13人の神々
パーティー翌日、各人はそれぞれ用意された宿泊先に滞在していた。ミアベルもクィルやエノラ、リナリーらとともに同じ施設で寝泊まりしていた。そんな彼女らはやっとアンセルムスがイスカンブールまで移送されたことを聞いた。
アンセルムスが来たため、会合は予定通り行うこととなった。
会合の開催が近づく中、世界を覆う闇はより濃くなっていく。五つの大陸を囲む外界の向こう、壁を越え手存在する世界の歪からは、膨大な闇が押し寄せ、海を越え、エデナ=アルバ世界を侵食しようとしていた。『神』同様、外の世界より来た異形の怪物たち。かつて、『神』がこの世界に持ち込んだ魔物たちとはまた異なる存在。アンセルムスが失敗したと知った『神』はそれを招聘したのだ。
それらは『監督者』や存在を知る者からはこう呼ばれる。『喪失者』と。
『神』の居城、焦がれの聖域。天高き黄金の城の中で玉座に座す『神』の前には『喪失者』の首領が立っていた。
『わが招聘に応えてくれて感謝する、』
そう言い、『神』は目の前の男を見る。背格好は人間のそれであり、左半身はヒトと全く変わらない。ハンサム、と形容してもいい。だが右半身はまるで深い闇の様に黒ずんでおり、不気味に眼光の中は紅く光っている。『喪失者』の青年は笑う。『喪失者』は『監督者』によって生み出された実験生物のなれの果てである。数多の時間を生き、次元を渡ってきた彼らは混沌を求めている。エデナ=アルバに訪れる混沌に彼らが喰いつかないわけがないのだ。
「我らが来た、と言うことはこの世界は壊れることになるぞ」
『構わぬ。また、アンセルムスが死ねば世界はリセットされる。この世界なぞ、壊して構わぬ。我もそうしてきた』
「そうか、ならば腹いっぱい喰らわせてもらう」
青年はそう笑い、神の居城の門に向かった。そこから見える下界の様子に、『喪失者』ケルビムは邪悪な笑みを浮かべた。
彼の後ろにいたハザはケルビムの放つ禍々しい力に戦慄した。『神』にも匹敵するその力に、ゴクリとつばを飲み込む。ハザは魔神ジャヒーリアとの戦闘でその魂を削られ、もはや死ぬことはできない。そんな彼にとって、笑い飛ばせるような相手ではないのだ。
危なくなったら、違う世界に飛べばいい。なにもエデナ=アルバに凝る必要はないのだから。
押し寄せる黒い波が、外海を染める。この世界の何もかもを破壊するために。
後にイスカンブール会議と呼ばれる会合がついに開かれた。議題は「世界の今後」について。
クロヴェイル・ラウリシュテンによる先の大宗主国を襲った異変と世界各地で起こっていた事件の関連性が報告された。とある陰謀により、世界は破滅に向かいかけていたこと。そして、それは未だ回避されていない、と言うこと。
「神話に語られる『父なる神』は、我らエデナ=アルバに生きるすべての生命を支配してきた。かつてこの世界にいた13人の神々から世界を奪い、『神』は支配者として君臨している。その『神』こそが、この世界の混乱の真の元凶である」
クロヴェイルの話は荒唐無稽、と笑って済ませられる話ではない。つい先日、この世界に生きるすべての生命に向けて『神』は言ったのだ。
朝日が昇るころ、『神』は宣言した。
『終末が訪れ、この世界は破壊しつくされる。そして再び、世界は生まれるであろう』
その言葉とともに、異邦の者どもが大挙して押し寄せたのだ。各大陸での被害は相当数に上った。
「この事態に対し、世界は団結せねばならない。この未曾有の事態を乗り越えるために」
クロヴェイルの演説を聞いていたとある国の王が大声で叫ぶ。
「とはいえ、勝ち目があるのか?相手は『神』だ。我らに敵うものなのか?!」
「このまま、黙って滅び行くのを待て、と?そんなことは赦されない」
クロヴェイルはそう言い、後ろにいるミランダに目くばせした。ミランダが頷き、会場を出てすぐに戻ってきた。そして、彼女はクロヴェイルの下までとある人物を連れて行った。その人物は、アンセルムスであった。
「彼の名はアンセルムス。先の事件の首謀者であり・・・・・・神の転生者です」
クロヴェイルの言葉に驚きと動揺が走る。不敵な笑みを浮かべる黒髪の青年に、それほどの力は感じられない。だが、このような場でも不敵に笑う彼には、どこかカリスマ性と怪しい魅力が感じられた。
