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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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伝えたかった言葉

母の記憶。それは、遠い昔の記憶であった。



グラウキエ教国より、ベレフォール公国に私の両親は移住した。敬虔なレアレス教徒でありながら、ベレフォールに来た理由は、豊かな自然の中で、私を育てたい、という両親の想いがあったからだ。

グラウキエの街は、その頃には人であふれ、文明に溢れる場所となっていた。そのため、息苦しく感じることもあったし、人と人との間である些細ないさかいに両親は憑かれていた、と言うこともあった。

母は、レアレス教の教皇を輩出した一族の庶子であり、そのために多くの期待を寄せられていた、という。傍系でありながらも、その祝福と才能を見込まれ、幼少時より自由を制限され、神のための生活を送った。実際は紙のため、などではなく、一部の聖職者の利権のためでしかなかったが。

母が優れた能力を持っていたのは、彼女がレア女神の魂を有していたから。

それゆえに、彼女の息子であった私も、その力の一端を引き継いだ。それを知るのは、何百年もたってからだ。

母が死んだのは、私がまだ幼いころ、おそらく五、六歳のころ。

死因は事故、であった。

母の死後、父は厳しいながらも私を責任を持って育てた。農夫として働く父の姿を見て私は育った。

そして、彼女に会ったのだ。


彼女とのこともあり、私がベレフォールから離れたい、と思った時、父は流行病で死んだ。

ついに、これで私を故郷に縛っていた最後のものがなくなった。

私は両親の願いも知らず、グラウキエ教国に向かった。




エザヤ教皇のもとで、私は功績をあげ教皇逝去の際には、枢機卿にまで上り詰めていた。

とはいえ、権力に近づけば近づくほど、そこには神がいないことに気づいた。

上層部にあるのは、信仰ではなく、権力と醜い欲望。

その時、私は初めて知ったのだ。

だから、両親はこの地を離れたのだ、と。

いつかの父の言葉が蘇った。

その世界に、神はいない、と。

敬虔な信者であった父だが、実際はそうではなかったのかもしれない。

それは、二度と父に逢うことのできない私にはわからない。



私が母に出会ったのは、私が教皇選出候補となった時であった。

四十代でありながら、青年の姿であった私は、その頃には「神格」がついていた、と思われる。

肉体の老化は止まっていた。神の奇跡、と人々は私に期待を寄せた。

魔神キュレイアをベレフォールの地にとどめ、聖地に踏み込ませることを許さなかったことも、私の支持を強めた背景であった。


レス=グラウキエ寺院で、私は思っていた。

たとえ、教皇になったとして、私に何ができるのか。

結局、私は無力であった。いくら足掻こうとも、教会の本質は変わらない。

神の不在。それをいいことに、好き勝手する聖職者。

理想は、現実に侵食される。


そんな中、私は彼女に出会った。

色素の薄い、水色の髪の少女。その姿を見た時、私の時が止まった。


「母さん」


それは、私の記憶にかすかに残る、母の顔にそっくりであった。

私はつい、その少女の手を取った。少女はある教皇の一族の子どもであった、とは後に知ること。

そして、私が彼女の手に触れた時、私の中に何かが奔る。


幼い私を抱きしめて、ほほ笑む母。

まき戻る時計の針。

哀しみの表情に、顔を曇らせる母の魂を持つ女神。

12の光が点滅する中を、一つの暗黒が駆ける。


そして、水色の髪の少女が黒い髪の少女を抱きかかえ、天を仰いだ。



そして、私は悟る。

この世界が、なんなのか、を。

少女は私を見る。私は、「人違いだった」と言い、少女の手を放す。

母の魂を持つ少女は、そのまま行ってしまった。




いずれ来る、破滅。

その時のために、私は決して壊れることはない絆を作ろう、と思った。

平等な世界。それを作ることで、悪意による破滅を防ごうとした。

