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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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暗躍者

西の大陸ファムファート。

そこにある自治都市バーティマは、かつては裕福な商人や貴族のリゾート地であり、一部の金持ちたちが支配していた。

貧民たちは貧しい暮らしを余儀なくされ、多くの戦災孤児たちが汚らわしい大人の毒牙にかかった。

しかし、それも随分前の話となった。


自治都市を運営する委員会の委員の汚職や殺害、委員の辞職を求める暴動が立て続けに起き、また国交のあった北のイヴリス大陸のパラメスからの援助もあり、自治委員の半数近くは殺害、また残る半数もそれまで明るみにされなかった罪状によって、裁判を待つ身となっている。

現在、バーティマを統治するのは、バーティマ市民より選挙で選ばれた「バーティマ自由委員会」である。中流商人や、暴動の際に先頭に立った元兵士、他国から流れてきた学者、と多種多様な人間がいる。

そんな彼らを裏で操り、バーティマにおける一連の改革を導いたのは、一人の青年である。

彼の名はゼル・マックール。

貧民街を中心に活動していた青年であるが、その経歴の奥は謎に包まれている。

一説では自治委員の隠し子、ともいわれているが真相は不明である。

ただわかっているのは、この二十にも満たない青年が裏で工作をし、またパラメスの協力すら取り付けた、と言うことだ。

彼は委員会に所属こそしていないが、委員会からは彼こそが本当の立役者として認識されていた。




商業国家パラメスより訪れた商人の一人、アラン・ミード。

パラメスの中でも最も強力的であった彼は、バーティマにおける利権を独占する自治委員会の上層部への不満をかねてより持っていた。そのため、ゼルの計画に真っ先に乗った。

彼は武器のみではなく、彼の持つ私兵や傭兵までゼルに提供した。

この兵隊たちは、暴動の際市民に偽装して上級商人や貴族の粛清を行った。


「いやぁ、ゼル殿。あなたを見込んだ私の目は間違っておらんかったようですな」


禿げた頭を光らせ、椅子に座ったアランはそう言い、緑の長髪の青年を見る。

青年、とは一目見ただけではわからない。下手をすれば女性に見える彼こそが、革命の立役者とは、大抵のものは気づくまい。


「いえ、これもミード様の協力あってのこと。決して私だけの力では」


「ふむ、なかなか謙虚だな。ますます気に入った」


ニヤリと商人らしい笑みを浮かべてアランは言う。


「それで、我が国の製品、お約束通り輸入をしていただけるので」


「ええ、関税の点に関しては徐々に、と言うことで納得いただきたいのですが」


「ふむ、まあ、妥当でしょうな」


邪魔者亡き今、もはや関税などあってないようなもの、とアランはほくそ笑む。


「そう言えば、私の提供した傭兵の男、役に立ちましたかな?」


そう言われ、ゼルは一人の男を思い出す。

黒髪黒目の、スキルを生まれつき持たない、という変わり者の男。

当初、兵力としてパラメス用兵団を率いた男の実力を疑ったものだった。


「ええ、見事に活躍してくれました」


ゼルがそう言うと、アランはそうでしょう、と満足げな表情をする。


「アレは、荒事にはもってこいの男。ぜひ、今後も使ってやってください」


その言葉から、ゼルはパラメスでもあの男の処遇には苦労しているのだな、と察した。

無能力で、魔術もましてや武術も一般レベルには至っていない。

才能もなく、神に見放された男。

しかし、彼には何物にも及ばぬ謀略と、それを実行するだけの感情があった。

