな彼が、ミアベルとゼルを倒すことなど、できはしないのだ。
剣聖と唄われる少女と、神の魂を宿すもの。この二人の攻撃を受け、無事で済む者はいない。
『ヅ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、ォ、ォ、ォッッ!!!』
血が舞い、肉が飛ぶ。圧倒的な攻撃に手も足も出ず、魔神は斬られる。そして。
「じゃあな、魔神サヴェッジ」
ゼルの剣が、彼の首に振り下ろされる。目を見開き、絶叫を上げる魔神。その首が跳ね飛ばされる。絶叫を上げ、財宝の山に彼の首は落ちた。財宝の中、魔神は苦悶の表情を浮かべていた。どさりと倒れた魔神の身体が、魔力となって消える。そのあとに、一本の短剣が落ちていた。
それは、探し求めていた神器であった。『強欲の刃』に魅入られた魔物、サヴェッジ。それこそが、『強欲』の正体であったのだ。
ゼルはそれを回収すると、倒れているレノックスのもとへと向かう。
レノックスの身体は、悲惨な状況であった。
骨の代わりに見える、機械仕掛けの身体は無残に切り裂かれており、片腕はほとんど存在していない。無事に見える個所も、無理なプラズマカノンの使用で傷んでいる。
「倒したの、かい」
「ああ」
レノックスの言葉にゼルは頷く。そうか、とレノックスは呟くと、泣くレイーネを見る。
「レノックス」
レイーネが機械人形の頬を撫でる。だが、その手を握る力はもはやレノックスにはない。
レノックスは「ありがとう」と一言言って、その目を閉じた。
「レノックス・・・・・・!!」
レノックスの身体を担ぎ、三人は城を出た。そんな三人を、異変を察知してきたドワーフの国の王たちが出迎えた。
王たちはゼルたちに圧制から解き放ってくれたことに礼をし、動かなくなったレノックスを見る。
「我らドワーフですら、未知の領域は多いですが、我らは鍛冶の種族。必ずや、直して見せましょう」
王たちはそう言い、レイーネの手より大事そうにレノックスの身体を受け取る。礼をしたい、と言う彼らにゼルが頼んだのだ。
「どれだけ時間がかかってもいい。だから、彼を、お願い」
涙を流して頼むレイーネにドワーフの王たちは「自分たちの名誉にかけて」と誓った。
王たちは旅人達を地上までの道を護衛し、人間とそのほかすべての生命に降りかかる終末への支援を約束した。
「再び、ドワーフも協力しましょう」
その言葉にゼルは感謝の意を表し、そして地上へと帰っていった。名残惜しさを感じながらも、レイーネは地下世界オードヴェルを去っていった。
(さようなら、レノックス)
優しき青年の顔を思い出し、そして言う。
「また、会いに来るわ」
だから、その時は。
ドワーフの工匠たちが忙しなく動く工房の中、意識のないはずの機械人形は静かに口を動かした。
「 れ E ネ 」
乱れた音声。それでもも、彼は確かにその名を呟き、笑いながらその動きを止めた。
いつか再び、彼女に会う時まで。
機械人形は、夢を見る。幸福な、夢を。