神器を求めて
神々の失われた武器を巡り、各国において古代の書物などによりそれの所在についての調査が始まっていた。しかし、一向に手掛かりらしいものは見つかっていなかった。その間にも、『喪失者』は徐々に四大陸に侵攻してきている。
そんな中、魔女アテナはとある書物を手に、弟セウスとセラーナのもとに来ていた。
「かつて、私がまだ幼かった頃、見つけた本よ。2000年ほど昔の記憶だから、不確かだったし、見つからないかもしれないと思ったけど」
そう前置きし、魔女アテナはその本をセラーナに見せる。『失われた時代』と題のつけられた古びた書物であった。大部分が失われた機甲大戦や神々の時代の考察と研究が書かれており、その中に『神々の失われし遺産』という項目があった。
項目のところに、以下のように記されている。
大いなる神々は地上にいつか起こるであろう災厄に備え、己の道具を封印した。
ヴォーヴンの太陽の剣はもっとも天に近き場所に。
クオンタの神槍は深き暗闇の海の底に。
ゼレファフの指輪は火山の中に。
ニドラの氷の刃は過去と未来と現在が交錯する場所に。
クドラの杖は黄泉の世界に。
レアの水晶は澄み渡る海の彼方に。
アポクリフの短剣は強欲な魔神の手に。
ゼレチアの槍は氷雪の大地に。
マキノの石は恋人の武器とともに。
サノスの弓は陽が最も早く見える場所に。
アテンシャの白い衣は悲恋の聖女の亡骸とともに。
ゲシュトゥの鎌と鎧はもう一人の彼自身のもとに。
「ずいぶんとあいまいな表現が多いわね。これでは、特定は難しいわ」
セラーナはそう言ったが、それでも十分な情報だ。セラーナは魔女アテナに礼を言った。魔女はフン、と鼻息をつくと、このうちのクドラの杖の封印されているという「黄泉の世界」については心当たりがあるという。
かつて、彼女がトローア王国を攻めた時、彼女はとある死霊術師と手を組み、死者の軍勢を用いてセウスと彼の騎士を追い込んだ。結局、それは彼女の敗北に終わり、死霊術師も死亡した。
だが、その死霊術師イングとともにいた時に、その死霊術師より黄泉の国、という概念について伝え聞いていたという。
本来、死者は一時の魂の安らぎを得た後、再び転生の輪に戻る。だが、その間の一時の安らぎを与える楽園とは別に、死した魂の行き場がある。罪を犯した者が行く場所、冥途。それこそが、黄昏の泉・・・・・・すなわち黄泉の世界である、と。
『この、トローアは、黄泉に近い。故に、死者たちも、よく反応する』
死者もことかかなかったこと、黄泉が近い、ということ。このことからアテナは死者の軍勢を使うことができた。
黄泉の世界は、恐らくトローアのどこかから行くことができるだろう。
アテナはセウスに言う。
「トローア王族の墓を憶えているかしら」
「ああ」
セウスは頷く。父王や父王の祖先が眠る場所であり、セウスも父王の墓に何度も行った。憶えていないはずがない。
「あそこは王族の墓地であるだけではなく、黄泉の門を守る場所でもある、と言う説があった。父王の墓を荒らした私は、あの時イングが何かしているのを見たわ。父王の死体を動かし、何かの門を開いた・・・・・・。きっとあれが、黄泉の世界への道よ」
「・・・・・・なるほど、な。トローア王族の者が、扉を開けることができる、ということか」
「そのようね」
アテナはそう言うと、その書物は預けたわ、と言い、踵を返した。そこへ、と問うセウスにアテナは「私の戦場へ」と返した。
「私も国を預かっている身よ。それに、ゼル・マックールの留守の間は、代わりに守ってあげるわ」
そう言い、魔女は笑う。
「まったく、かつてトローアを滅ぼした魔女がこうして世界の破滅に立ち向かうなんて、世の中何があるかわからないわね、セウス」
「まったくだ」
そして、魔女は去っていった。
魔女から話を聞いたセラーナは、セウスに聞いた。
「黄泉の世界。何があるかはわからないわ。それでも、あなたはついてきてくれる?」
「何をいまさら」
セウスはセラーナの肩を掴み、彼女を見た。静かに二人は口を近づけ、影が重なった。
セラーナとセウスが持ってきた書物の記述に関して、アンセルムスらは頭を悩ませることとなった。記述があいまい過ぎ、手掛かりはこれしかないのだからそれは当り前であろう。
ミアベル、魔神レヴィア=ツィリア、ハウシュマリア、キュレイアそれに大宗主もこの場に居合わせていた。
「過去と未来と現在が交錯する場所となれば、私のいる場所のことを指しているのかもしれない。それに、氷の刃、か」
レヴィアが手を顎に当て考える。
「心当たりが?」
エノラの問いに頷いたレヴィアは、かつて雷星と呼ばれた魔神が持っていた刀について話す。
「あれが神器かどうかは知らないが・・・・・・」
「物は試し、ということね。私を連れて行ってもらえますか」
「ああ」
二人の話が終わると、アンセルムスは口を開いた。
「ニドラとクドラの神器は手掛かりを得た、か。ほかの神器については、誰か意見はないか?」
ゼレチアの槍については、ハウシュマリアが住処とするイヴリスの大雪原に手掛かりがある、と誰もが考えていた。そのことについてハウシュマリアは自分は何もも知らない、と前置きをつけ、だが、と口を開いた。