利用できるものは何でも利用するその姿勢。

ゼルとて、そう思ってはいるが、そのために孤児院の子どもを犠牲にすることはできない。

だが、あの男には自分以外の人間を犠牲にすることができる。

危険な男であり、下手をすれば自分の寝首すら掻くかもしれない。そんな男だ。


「それより、この後はどうするので?今はまだ、他国の介入はないようですが」


「はい。せっかく勝ち取った自由です。それを犯そうというならば、こちらも武力をもって抵抗するまでです」


周辺諸国にもそのように伝えてはいる。どう反応するかは、様子見と言ったところだ。

ゼルの中での復讐はまだ第一段階でしかない。

第二段階として、自分を陥れた魔女を殺し、第三段階として、西大陸を統治する。

そして、真の自由を、大陸にもたらす。

それがゼルの抱いた理想であり、野望であった。


「まあ、我々としても協力は惜しみません。が、表立っては」


「わかっています、ミード様」


ゼルはそう言うと、アランに一枚の紙を渡す。


「これは?」


「パラメスとの密書の原本です。これをそちらに預けましょう」


「ほう、我々がこれを他国に見せたらどうなるか、わからないわけではないでしょうに」


「そうなったら、パラメスもどうなるでしょうね?」


にこやかな二人。

しかし、二人の間に和やかな雰囲気などあるわけもない。

ここで行われているのは、ただの会談ではなく、外交なのだから。


「ふふ、面白い。あなたなら、面白い国を見せてくれそうだ。今後もよろしく頼むよ、ゼル・マックール」


「こちらこそ、アラン・ミード様」


二人のタヌキは握手をする。

席を立ちあがったアランに、ゼルが案内役を呼ぶと、アランはニヤリと笑いを浮かべたまま、部屋を辞した。

ゼルは静かに、自分の椅子に深く腰掛けた。


「まったく、あの狸め・・・・・・・・・・・いつかパラメスごと潰してやる」


ゼルはそう穏やかそうな笑みを浮かべたまま言った。

金持ちや商人。それはゼルにとって最も嫌いな人種だ。

王や、貴族もまたしかり。


「・・・・・・・・・・・・」


ゼルは静かに手を合わせ、瞑想する。

ここまで来た。ここからが、本当の始まりなのだ。

そんな彼の耳に、扉をたたく音が聞こえる。


「ん。入れ」


「お邪魔するぜ」


そう言って無遠慮に入ってきたのは、件の傭兵であった。

黒髪黒目で、顔は整っており、貴族の夜会では人気者になれるだろう、とさえ思う。

が、身体は傭兵、と言うにはやや貧弱な印象を受ける。

服装は薄汚れており、貧民街にいるものでももう少しましな格好、と言った様子である。

腰には、傷ついた鞘におさめた剣がぶら下がっており、それで辛うじて傭兵、と言える雰囲気を醸し出している。

男の名はアンセルムス。パラメスの傭兵だ。

ゼルはアンセルムスの、何の感情も抱かない瞳を見た時、ぞっとした。

自分と同じ思いを、いや、それ以上の絶望を味わったかのようなその瞳。

それに、人知れず恐怖し、この男の危険性を認識した。

そして、この男のようなものが計画に必要なのだ、とも。

きれいごとだけで、世界は動かない。ゼル自身、その手は多くの人間の血で濡れている。


「何の用だ、アンセルムス」


ゼルは極めて冷静にアンセルムスを見て言う。

自分よりも数歳ほど年上であろうアンセルムスは、皮肉気に笑うと、ゼルの対面に座る。


「ふん、さっさと前の委員を殺さないのかと思ってなあ」


「・・・・・・・・・・彼らには裁判でもって裁きを下す」


「裁判、ねえ」


「・・・・・・・・・・何か言いたそうだな、アンセルムス」


「お前のことだから、さっさと連中を殺すもんだと思っていたんだがなあ。ま、俺には関係ないね。だが、ああいう手合いのやつってのは執念深いぜ、さっさと刈り取った方が愁いはない」