教皇に選出された私は改革を行った。

その過程で、私は何人かの人間を手にかけた。

迷いはなかった。

いつか来る、戦いのため。そして、母の魂を迎えるために。

母の魂の転生先は、常にアルミオンという家系であった。

私はそのアルミオン家を見守り続け、母の魂を持つ少女たちを守り続けてきた。

いつか、見捨てた少女とその姿を重ね、贖罪をしたかったのかもしれない。


母の魂は、常に迷い続けていた。

大いなる輪廻の中で、繰り返される悲劇。

それを止めたいと願いながらも、強大な力故に戸惑い、迷う母。

神の魂を持つと言っても、彼女の本質は弱く優しい少女であった。

13人の神が作り出した世界。それは、その13人の神の望んだあるべき世界ではなかった。

その輪廻の中で、泣く母をそのたびに私は見た。



だから、だろうか。

『前回』の私は、母にあんな言葉を贈ったのか。

そして、それが滅びの運命を変えたのだろうか。

それはまだ、わからない。

確かなことは、と大宗主は顔を上げる。自分がなすべきことは、自分自身の決着をつけることである、と。


目の前の魔神、少女の姿のキュレイアを見る。思えば、遠回りをしてきた。口元の血を拭う。それは、自分の物か魔神の物かはわからない。周囲の空間を歪めるキュレイアの『慟哭』。彼女は血の涙を流し、大宗主を見る。


「ルルー」


「あなたが、あなたが、私を・・・・・・ッ!!」


拒絶の意志が襲い掛かり、大宗主を弾き飛ばす。大宗主は破れたローブを脱ぎ捨て、空中で体勢を立て直し、地に足をつける。拳に魔力を込めて地面にたたきつける。衝動が行く獲物壁となりキュレイアの前に立ちふさがる。悲鳴は遮られ、衝撃がキュレイアに還る。少女はわずかに後ずさり、両手を構える。魔力弾が放たれる。大宗主はそれを叩き落とし、キュレイアに接敵する。

油断なく魔神はその右腕を突き出した。大宗主はその右腕を押さえ、少女の腹部に魔力を打ち込む。

かはっ、と血と唾を吐き出した魔神は近距離でその絶叫を食らわせる。悲鳴が、血を湧き立たせ、肉と骨を破壊する。大宗主の身体は修復を始めるが、それでも間に合わない。


「ルルー、もうやめよう。こんなことは」


大宗主の言葉は、悲鳴にかき消されて聞こえない。血の涙を流す少女の瞳には深い悲しみと憎しみが宿っている。彼女を追いこんだのは自分だ。そうだ、もっと早く気付くべきだった。顔を背けるべきではなかった。こうするべきだったのだ。

力強く、けれど敵意のない両腕が少女の身体をやさしく包み込む。その暖かさに、少女は攻撃を思わず止めてしまった。そして、自分を抱きしめて目を閉じている大宗主を見る。


「ロイ」


呆然としていた少女は怒りを思い出した。私の胸ぐらをつかみ、泣き喚く少女。声は武器となり、大宗主の心と体を破壊しようとする。

痛みに耐えながら、大宗主は彼女を抱きしめる。

強く拒絶する少女を、大宗主もまた強く抱きしめる。

抵抗が、大宗主の身体を引き裂こうとする。

それでも、

もうこの手を離したくはない。


「もう、離さない。もう二度と、離すものか」


ずっと、ずっと彼女のことだけを思ってきた。どれだけのことがあろうとも、ルルベリアーだけを愛していた。それを伝えなければいけなかった。自分を偽り、神に逃げてきた。けれどそれも、今日で終わりだ。


「嘘よ、今更、何よ・・・・・・!!」


泣きじゃくりながら、彼女は言う。


「もう、遅いのよ!あなたも私も、もうあの頃には戻れないッ!もう、何もかもが遅すぎる・・・・・・」


「遅すぎるなんてことはない。誰にだって、やり直す機会はある」


強く、強く抱きしめる。少女の血の涙は、綺麗で透明な涙へと変わっていく。ロイの目に見える彼女は、幼いころに見た、彼が好きだった少女のままであった。

今ならば、言える。ずっと言えなかった言葉を。


「愛している」


「・・・・・・ッッ!!!」


ぶわ、と空気が震えた。少女の泣き声が空間を震わせた。だがそれは、大宗主を傷つけはしなかった。空間にできた損傷を癒すように、彼女の声は修復を促す。それこそが、本来彼女が生まれ持って備えていたスキルである。それは人を傷つけ壊すものではなく、人を癒す優しい力。

