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天津甕星

魔神レヴィア=ツィリアに導かれ、彼女の住む居城アウンガルを訪れたエノラ。そこは時が止まり、荒廃した世界。

ここでかつてレヴィアは雷星、と言う名の魔神と戦い、彼を打ち破った。

刀に生きた男であり、レヴィア=ツィリアを一時とはいえ、追い詰めた男。純粋に剣だけでレヴィアをあそこまで追い詰めたものは、過去も未来も現在も彼一人であるという。

死した彼の墓標代わりに彼の刀はその場に突き刺した、と言う。

その刀は彼曰く、霧払雨轟キリハライアマノトドロキ。異なる世界より持ち込まれた刀であるという。

あながちそれは間違いではない、とエノラは語る。

この世界にいた13人の神々のうち、アンセルムスを除く者たちは気付いた時には神器を持っていた。彼女らが元々異なる世界よりやってきたのだとしたら、その説明は誤りではない。

本来であれば、神器はその神以外は使えない。使えるとしても、その力のすべてを引き出すことは不可能だ。本来の慈愛の神ニドラの刀はその本来の名を、天津甕星アマツミカボシと言う。氷のごとく透明で、命を吸う、刀自体が一種の生き物である。神器の中でも殊更に危険なものである。

そして、彼女が手放している間に、その力をつけ、暴走している可能性もある、と。

手にしたものを魔物化させ、剣の修羅にするほどなのだ。ただで手に入るとは、思えない。必ず、アマツミカボシはエノラに使い手として相応しいかどうかを試すだろう。

そう語り、エノラはレヴィアを見る。


「たとえ何があろうとも、手出しはしないでください」


これは、私のすべきことだから。そう言う黒髪の少女の瞳は強い。これを乗り越えられなければ、『神』になど到底かなわない、と。

レヴィアはその覚悟に静かに答え、約束した。「ありがとう」とエノラは言う。

しばらく歩き、あれだ、とレヴィアが指を指す。エノラは遠目からそれを見て、眉をしかめた。


膨大な魔力、形状は変わっていても、それがアマツミカボシであることはわかった。

刀は明確な敵意をエノラに放ってくる。


『今更、何をしに来た』


問う刀に、エノラは言った。


「運命を切り拓くために」


『・・・・・・ならば、我を屈服させて見せよ』


刀はそう言うと、静かに魔力を実体化させる。一人の人間の形を作る。その姿に、レヴィアが驚く。


「雷星・・・・・・」


『違うな、お前と戦ったあの男は死んだ。粉の姿は、我の最後の持ち主が奴であり、そして我の使い手で女神を覗くと最高の剣士であったからだ。さて、かつての主よ。あなたは今は弱い。果たして、この我に勝てますかな』


黒い帯を揺らし、静かに不敵な笑みを浮かべる男。エノラは魔力で刀を作り出し、それを構える。


「勝つ」


短いけれども、決意のこもった言葉に『いいでしょう』と満足そうに笑い、アマツミカボシは自身の柄を握る。


「勝負!」


二つの刃が交差する。





レヴィアの目から見ると、状況はエノラに不利であった。

アマツミカボシの剣技は、見たところあの当時の雷星以上のものであった。あれから月日を経て、魔力をため、レヴィアの動きを分析した魔剣はより強くなっていた。レヴィアでさえも、純粋な剣技だけならば圧倒できるやもしれないその動きに、エノラがついて行けるだけでも奇跡に近いのだ。防御に徹しているエノラを見て、感心する。だが、それでは勝てない。いつか、負ける。

この戦いに、エノラに勝ち目はない。エノラは強い。だが、それ以上にアマツミカボシは強い。

汗を浮かべ、息を絶え絶えに剣を受け流すエノラ。休む暇は与えない。アマツミカボシの容赦ない斬撃がエノラを襲う。エノラの髪を掠める。髪の先がパラリと中空を舞う。


『脆弱な人のみで、我についてくるとはな。だが、いかにあなたと言えども、わかっているはずだ。我には敵わぬ、と』


口惜しいが、その通りだ。この魔神の姿を取ったアマツミカボシは、強い。今まで遭遇した、どの敵よりもはるかに。

だが。


「諦めるわけにはいかない」


エノラは呟いた。脳裏に浮かぶのは、クィルの姿、兄の姿。そして、いずれ生まれるであろう、我が子の姿。荒廃した世界で生きてきた、とミアベルは言う。そこにはクィルも朋もなく、母親と師だけがいた。そんな悲しい世界で、娘は生きていかなければならない。そんなことは、絶対に避けなければならない。

