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忘れえぬ記憶とともに

セウスとバルドバラスの剣がぶつかり合う中、二人は同時に一つの波動を感じた。それは、一つの命が消えた、と言う感覚。セウスとバルドバラスにはその波動がわかった。ずっと共にいた、友の物であった。


「セリーヌ、先に逝ったというのか・・・・・・!?」


バルドバラスが驚愕に言葉を詰まらせた。黒い仮面の奥では、恐らくその顔は驚きに染まっているだろう。セウスはセリーヌの死に哀しみを抱くとともに、安堵を感じていた。

セラーナは無事である、という安心よりも先に、やっと彼女にも安らかな眠りが訪れるのだ、と。自分の生で、彼女も苦しい思いをしてきた。そう、バルドバラスのように。

知らず知らずのうちに、セウスは二人を傷つけてきた。それが仕方のないことだとしても、それは事実であった。

彼女を攻めて看取ってやりたかったが、ある意味、自分で片を付けない方が幸せだったかもしれない。

何はともあれ、悩むことも悔いることもすべてはこれが終わってからだ、とセウスは気を引き締めた。


一方のバルドバラスは、セリーヌが死んだというのに顔を少しも変えないセウスへのいら立ちを募らせていた。

流石は王様だ、かつての妻が死のうとも、そうやって顔色も変えない!そうだ、セウスは王だ。常に冷静であり、国のために戦うのだ。なのに。

なのにどうして、自分を殺してくれなかったのだ。自分を責めないのだ。バルドバラスは言葉にできない思いを心の中にしまい、唸り声を上げ、剣を振る。闇の波動が襲い掛かり、セウスを弾き飛ばす。

なぜ、あの時、殺せるはずの自分を殺さなかった!!


「セェェェェウス!!」


「・・・・・・ッ」


重力が強くなり、セウスの身体の動きが鈍くなる一方でバルドバラスは俊敏に動く。なんとかその剣を受け止めるセウスは、バルドバラスが泣いているように思えた。当然、顔は仮面に覆われ見えなかったが、そんな気がした。


「何故だ、セウス。なぜ、あの時、俺を殺さなかった!」


「あの時、とは?」


セウスが剣を受け止めながら問う。バルドバラスはギリギリと腕を振るわせ、叫ぶ。


「俺とセリーヌがお前の前に立った時、あの時、お前は俺もセリーヌも殺せたはずだ」


エオスの反乱を鎮め、トローアに戻ってきたセウス。王宮で裏切りを知り、その真意を確かめようと二人に会いに来た時、セウスはバルドバラスとセリーヌを殺すことができたはずであった。エオスの氾濫の後、兵力もバラバラになっていたのだから、早期決着が国の為には望ましいはずだった。にも拘らず、セウスはその機会を逃した。


「何故、俺を殺さなかった!」


バルドバラスは叫ぶ。セウスへの憎しみに囚われ、闇に落ちている自分を自覚しながら、自分で自分を殺すことはできなかった。セウスに赦してほしかった。自分の命でもって。そして、彼に示してほしかった。セウスは、自分などかなうはずもない、真の王者であり、このラカークン全土の救世主である、と。

なのに、セウスは伴と妻の愚行を見逃した。バルドバラスのタガは外れ、その結果、トローアは滅びた。


「俺を殺せば、お前は、トローアは・・・・・・!!」


何故だ、とバルドバラスは問う。自分が言えたことではない。だが、問わねばならない。

闇である自分とは違い、セウスは常に正しくあらねばならない。そう、そうでなければならないのだ。

沈黙するセウスに、バルドバラスは叫ぶ。


「答えろォ!!」


「・・・・・・そうか、お前は私に倒されたかったのか」


セウスはポツリ、と呟いた。バルドバラスはセウスを見る。その片目からは、静かに涙が零れていた。強い闘志を秘めた瞳は、バルドバラスを見ている。


「私は今でも、お前を友と思っている。だからだろう、今だって、お前を殺したくないと思っている。あのときだって、そうだった」


叶うならば、殺したくない。その結果、国は滅びた。それは、王としては失格だろう。


「愚かな、友だと!?こんなになった俺を、まだ友とぬかすか!?セウス、貴様は大馬鹿者だ、貴様は殺さねばならない!!」


自分d根も何を言っているかはわからない。セウスへの失望、怒り。それと言葉にできない数々の言葉が合わさり、大きな、邪悪な力に変わる。グラシャラボラスは妖しく輝き、セアリエルの輝きをも飲み込もうとする。


