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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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隠された記憶

精霊湖。それはラカークン大陸中部、深き大森林の手前に存在する湖である。この大陸では最大級の湖であり、古来、精霊が棲みついている、と言われた清らかなる水の場所である。

セウスが王であった頃、およそ2500年前は、ここも光と純粋な魔力で満ち満ちていた。今も美しいものの、かつてほどの光を感じることはできない。

久方ぶりの下界に出たセウスは、この世界が自分たちの生きた時代から何一つ変わっていないことを知った。醜い争いは未だ続いている。

ラカークン西に存在するアクスウォード王国と同盟国セアノ王国は他大陸のバラル帝国と戦争を幾たびも交えている。ラカークン内部でも、魔族への迫害、少数民族への弾劾政策、それに貴族による平民や奴隷への酷使。セウスたちが目指した世界は、どこにもなかった。


「これが、現実と言うものだな」


セウスはそう呟き、焼けた村の跡を見た。傭兵や騎士崩れのものが、こうして略奪の限りを尽くし、村ひとつ滅ぼすなど、珍しいことではない、とセラーナは言う。

セウスは目を閉じた。



彼らが精霊湖に来た目的は、セウスの愛剣セアリエルを直すためである。

セラーナとともに世界を行くことを決めたセウスだったが、そのためにもセアリエルは必要であった。

かつてこの精霊湖の乙女より、彼は聖剣を賜った。以後、数十年を共に戦場を駆けた。

しかし、魔神の血肉を吸い、魔剣と化したバルドバラスの剣により、2500年前、ついにセアリエルは壊された。

セウスの手元に残されたのは、半ばから折れ、輝きを失ったセアリエルである。

精霊によって作られた剣を直せるのは、精霊のみである。

セウスはセラーナに事情を説明し、ここに訪れたのである。


「聖女クレシアによりこの湖は幻想的な光に溢れるようになった、と言われていますね」


「ほう、クレシアの名は今でも知られているのか?」


「いいえ、私が知っているのは古文書を読み漁っていたからです。今の世界では、神話の時代の話もそれ以後の話も、あまり知られていません。知識や神話が重要とされる時代ではありませんから」


セラーナはそう言い、現状に不服そうな顔をした。この少女は歴史や神話と言うものが非常に好きなのだ、ということがセウスにはともに過ごしてわかっていた。だからこそ、自分が何者であるのかを知りたいのだろう。

セウスも彼女のことを知りたかった。かつての妻であり、自分を裏切ったセリーヌ。彼女と何か関係しているかもしれないから。

セウスは腰に差した鞘を撫でる。


さて、ここで少し聖女クレシアについて話しておかねばならない。

クレシアとはセウス王の時代より更に4600年前の人物である。

かつてこの世界に君臨し、東の大陸クライシュを死の大地に変化させた魔王ヴァレンダリオスの死後に現れた女性である。

彼女は奇跡を起こし、クライシュ大陸に生命の輝きを復活させた。そのほか、他の大陸でも奇跡を起こし、多くの物より女神のごとく信奉された。

しかし、それゆえにその力を畏れた国家は彼女を神への異端者として処刑してしまう。

処刑前、精霊湖に立ち寄ったクレシアの魂はこの湖にある、ともいわれている。数千年前は、彼女は多くの信奉者がいたもので、ここにも多くの巡礼者が来た、と言う。


「それにしても、本当にここにあなたの言う神殿が存在するのですか?」


透き通る水の底には、神殿などないように見える。セラーナの疑問も当然だろうな、とセウスは頷く。


「そこは恐らく、こことは違う次元に存在する。どこかにそこと通じる扉がある、それだけだ」


その神殿で、若き王はレア女神の分身である乙女より、石に突き刺さった剣を抜くように言われた。その剣こそ、セアリエルであった。

彼に多くの勝利を導いた、聖剣。


「・・・・・・・・・・さあ、行こう」


思い出に浸るセウスは、そう言うと、セラーナに手を差し出す。少女はその手を取る。

どこからか現れた小舟に二人は乗り込む。すると、船は独りでに動き出す。

まるで、二人を導くかのように。



深い霧がやがて二人を包む。濃縮された魔力と光の中、二人は黙って前を見る。

やがて、二人は何かを感じる。空気や感じ方が変わったことから、ここがもう別の次元なのだ、と二人は悟る。


「見えて来たな」


セウスはそう言い、指を指す。セラーナもその方向を見た。

それは神殿であった。これほどの作りの建物、それも太古の様式そのままのものがあるのだから、セラーナは驚いた。セウスもまた、別の意味で驚いていた。かつて訪れた時と、何らその形も状態も変わっていないからだ。

そこだけまるで時が止まったような世界。セウスとセラーナは舟から降り、神殿の奥に続く、闇へと進みだす。

セウスの先導で奥へ奥へと進むセラーナは、途中、様々なものを見た。

それはそれまでのこの世界の辿ってきた歴史模様のようなレリーフ群である。歴史としても神話としても残っていない時代のものもあるようだ。


「ここは一体?」


「私にもわからない。わかっているのは、ここが水鏡の神殿、と言う名であることだけ」


セウスはそう言い、周囲を眺める。

中はほとんど変わっていないようであった。だが、以前は壁のレリーフはなかったような気がした。


「水鏡、か」


意味深にセウスは呟き、進む。



前方の光が見えると、セウスが言う。


「この先だ」


そして、二人はその光へと進み、そして。

光が二人を引き裂き、それぞれの世界へと連れ去っていく。


「セウス!?」


セラーナの叫びはかき消され、意識が消えていく。




目が覚めた場所は、天空に浮かぶ巨大な城。

太陽に近いそこは、黄金の輝きに満ちていた。木の葉が舞い、鳥たちが歌い、草花は躍る。楽園、と言うものが実際にあれば、このような風景を言うのかもしれない、とセラーナは思った。