ハウシュマリアは強大な力を持つが、彼自身がラーシェ大雪原の外に出ることは、つい先日まで難しいことであった、ということだ。それは、何らかの封印が仕掛けられているのではないか、ということである。世界のバランスそのものが崩れたために、封印も弱まり、ハウシュマリアも自由に出れるようになっている。かつて、勇者クレオが封印に使った道具が、その神器なのではないのか、と。
もっとも、神器の場所も、封印の基点もハウシュマリアは知らないが。
それと、強欲な魔神についてだが、とハウシュマリアはゼルを見て言う。
「アウグノールの王、という魔神がいる。この世の珍しいものを収集する癖があり、二つ名は『強欲』だ。奴のもとにあるやもしれぬな」
そのほかにもさまざまな話が交わされたが、手掛かりにつながる情報はあまり得られなかった。
とりあえず情報を得たセラーナ、エノラ、ミランダ、ゼルの武器の確保を優先することにした。
セラーナはセウスとともにラカークンのトローア跡へ。
エノラは魔神レヴィアとともにアウンガルへ。
ミランダは獅子頭の魔神に従い、ラーシェ大雪原へ。
ゼルは『強欲』の魔神がいるという、地下世界へと向かった。
残された面々も、それぞれの思い当たる場所へと神器さがしに向かうことにした。
クロヴェイルはこの世でもっとも天高き場所、つまりはオリュン山ではないか、と思い、同じく中央大陸桐の山脈へと向かうクローリエとタムズとともにそちらに向かった。クローリエは悲恋の聖女、とは彼女が神の使いであったころの自身のことと見当をつけ、遺体のあるであろう霧の山脈に向かうつもりであったのだ。
リクターは外界に手掛かりがあると考え、単独で外海に向かっていった。外海は現在、『喪失者』によって溢れており、危険であったがリクターの足を止める理由にはならなかった。
リナリーは澄み渡る海、ということで外海ではなく、穏やかなアウラ海に手掛かりがあるだろう、と思いそちらに向かうことにした。
キアラはアンセルムスの武器である『神殺しの刃』を発見した場所を指していると考えた。ドラッヘ将軍らを連れて彼女はそちらに向かうことにした。
ユグルタは太陽が昇る方角は東であり、東で最も早く太陽が拝めるアルガモンという街に向かうことにした。
それぞれが各自の神器を求めて動き始めた。だが、『神』とてそれは想定していたことだった。
神器に関する手がかりは『魔神殺しの刃』以外は完全に消し去ったつもりだったが、漏れがあったようだ。次の世界では必ず消し去ろう、と『神』は決意した。
『易々と手には入れさせぬ』
そう言い、『神』はバルドバラス、セリーヌ、アミテリアの三魔神とハザ、それにケルビムを見た。
『奴らに神器を手に入れさせるな』
『神』の命を受けた五人はその場を辞し、神器探しの妨害のために世界各地に散った。
トローアの荒廃した都を訪れたセウスとセラーナは千年宮のすぐ近くにある、王族墓地を訪れた。歴代の王の墓が並ぶ中、トローアの始祖であるとされるパリス王の墓に二人は向かう。ひときわ大きな石の墓である。水の乙女の話では、クドラに仕えた騎士の末裔であるというトローア王家がそのクドラの神器を守っていてもおかしくはないのだ。
「だが、門などはないな・・・・・・」
墓を調べた限り、そう言ったものはない。セラーナも周囲を見るが、変わったものは何もない。
「ん・・・・・・」
セラーナがその時、墓に刻まれた文字を見て何かに気づいた。そして、セウスの背中をたたいた。
「よく見たら、この墓の名前、おかしくない?」
「墓の、名前?」
そう言い、セウスが墓に刻まれたパリス王の名前を見る。一見するとおかしなところは何もない。だが、わずかにであるが、文字の部分に空間の揺らぎが感じられたのだ。セラーナのスキルでは開けない、と言う。つまりは、彼女の力すら超える存在が施した封印、と言うことだ。
「ならばこれが封印、つまりはここに神器がある、ということか」
「黄泉の国、か」
セラーナがポツリとつぶやく。死者に引きずられるな。それがアテナの忠告であった。
セラーナはセウスの手を握る。セウスはその手を強く握り返した。
「行くぞ、セラーナ」
「えぇ」
セウスが文字をなぞると、パリスの名前が光り、墓石が大きく動き出す。そして、暗闇に続く長い階段が現れた。長い階段を下りていく二人。何千もの歩みのあと、明りに照らされた巨大な門が見えてきた。
門に刻まれている古代文字をセラーナが読む。
「『この門を通る者、希望を捨てよ。生ける者はその命を奉げよ』」
「・・・・・・覚悟した方がいいな。何があるかわからない。片時も傍を離れるな」
セウスはそう言い、輝けるセアリエルを抜いた。そして、地獄の門を開けた。
二人が門から覗いた先の世界は、混沌とした死の臭い満ちる、正に地獄と形容すべき光景であった。
二人が地獄へと降りていく中、二人の妨害のためにトローアへと向かっていたバルドバラスとセリーヌが墓の前に降り立った。
「・・・・・・セウスは、もう降りた後か」
「ならば追わなければ」
セウスならば、たとえ地獄であろうともくじけることなく、神器にたどり着くであろう。それは幼少期より彼を知る二人の共通認識であった。
黒騎士と裏切りの王妃は開かれた墓の階段を降り、地獄へとセウスを追って飛び込んでいった。