「もはや俺は迷わんぞ、セウス、貴様を殺す!そして、貴様の大事なものすべてを破壊してやるぞ」


「もう、迷わない。バルドバラス、すまなかった」


セウスはそう言い、目を閉じる。諦めたか、と思ったバルドバラスだが、セウスの握るセアリエルの輝きはより一層強くなり、膨大な魔力を纏う魔剣を未だ受け止め続けるどころか、圧倒し始めた。


「なん、だ」


呆然とつぶやくバルドバラス。セウスは瞳を開け、友を見る。


「私は・・・・・・・」


剣を振る。重力の糸が切れ、身体が軽くなる。剣を両手で構え、セウスはバルドバラスに向かう。左手に持った盾でセアリエルを受け止めるバルドバラスだが、盾は両断されてしまった。

シ、と音が鳴り、セアリエルがバルドバラスの兜を斬る。バルドバラスの黒兜が割れ、その中から顔が現れた。黒くまとまりのない長髪があふれ出す。


「やっと、お前の顔を見れたな、バルドバラス」


精悍な顔の黒騎士の素顔を見て、セウスは言う。バルドバラスの両目は異常な魔力によって変質し、紅く輝いている。闇に落ちた代償であろう。


「セウス」


セウスを睨む彼の顔は、まるで泣いているかのようであった。

ずっと、自分を攻め続けていたのかもしれない。ずっと、セウスに殺されるのを待っていたのかもしれない。友として、王として、セウスが決着をつける、その時を。


どうして、こうなってしまったんだろう。そう言う思いはあった。だが、決めたのだ。


セアリエルを構える。


「次で、終わりにしよう」


セウスの言葉に、望むところ、と魔神も剣を構える。そして、少しの時間が過ぎた時、二人は同時に動き出す。

一撃にすべてをかけて、二人は剣を振りかざした。


剣戟。そして、崩れ落ちる音。


二人は血に膝をつき、互いに振り返る。


「バルドバラス」


「やったな、セ、ウス・・・・・・」


ごふ、と血を口から噴き出すバルドバラス。身体から噴水のように血が噴き出して、彼の身体はドサリ、と倒れた。セウスは腹を切られ、出血していたが、致命傷ではない。すぐに再生が始まる。

彼は立ちあがると、倒れた黒騎士に近寄る。剣を手放し、ヒューヒューと息をつく黒騎士の身体を抱え、セウスは友を見る。


「なぜ、剣戟を逸らした」


セウスと交わる時、わずかにバルドバラスの剣は狙いを外れた。バルドバラスの剣は、あのままいけばセウスの心臓やら首を斬れたはずだ。魔剣であれば、セウスの再生能力の有無にかかわらず、セウスを倒せたのだ。なのに、どうして。

問いかけるセウスに、バルドバラスは力なく笑った。


「フン、なぜだろうな」


素直ではない黒騎士は、目を閉じる。涙が零れた。


「至極勝手だが、俺は、赦されたかったんだ。お前に」


セリーヌのこと、国のこと、裏切りのこと、そして自分を殺させること。

セウスに嫉妬はしていたが、彼が友であることは変わらない。都合がよすぎると思う。だが、思うままにはいかないものだな、とバルドバラスは告げる。


「まったくだ」


セウスは同意する。魔神の傷は深い。セアリエルで斬られた傷は大きいし、ダメージも大きい。魔神ならば持つ再生能力も、バルドバラスが無理やりに止めているようだ。


「なあ、憶えているか」


静かにバルドバラスが問う。なんだ、とセウスは問うた。


「みんなで誓っただろう、あの木の下で。それと、俺とお前だけで、誓ったことも」


「・・・・・・ああ、忘れはしない。この2000年以上、お前との誓いを忘れたことはなかった!!」


セリーヌ、リケン、ツェツィーリエ、アノガル、バルドバラス、セウス。仲間で見た夕日での誓い。そして、幼き頃のバルドバラスとの誓いを忘れるなどと、そんなことは出来ようもない。例え、どれだけの時が流れようとも。