セラーナはふと人の気配を感じ、背後を振り返る。セウスかとも思ったが、その気配は砂色の青年のそれとは違った。


「誰?」


セラーナが振り向くと、そこには二人の女性が立っていた。

顔の似通った双子のような美しい女性。違うのは、髪の色と瞳の色だけ。黒い、艶やかな髪の女性と、セラーナと同じ、燃えるようなオレンジ色の髪の女性。

二人は笑い合っている。


「何、この光景・・・・・・・・・・・?」


戸惑うセラーナ。自分はこの光景を見たことがないはずなのに、なぜか既視感を覚えるのだ。

ふと、目頭が熱くなる。セラーナは自分の手で目元をぬぐう。涙が流れていた。止めどもなく。

黒髪の、自分にそっくりの女性を見ると、なぜか、胸が痛くなる。

知らないはずなのに、知っている。これは一体?

頭にノイズが奔った。



場面が変わる。

倒れたセウス。折れたセアリエルを手に握りしめ、彼は血を流す。

死なないはずの王は、そこにいた。片手には、もう冷たくなった彼女がいて。


「これは、なに?」


一体何なの。そう呟いたセラーナの前に、何かが現れた。

それは何かを呟いたが、彼女には聞こえない。そして、光が覆った。




再び目覚めた時、彼女の目に入ってきたのは砂色の髪の青年であった。

セウスの顔を見て、セラーナは起き上がる。


「ここは・・・・・・・・・・・・」


「神域だ」


魔力の結晶と、竜の文様の奔る床のタイル。重力に逆らい、天に向かって流れる水の柱。二人の前には祭壇があった。

セウスの言っていた、剣の突き刺さっていた祭壇なのだ、とセラーナは理解する。


「私が見ていた、あの光景は・・・・・・・・・?」


セラーナは自分が見たことをセウスに告げる。だが、セウスにもそれはわからなかった。


「私が見たのは、以前と同じ、水と空だけだったからな」


セラーナはそれが自分だけ見たものであることを知る。一体なんだったのか、と口を開こうとした彼女に応えたのは、透き通った声であった。


『それは、あなたの魂に刻まれた記憶。たとえ、心が忘れていようとも、魂が忘れることはあり得ません』


セラーナが顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。

白い肌、水色の髪の女性。なぜか、その姿に既視感を持っていた。痛む頭をセラーナは抑えた。


「あ、なたは・・・・・・・・・・」


『やはり、あなたの魂は私を忘れてはいないのですね』


そう言い、女性はセウスを見る。


『お久しぶりですね、セウス』


「・・・・・・・・・・・・・・」


セウスは沈黙で彼女に応えた。


『あなたがあの剣を抜き、世界は動きました。けれど、それは望まれた世界ではなかった。そうですね』


「この世界は変えられなかった。私の力では」


セウスは腰のセアリエルを抜いた。折れた刃、折れた理想の亡骸を。


『けれど、あなたは取り戻したはずです。光を』


女性はそう言い、セアリエルを見る。


『その剣を直したければ、もう一対のセアリエルを持ってきなさい。あなたの息子、エオスが使用していたもう一つのセアリエルを』


「どういうことだ?」


『本来、二つは一つだった。それを元に戻す。それだけですよ、セウス』


そして、とセラーナを見る。


『その時こそ、あなたたちは真実を知るでしょう』


「あなたは、私のことを知っているの?」


セラーナの言葉に、女性は頷く。セラーナは気候と口を開くが、それを彼女は遮った。


『私は道を示すだけ。真実はあなたたちで見つけなければなりません』


そう言い、乙女はセラーナの頭に手を翳す。


『幾たびのつらい出来事が待とうとも、あなたは進まねばなりません。・・・・・・・・・再び、世界を取り戻すために』


さあ、行きなさい。深き、森の先へ。

そう言い、女性が手を叩いた瞬間、二人は神域より弾かれ、現実へと帰還した。

目を覚ますと、そこは精霊湖の前であった。呆然とする二人だが、あれが夢ではなかったことだけはわかる。


「どういうことなのかしら」


「わからない。だが、彼女の指示した道を、行くしかないのだろうな」


そう言ったセウスが指差すのは、深き森であった。

その先には、魔族が暮らす国があるはずだ。人間が寄り付かないほどの、濃密な魔力と強力な魔物に阻まれた、森の奥に。


あの記憶を知るためにも、セラーナは進まねばならない。セラーナが行くのならば、セウスもまたともに行くのみである。


「行きましょう、セウス」


「そうだな、セラーナ」


青年と少女は森へと入っていく。

二人の後ろで、精霊湖は静かにその輝きを湛えていた。






『何度、繰り返したことでしょう』


水の乙女はそう言い、去りゆく二人の後姿を見る。


『・・・・・・・・・・・・・』


乙女は遠く、東の大陸を見る。






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