「彼と、他の12人の神々がそろえば、偽りの支配者を倒すこともできるであろう」
「何故、そんなことがわかる」
飛んできた野次に、アンセルムスが口を開く。
「『神』は恐れていた。俺が記憶を取り戻し、かつての同胞たちを集めることを。それはすなわち、自身を倒しうる力を俺たちが持っていることを知っていたからだ。そして、神々の中でも特に猜疑心が強く、そして奴に対抗しうる武器を使える俺を支配下に置いた」
アンセルムスはそう言い、会場の者たちを見る。黒曜のような深い黒色が一人一人を見回す。
「奴は異世界より破壊者を呼び込んだ。俺に代わって世界を破壊させ、また新たなエデナ=アルバを作り出すために。だが、奴を倒せばすべてが終わる」
「だが、神々の力があっても、あなた方の協力なくしては戦えない。これはもはや、一個人、一国家の問題ではなく、全世界の問題なのです」
クロヴェイルが言う。
「どうか、協力をお願いしたい」
「協力は辞さない」
中央大陸でも名の知れた国家の代表者が言う。だが、と彼はアンセルムスを見る。
「君以外の神々の行方は分かっておるのかね?君の言う破壊者は刻々と迫っている。現時点ではどうにか四大陸の海際で食い止めているようだが、今から彼らを探す、などと言うのでは遅いぞ」
その言葉に心配はいらない、とアンセルムスは返した。
「すでに転生者たちはわかっている。たとえ、姿かたちが変わろうとも、俺が仲間の魂がわからぬとでもいうと思ったか。安心しろ、転生者は皆、この場にいる」
シン、と会場が静まり返る。
「転生者の中には、まだその記憶を取り戻していないものも多いが、今はそうもいっていられない。アンセルムス、その者たちを呼んでもらっても構わないか」
アンセルムスからは転生者が誰か、ということはクロヴェイルは聞いていなかった。どうせならばこの場でそれを明かした方がいいだろう、と言う考えであった。アンセルムスは頷く。
「勿論だ」
そう言い、アンセルムスが口を開いた。
「太陽の神ヴォーヴンの転生者、クロヴェイル・ラウリシュテン」
ざわ、と会場に声が溢れた。クロヴェイルはまさか、自分が呼ばれるとは思わず、呆然としている。それを気にせず、アンセルムスは続ける。
「戦と守護の神クオンタの転生者、リクター」
魔族国の代表の一人として参加していた魚人族のリクターを見て、まさか魔族が、と言う声がちらほらと聞こえた。海と関係の深い神クオンタを信奉する魚人族のリクターとしてはまさか自分がその神自身とは考えられないことであった。
その後も淡々とアンセルムスは同胞を呼び続けた。
「平等と夢の神ゼレファフの転生者、クィル・アルゲサス」
「慈愛の神ニドラの転生者、エノラ・アンスウェル」
「知識の神クドラの転生者、セラーナ・シャイア」
「豊穣の神レアの転生者、リナリー・アルミオン」
「法と富の神アポクリフの転生者、ゼル・マックール」
「秩序の神ゼレチアの転生者、ミランダ・ライケ」
「医学と教育の神マキノの転生者、キアラ・フォクサルシア」
「気候の神サノスの転生者、ユグルタ・ヌマンティウス」
「運命の神アテンシャの転生者、クローリエ・レンウェイン」
「勝利と再生の神ゲシュトゥの転生者、タムズ・ギャレッセン」
「・・・・・・以上だ」
呼ばれた者たちはその場に立ち、会場の好機の目にさらされていた。記憶を取り戻している一部を除き、今日この瞬間まで自分が転生者と知らない者たちは驚き、何も言えない状況であった。
「これより俺たちは『神』を倒すための準備をする。その際に協力を求めることもあるが、それを受け入れてもらいたい。また、俺たちが奴と戦うまでの間、あなた方には死んでもらわねばならない」
「・・・・・・致し方あるまいな」
バラル帝国の黎帝が重い声で呟いた。世界の存亡が彼らにかかっているというならば、彼らを死守することしか道はない。
「アンセルムス、悪意と真実の神、か。この戦い、勝ち目はあるか」
黎帝の目がアンセルムスを見る。老いてもなお、その影響力は強い。校庭の視線を受け止め、アンセルムスは口を開く。
「必ず奴を打ち取る。それが、俺にできる唯一の償いであり、責務だ」
「そうか、信じよう。我がバラルの民の命、預けよう」