一番の親友であり、いついかなる時でも彼が隣にいた。

ともに野を駆け、戦場を駆けた。

仲間と共に語り合った未来を、今でも憶えている。


夕日の丘。

そこにはバルドバラス、セリーヌ、リケン、アノガル、ツェツィーリエがいて。

皆が同じ夢を見ていた。

そして、その思いは永遠だと誰もが信じて疑わなかった。


あの記憶を、忘れはしない。

ともに戦い、共に生きた日々を、忘れはしない。


「忘れるものか」



子どもながら、バルドバラスはセウスに対し騎士のように剣を掲げ、膝をつく。セウスはその前に立っている。


『我が剣も、わが命も、我らの王に捧げる。忠誠と愛を捧げよう、我が永遠の主君、セウス』


その剣を受け取り、セウスは伴の手を取り、キスをした。そして、立つように言った。


『我が騎士よ、ともに戦おう。平和な国を、誰もが笑うことのできる国を作るために』


そして、握手を交わした。


『わが友、バルドバラス』




「あの時のことを、今でも思い出す。信じられないかもしれないが、俺もあの約束を忘れたことはなかった。闇に堕ち、欲望に突き動かされようとも」


バルドバラスは告白した。震える手を握りしめ、セウスは友を見る。


「セウス、赦してくれ」


「勿論だ、友よ」


バルドバラスの弱い心に、『神』が付け込んだ。それをバルドバラスは自分で赦すことができない。セウスは彼に変わってそれを許した。


「先に待っていてくれ、バルドバラス。いつか私もそこに行くだろう。その時まで」


「ああ、ああ、もちろんだとも、セウス」


そして、彼は目を閉じ、呼吸を止めた。

セウスは彼の手を置き、彼の冥福を祈った。




『君の名前は?』


王宮に連れてこられた、同年代の男の子。トローアではなく、隣のフロイデンの血を組むと思われる黒髪の少年はセウスを警戒して見ており、当時彼の後見人であった騎士の後ろに隠れていた。セウスは近寄り、臆することなく彼に言った。


『僕の名前はセウス、君は?』


セウスが手を差し伸べ、返事を待っていると、おずおずと黒髪の少年が小さな声で言った。


『バルドバラス』


『バルドバラス、か。かっこいい名前だね』


セウスは素直に感想を言うと、少年の手を取って、奔りだす。同年代の友達のいない彼には、バルドバラスの存在は大きなものであった。


『今日から僕たちは親友だ』


『親友?』


何だそれは、と問うバルドバラスにセウスはニコリと笑った。


『互いに助け合う仲間さ!』




「安らかに眠れ、バルドバラス。そして、セリーヌ」


生涯の友と、愛した女性。道は違えてしまったが、最期には再びわかり合えたはずだと信じたかった。

いいや、わかりえたのだ。


消えゆくバルドバラスの身体。抱えている身体は徐々に軽くなり、身体は魔力となって溶けていく。その美しい魔力の残滓を見て、セウスは静かに涙を流した。


一瞬、その光の向こうでかつての仲間が手を振り、彼に笑いかけているように見えた。

優しい笑みを浮かべたリケン、長身の青年騎士アノガル、冷たい印象を受けるものの、実際は仲間思い出った剣士ツェツィーリエ。そのほかにも多くのトローアの騎士が後ろには立ち、そして。

バルドバラスとセリーヌがセウスに笑いかけていた。優しく、穏やかな笑みを浮かべた二人は、仲間たちに迎えられ、光の彼方へと去っていった。



(さようなら、バルドバラス、セリーヌ)


いつか会う、その日まで―――――――。






「セウス」


声をかけてきたセラーナを振り返り、セウスは顔を向ける。


「行こう、セラーナ。ここにはもう、何もない」


「いいの?」


セラーナの言葉にうなずく。感傷に浸る暇はない。死者を悼むよりも、やるべきことがある。

『神』を倒す、ということを。

不可蝕の杖を持ったセラーナを両手で抱きしめ、セウスは強く腕に力を入れる。セラーナも手を彼の背に回し、抱きしめた。

二人はしばらくそうしてから、地上へと向かう出口へと歩いていく。


忘れえぬ友との記憶とともに、セウスは戦いへの決意を強くした。

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