「・・・・・・・・・・・・・」


「それと、厄介な連中がここ最近、バーティマに入り込んでいる」


そう言い、懐から一枚の紙を取り出す。

ぐしゃぐしゃに丸め込まれたそれを受け取り、広げる。


「これは?」


「聞いたことあるだろう?ラトナ騎士団のことくらいは」


「!」


ゼルは驚愕に目を見開く。

予期していないわけではなかったが、まさかラトナ騎士団がこうも早く動くとは想定していなかった。

ラトナ騎士団、とはこの西大陸でもっとも強大な軍事国、バラルの精鋭だ。

とはいえ、校庭の命令失くして動かすことはできない騎士団で、いわば切り札である。

それが、なぜこんなにも早く。


「・・・・・・・・・本物か、アンセルムス」


「ああ、俺も何度かやりあったことのあるやつの顔がある。間違いはない」


「・・・・・・・・・」


ゼルは沈黙する。

下手にラトナ騎士団に手を出し、バラル帝国との全面衝突をするには、まだ足りない。

時間も、軍勢も、金もすべて。

パラメス以外の援助が必要だし、食糧の問題もある。

どうしたものか、とゼルは考える。


「アンセルムス、帝国に使者を送りたい。お前の隊から兵を借りるぞ」


「交渉して、しばらくは手出しするな、ってか?」


「ああ・・・・・・・・・・・・・」


「それで、皇帝のやつが納得するとは思えねえなァ」


まるで、現皇帝を知っているような口調でアンセルムスが言う。

ゼルは静かに彼を見て、発言を促す。

アンセルムスはニヤリと笑う。


「帝国にはアクスウォード王国とセアノ王国の相手をしてもらう」


彼が名前を出した国は、南の大陸の主要国家であり、帝国と大陸を挟んで領土を接する国々だ。

長らく、にらみ合い状態となっており、帝国と二国間の交流はない。

アクスウォード・セアノ連合軍は手ごわく、帝国のラトナ騎士団と言えど、簡単に突き崩せないという。


「確かに、二国が帝国とたたかいを起こせば、我らは動きやすくなる、だが」


そううまくいくか、と問おうとしたゼルの言葉を、アンセルムスは遮る。


「そこは、俺に任せてもらおう」


そう言うと、アンセルムスは立ち上がる。


「アクスウォード王家には、個人的な恨みもあるしなあ。弱みも知っている。俺を信じろ、マックール」


へなへなと手を振り、アンセルムスは部屋を出ていった。


「・・・・・・・・・・・・油断ならないな、アンセルムス」


天上を仰ぎ、ゼルはそう呟いた。

あれは、争いを引き起こす存在だ。いつか、自分の首を斬りおとすやもしれぬ。

だが、そうなったならば、先に首を落としてやる。

ゼルは口を引き締める。


「俺の、俺たちの理想を邪魔させはしない。たかが傭兵如きに」





「エレナ!」


「ゼル!」


孤児院に戻ったゼルは、一人の少女に声をかける。

エレナは子どもたちとともに、洗濯物を乾かしているところであった。


「お帰りなさい、お仕事、ご苦労様」


「ありがとう、これ、今日の分」


そう言い、ゼルは金をエレナに渡す。

エレナをはじめとした孤児院の面々は、ゼルの仕事をどこかの酒屋の手伝いや大工仕事だと思っている。

実際は、このバーティマの自由とさらなる上昇を狙う支配者であるとは思いもしていまい。

ゼルは、自身のすることを彼女たちに知らせるつもりはない。

エレナたちはいずれも戦災孤児だ。争いを嫌い、平和を望んでいる。

平和を望む彼女たちのためにも、知らせるわけにはいかない。

自分の中の、この野望と怒りを、エレナたちに知られるのが怖かった。


「最近は、ここいらも過ごしやすくなったわ」


「革命のおかげ、かな」


「そうね、でも、いいことばかりではないわ」


エレナの顔が曇る。


「どうかしたのか、エレナ?」


「どれだけ、頭が変わろうとも根の部分は変わらない、それだけよ」


エレナはそう言い、ゼルに笑みを向けた。

変な話したね、休んで、というエレナの言葉はゼルの頭には入らなかった。

ゼルの理想と現実。それは、重なり合わないものだ。


(・・・・・・・・・・)


そんなゼルと孤児院を、物陰から覗く黒髪の男は、エレナと呼ばれた少女を見ると、にやり、と笑う。






アンセルムスの言った通りに、一か月後、バラル帝国とアクスウォード・セアノ王国は緊張状態にあった。

アクスウォード側の国境地帯での、バラル兵による民間人虐殺に端を発する争い。

今でこそ治まったが、それは三国の休戦状態を砕いた。

このことにより、バーティマに潜入していたラトナ騎士団も撤退を余儀なくされていた。


「・・・・・・・・・・」


報告に目を通すゼル。彼の前には、紅い血のようなワインを飲み、寛ぐ傭兵がいた。


「・・・・・・・・・虐殺、これはお前が仕組んだことか?アンセルムス」


「俺はきっかけを与えただけ。やったのは正真正銘バラルの兵士さ」


ニヤリと笑みを浮かべる男。

ゼルは冷ややかに睨む。


「怖い怖い。お前だって、きれいごとじゃやっていけないことはわかってただろう?理想と現実は、違うのさァ」


「わかっているとも。いずれ、流れた血は無駄にはしないさ」


「はっは」


鼻で笑うアンセルムス。

それを無視して、ゼルは次なる目標の攻略のための策を練る。

第二段階、魔女への復讐。

魔女のいる国は、とある王国だが、魔女によって支配されている、と聞く。

その国を侵攻し、魔女を殺す。


「次の目的は、ゼレフェン王国だ」


「ゼレフェン、ね。まァ、バラルとやりあう前に周辺を抑えるのは、鉄則だわな」


そう言うと、アンセルムスはゼルを見る。


「俺の方で、工作はしておくぜ」


「・・・・・・・・・頼む」


ゼルは、異様に、この男に操られている気がしていた。

そんなはずはない、と首を振ったゼル。背を向けているアンセルムスには、自分の弱気な顔は見られていない、と彼は思っていた。

だが、アンセルムスは彼の中の迷いを見抜いていた。

邪悪な笑みを浮かべるアンセルムスは、コツコツと、足音を響かせて廊下を歩く。



嵐が迫りつつあることを知る者は、今はまだ少ない。

後世、最大規模の戦争、と言われる大戦が近づくことを知る者はいない。

アンセルムス、という青年以外は。


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