愛しい人との子。我が腕に抱き、笑いながら育て、年を取り、そして静かに世界を去っていく。そんな当たり前の夢。その夢のために、エノラは戦う。

魔族も、人も関係なく暮らせる、理想の世界。優しい世界の中で、生きていく。そして、次の世代に任せ、命は脈々と続く。いつか、本当にこの世界が終わる、その時まで。


支配者などいらない。『神』なしでも、世界は回っていくのだ。

それを、証明したい。


「敵わないからといって、諦めるわけにはいかないのよ」


『あなたはもう少し、賢い方と思っていたが、違ったようだ』


アマツミカボシはそう言うと、エノラを涼しい顔で見る。


『水は高き所より落ちるもの。流れに逆らうなど、愚かなこと』


「それでも、私は生きていく」


エノラは刀を構え、振り上げる。その一瞬、アマツミカボシは刀が見えなかった。彼の幻想の身体の頬に、一筋の傷が奔る。


「!?」


レヴィア、アマツミカボシが驚く。エノラは、その一撃に満足することなく、剣を振り続ける。さらに薄くではあるが、剣がアマツミカボシを掠めていく。


『何故、見えん』


アマツミカボシはわからない。時として、思いが人に異常な力をもたらすことに。人を操り、その身体をかたどったとしても所詮彼はヒトを斬る刀。その彼に、エノラの決意がわかりようもないのだ。

強い想いを抱いたエノラの刀がじわじわと彼を追い詰める。


『ええい』


刀を振るがそれはエノラの肌を少し掠めた程度。先ほどまで臆病なほどに守りに徹していた彼女は、鬼神のごとく見えた。

かつて、彼が従順にしたがっていたころの、慈愛の女神ニドラのごとく。


『だが』


もう、ニドラはあの頃とは違うし、自分も違う。もはやただの道具ではない。世界の終末も何も関係ない。アマツミカボシは刀を振る。ぶつかり合う刀。折れるエノラの刃。だが、折れるごとに刀は魔力を取り込み、修復する。折れぬエノラの心のように。

心とはなんだろう、アマツミカボシは思う。

ふと思い出す、雷星と言う男。ただ剣に生きた男。思えば、あの男も面白い男であった。自分を御し、死の瞬間まで戦いを諦めなかった。そして、剣の腕だけで魔神へと至った。

人とは。

アマツミカボシはク、と唇を歪めた。まるで、面白そうに。

そうか。彼は悟る。これが、心か。

圧倒していたエノラの快進撃が止まり、刀が受け止められた。笑うアマツミカボシ。


『なるほどな。わかる。何となく、わかるぞ、あなたの想いが。だが、我にも矜持がある』


それは刀としての矜持。強きものに従う。それが、剣である彼の矜持。

見事打ち負かし、再び我を従えて見せよ。笑う彼に、エノラは剣を振るう。アマツミカボシは笑いながら剣を受け止める。光よりも早く、剣が動く。その剣劇は、あのレヴィア=ツィリアでさえ、追うのがやっとなほどであった。

はやく、はやく。もっとはやく。閃光よりも早く。アマツミカボシとの剣戟の応酬はより速くなる。


「はあああぁぁぁッ!!」


『てえぇぇぇぇい!!』


剣がぶつかり、火花が散る。血が飛び散り、鮮やかな花を咲き綻ばせる。時の止まった世界で、二人の剣士はぶつかり合う。

エノラの腹をアマツミカボシの刀身が貫く。エノラは痛みをこらえながら、刀を振り上げアマツミカボシの右肩を突く。笑いながら、叫んだアマツミカボシは腹よりは刀を抜き、エノラの首を狙う。その刀を左手で受け止める。魔力の壁を作り出し、左手で抑え込む。血が滲む。動かない刀をどうにかして動かそうとするアマツミカボシに、エノラは右手で持った刀をアマツミカボシの頭に振り下ろす。