遠回りしてきた二人は、千年もの時間を経てようやく受け入れあうことができた。


「私もずっと、ずっと好きだった。愛している、ロイ。もう、離れない。もう、あなたを離さない」


「ああ、ああ・・・・・・!」


言いたいことはたくさんあった。けれど、言葉にせずともそれは伝わってくる。髪を撫でる。遠くに来てしまった。


「すべてが終わったら、ベレフォールに還ろう。やり直そう、もう一度」


「うん・・・・・・うん・・・・・・」



しばしの間、二人はそこで抱きしめあっていた。

だが、それを喜んでいる余裕はない。二人の戦いが終わってから、外からひしひしとにじり寄る邪気が感じられていたからだ。巨大な、とんでもなく巨大な胎動が。


「ルルー、まだ終わっていない。この呪われた輪廻を終わらせるために、力を貸してくれ」


その言葉に顔を上げた少女は、頷いた。眩しい笑顔で大宗主を見る。


「わかったわ」


手をつなぎ、二人は光に向かって歩き出す。

レス=グラウキエ・コンクードの上層に出た二人は向かってくる世界蛇を見る。

眼下には傷ついた人々が未だ避難出来ていない。避難を指揮する兵士や神官も多数残っている。


「彼らを救わねば」


「任せて」


大宗主の言葉にルルーは返し、口を開く。そして、美しい声を発した。それは、歌であった。優しく、幻想的な音は、グラウキエの街中に広がる。活性化した魔力が、傷つき倒れた人々の傷を癒す。

その歌は、世界蛇の中で戦う者たちにも聞こえた。



「この歌は・・・・・・?」


漲る力を実感するクィル。それは他の四人も同様のようである。急ごう、というセウスは無限に湧き出る敵を切り払う。クロヴェイルが魔術で敵を一掃し、一行は先に向かう。



大宗主は結界を張ると、ルルーを抱きかかえて空へと跳躍した。そして、世界蛇の表面に降り立った。


「私の祖国を、壊させはしない。もう、迷いはしない」


大宗主は拳を掲げた。

だが、彼とルルーの力では世界蛇は止まらない。中での戦いもまた、熾烈を極めていた。

どうするべきか、と考える大宗主らの前に、巨大な岩、いや隕石が降る。それが、世界蛇の巨体をいとも簡単に打ち抜いた。


「これは・・・・・・!?」


「まさか」


二人が空を見上げた。太陽を覆う、黒い影。それは、不敵な笑みを浮かべており、黄金の鬣をなびかせている。

隕石、それにその獅子の頭部。


「『凶星』ハウシュマリア・・・・・・!!」


呟いたルルーに、ガハハ、とハウシュマリアは笑う。


「先日ぶりだなぁ、キュレイア。面白いことしてるじゃあねえか、俺も混ぜろ、よ」


再び、隕石が降り、世界蛇を襲う。先ほどの隕石よりも小さいが、それは世界蛇の表面を抉る。


「さすがの俺でも、あれを倒すことは出来ん。まぁ、中にいる連中がどうにかするだろうさ」


ハウシュマリアはそう言い、大宗主とルルーを見る。これだけやれば、お前らも止められるだろう、と言わんばかりに。

何であれ、協力するというのならば心強い。大宗主はルルーを片手に抱えたまま、奔りだし、世界蛇の頭部に向かっていく。魔力を込めた拳で表面に現れる敵を蹴散らしながら、大宗主は戦う。ルルーは唄い、グラウキエにその声を響かせる。獅子頭の魔神は修復しようとする世界蛇に向けてその鋭い爪と隕石落としで攻撃する。

人、魔族、魔神。国も種族も越えた者たちが、今一つの目的のために共闘する。一体誰がこのような光景を想像しただろう。

大宗主や魔神を指さし、人々は驚き、興奮した。今見る光景を、のちの世に語り継ごう、と。今自分たちは、歴史の変わり目にいるのだ、と。

太陽の光の中、英雄たちは戦う。この場にいる誰もが英雄であった。

その勢いに押されるように、世界蛇の動きが鈍くなる。


「中でも暴れているようだな」


ハウシュマリアはそう言い、鼻息をフン、と噴き出した。骨のありそうな連中だ、この戦いが終わったら遊ぶとしようか。そんなことを考えていた。

ハウシュマリアは戦闘狂だが、何も世界情勢がわからないわけではない。今の世界の異常は感じている。

魔神ハーイアからも、人間たちに協力してやってくれまいか、と言われている。あのハーイアが頼み込んできたのだ。引き受けないわけにもいかない。

それに、魔神トラキアとは長い付き合いだ。彼の意思に反し、世界蛇を悪用する者には裁きを下さねばならない。


「トラキアよ」


好々爺のような魔神を思い出し、彼は呟いた。そして、特大の隕石を降らせた。それは火花を散らし、世界蛇の表面を焼き焦がしながら、抉り取っていく。

獅子頭の魔神は、静かにそれを眺めた。

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