バラル皇帝の言葉で、世界各国も決心した様子であった。会合に参加する各国は全面協力を約束し、『喪失者』を食い止めることを話し合った。
会合が終了し、各国代表は一時滞在先に戻ったが、転生者者たちは顔位号の後、アンセルムスによって召集されていた。
未だ信じられないものが多数いる中、アンセルムスは聞いた。
「この中で、自分のことを思い出しているものは?」
その声に手を上げたのはタムズとクローリエのみであった。
「ふん、まあそういうものか。となると、タムズは無事、半身を取り戻したか」
「・・・・・・アンセルムス、相変わらず君は何でも知っているな」
真実を司る神、ということもあり、アンセルムスは神のころから情報を集めることは得意であった。それは、今の彼でも変わりはないらしい、とタムズは感心した。
「それはどうでもいい。それよりも、記憶がない、と言うのは何かと不便だ。セラーナ・シャイア」
「・・・・・・何?」
警戒した目でアンセルムスを見るセラーナに手を差し伸べる。
「俺の手を掴め」
「何故?」
「俺の魂の記憶を見せてやる。早くしろ。口で説明するよりも早い」
そう言われ、セラーナがアンセルムスの手を取った瞬間、記憶が彼女の脳内に蘇る。自分が何者なのか。それがわかった。
「うまく言った様子だな」
「え、ええ」
突然の出来事に情報処理が追いつかないセラーナは何とか頷いた。ならいい、とアンセルムスは頷く。
「お前の力で一人一人の記憶を取り戻させるんだ。魂に架せられた錠を破壊するんだ」
セラーナのスキル、封印を討つ砕く力。それは、セラーナが神としての記憶を取り戻したことで強力になっている、ということであった。『神』が厳重に施した封印さえも打ち砕くことができる、と。
セラーナは一人一人の手を取り、その魂に施された封印を解いていった。
それまでの自我と、神としての自分が混ぜ合わさり、戸惑いを抱きながらも転生者たちは自分を受け止めていった。
「これで全員思い出したな?」
アンセルムスの問いに全員が頷いた。頭を軽く押さえながらゼル・マックールは言った。
「くそ、気分がわりぃ」
「だろうな」
アンセルムスはそう返し、皆を見る。
「さて、それでは話し合いと行こうか」
「・・・・・・アンセルムス、私は」
口を開こうとしたクロヴェイルを制するアンセルムス。気まずそうな顔をしたクロヴェイルに、話は後にしよう、と彼は言った。
「まずは、奴を倒すための武器が必要だ。奴は俺たちを恐れていた。記憶を取り戻し、団結することを、な」
「記憶は取り戻したが、今の我らはかつてよりも劣る存在だ」
リクターの言葉に、そうだ、とアンセルムスは頷く。
「だから、取り戻す必要がある。俺たちの武器を」
「武器、だと?我らの死とともに失われた武器、か?」
ユグルタの言葉にアンセルムスは頷く。失われし神器。それぞれの神々が持つ武器、または道具であり、神々が死んだ際にそれらは失われた。
アンセルムスは実際には『神』がどこかに隠したのだ、と言う。この世界と深いつながりを持つ神々が長く持っていたために、『神』でさえ破壊はできず、またこの世界から持ち出すこともできずに仕方なく隠したのだという。
「俺の武器、『神殺しの刃』については在り処はわかっている」
アンセルムスはキアラを見て頷くと、キアラも頷き返した。
「あと、十二の神器、ですか」
「実際には十一だ。タムズはすでに取り戻しているしな」
「鎌と鎧、か?」
「そうだ。魂と肉体が統合し、それは完全にお前のものとなった」
神器が二つ揃っているとはいえ、十一については在り処がわかっていないのだ。世界を襲う混沌は近いというのに、武器がそろわないと『神』に敵わないのだ。
「とはいえ、『神』と言えども破壊も異世界に持ち出すこともできない。必ずあるはずだ」
クロヴェイルはそう言うと、その通りだな、とユグルタも頷く。
「各々に関わり深い場所か何かと関係しているかもしれない。こちらでも情報は収集しているし、各国の協力も取り付けてはいる」
アンセルムスはそう言い、12人を見渡す。
「いざとなれば、武器なしでも行くしかあるまいな。幸い、『神殺し』があれば確実とは言えないが勝ち目はある」
その言葉でひとまずの解散となった。