しかし、その時アマツミカボシは刀を離し、エノラの振り下ろす刀を見る。そして、両手でその振り下ろされる刀の刀身を受け止めた。いわゆる、白羽取りであった。エノラの閃光の如き剣戟を受け止めたアマツミカボシはエノラの腹に蹴りを食らわせると、よろめいた彼女から距離を取り、刀を回収すると、そのまま地を蹴り接敵する。

エノラは刀を片手で構えると、何も持たない腕にもう一本の魔力で作り出した刀を持つ。


『二刀流か!』


だが甘い。二本に増やしたところで、それを扱いきれなければ自滅するだけ。アマツミカボシの思ったことを、エノラも考えていた。だが、こうする以外に、もはや勝ち目はない。

刀の二本展開と、長時間の血統により体力魔力とも尽き果てようとしている。勝負をかけるなら、早くしなければならない。

身体のリミッターを外す。エノラはただ速く、はやくあろうとした。疾風のごとく、闇を切り裂く閃光のごとく。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


二本の刀を手に、更に早くなる剣技。しかし、その制度は下がることはなく、むしろ上がっていく。唇を釣り上げ、アマツミカボシもそれにこたえるかのように剣を振るう。彼もまた、もはや力を押さえてはいなかった。自分の持ちうるすべてを引き出さんとしていた。


『おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


魂の底から響く雄たけび。空気を震わせる、武士もののふの叫び。それは剣に宿り、最強の奥義を生み出す。


『奥義、神剣阿修羅』


夥しい魔力が解放される。剣より放たれる闘気が、エノラを圧迫する。剣の魔神が、迫る。閃光よりも早い、まさに神の剣が。

エノラもまた、二本の剣を構える。アマツミカボシの奥義を受け止め、超えるために。

見える。アマツミカボシの剣が。早い、だが、遅い。わずかにエノラの方が早い。

エノラは動き出す。刀を構え、アマツミカボシの神剣を片方の剣で受け止める。割れる刃。だが、これはフェイクだ。

全ての力を、もう一本の剣に込める。そして、向かってきたアマツミカボシの神剣を受け止め、狙いを逸らし、彼の心臓目がけて刀を突きだした。アマツミカボシは、驚きに目を染め、とっさに剣をエノラに向けようとする。だが。


「勝った」



彼女の刃が、アマツミカボシの核を貫いていた。

アマツミカボシの手から刀が転がり落ちる。そして、驚愕に顔を染めていた男は、ニヤリと笑う。


『見事・・・・・・だ』


エノラの刀が魔力に戻り、形を失うと同時にアマツミカボシは地に膝をつく。核を押さえ、彼は笑う。


『やはり、あなたは強い。その理由が、わかった』


そう言い、アマツミカボシはエノラに頭を下げる。


『我を使うのに、あなた以上にふさわしい方はおられぬ。我が魂を、あなたに捧げる』


「・・・・・・ありがとう、アマツミカボシ」


傷つき、息も絶え絶えのエノラが言うと、アマツミカボシの身体が消える。そして、一本の鞘に入った刀が彼のいた場所に転がっていた。

エノラは近づくと、その鞘に収まった刀身を引き抜いた。透き通るような、透明な刀身。氷の刃、アマツミカボシ。ニドラの神器が、長き時を経て彼女のもとに戻ったのだ。

かつて以上に深いつながりを刀との間に感じる。再び信頼を取り戻し、忠誠心を得たことでアマツミカボシはかつて以上に彼女の助けとなるであろう。



「終わったようだな」


レヴィアの言葉にエノラは頷く。


「さすがは、ミアベルの母親、と言うことか。今のあなたならば、私も敵わぬかもな」


冗談か本気かはわからない魔神の言葉に、曖昧に笑い、エノラは行きましょう、と言う。レヴィアは頷き、エノラを連れてその場を後にする。




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