ダミー・ライフ
処女作なので読みにくいところが多々あると思います。申し訳ありません。
始まりは一つの破壊音だった。
静まりかえった夏の教室で、我に帰った少年は周りを見渡した。
少年の机の隣の窓ガラスが割れていた。
教室でたまに起こる光景というだけで、別段不自然な点は見当たらない。
ーーーーただ、少年の右腕からとめどなく紅い液体が滴り落ちていること以外。
「あれ・・・?」
彼の思考は完全に停止していた。
無慈悲なまでに流れ落ちていく血液が、彼の足元に紅い水溜まりを作り、その足を濡らしていく。
しかし、少年はそんなことを気にも留めなかった。
「どうして・・・」
周りのクラスメイトは無言で冷たい視線を向ける。もちろん、少年に。
視線が痛い。血を流し続ける右手首も痛い。痛い。痛い。痛い。痛いーーーー
周りから目を背けようとしても、まるで蝋で固められたかのように、体が動かなくなっている。一人の男子生徒が目の前までやって来た。彼の姿はぼやけていてよく見えない。
彼は少年に言った。
「消えろ」
キエロ。
確かに彼はそう言った。
・・・どうして?
「どういう・・・意味だ・・・?」
男子生徒は答えない。
その代わりか、
「消えろ」「消えろ」「消えろ」
クラス中が、少年を見据え、ただ
『消えろ』
と叫びだしていた。
『消えろ。消えろ。消えろ。』
一斉に、念仏でも唱えるように唱和しながら、少年へと徐々に近づいてくる。
それにつられて少年は後ずさりしていく。
ついに、彼は窓際まで追い詰められてしまった。
最初の男子生徒が再び、
「消えろ」
と他と変わらない声音で言うと、少年を指差した。
「消えろ。偽物」
『消えろ。偽物』
それはクラスメイト全員の声だった。
直後、視界がぐにゃりと歪んでいく。自分が今どのような状況なのか認識できない。立っている?座っている?体に強い衝撃を受けた。倒れたのか?違う、倒れてない。でも、これは・・・これは・・・
次の瞬間、少年は窓から突き落とされていた。
「・・・え?」
刹那、重力から解放される。
理解できない状態。一瞬の浮遊感。
しかし、長くは続かない。
少年は一直線に墜落していき、そして、
最後に見えたのは、地面に倒れた少年を笑いながら見つめる男子生徒ーーー否、もう一人の少年の笑顔だった。
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで53%ーーー
「・・・また妙な夢だ・・・」
酷い頭痛に顔を歪める。
最近になって、少年は妙な夢を見るようになった。
それは酷く奇妙で、それでいて鮮明な夢。
なぜか割れている窓ガラス。己が流す血。クラスメイトが少年に言う言葉。
『消えろ』
彼らはそう言った。
「あれは・・・俺なのか?」
少年は、今日で初めて現れた、男子生徒の素顔を、自らが息絶える直前に見えた、男子生徒ーーー少年自身の笑み
を思い出していた。
突き落とされた自分と、突き落とした自分。
自分が二人いる。
妙な感覚だった。
右手を伝うあの生温い液体の感触が甦ってくる。
だが、あくまでも夢だ。
所詮空想の域。
それ以上でもそれ以下でもない。
「憂鬱だ・・・」
重い体を起こし、少年は身支度を始めた。
悪夢にうなされたとはいえ、今日は平日である。登校しなければならない。
「・・・はあ」
わずかにため息を漏らし、額の脂汗をぬぐう。
まだ新しいといえる制服は、少年には少し大きい。
のろのろと朝食を済ませ、少年は玄関の扉を開けた。
「・・・行ってきます」
誰もいない家に鍵をかける。
少年の両親は少年が12歳のときに他界していた。そして今まで、少年はずっと一人で暮らしていたのだ。
家から高校まで15分。そう遠くない。少年は通学路を歩き出した。
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで39%ーーー
登校しても、酷い頭痛は収まらなかった。
机に突っ伏し、目を閉じる。
まだ消えない夢の映像。血液。ガラスの破片。笑うもう一人の自分。
何もかもがはっきりと映る。
「痛ぇ・・・」
「どうしたの?」
思わず呟くと、ふと後ろから声がした。
「**君、大丈夫?」
「・・・え?」
「具合悪いみたいだけど・・・」
「今・・・なんて言った?」
「だから、**君、具合悪いの?」
後ろを振り返る。心配そうな女子生徒の顔が覗く。
耳を疑った。
(俺の・・・名前が)
聞こえない。
口が音を刻んでいるのに、聞こえない。
「・・・いや、なんでもない」」
平静を装う。
「そう?なら良かった」
安心したのか、女子生徒は胸を撫で下ろした。
「・・・なあ」
「なに?」
「俺の名前」
「それが、どうしたの?」
「わからないか?」
「やだなあ。自分の名前がどうしたの?何かあったの?」
「・・・わからないなら、良い」
「・・・今日の**君は何か変だね。まあ、嫌そうだから詮索はしないけど」
「そうしてもらえると助かるよ」
「・・・ほんとに変だね」
「ああ、そうだな」
(・・・お前の方がな)
女子生徒は肩をすくめると、そのまま去って行った。
それと入れ替わるように今度は、
「ほお〜、親友であるオレに知らせず一人で勝手に女子とデートの約束ね〜・・・」
「アホ」
すかさず突っ込んだその先には、少年の親友がいた。
「ん?違うのか?」
「当たり前だろ!」
再び突っ込むと、今度は笑い出した。
「いやあ悪い悪い。お前が女子と話すのは珍しいからな〜、ついつい・・・」
「るせー、向こうが勝手に話しかけてきたんだよ」
「それはそれは、モテモテですなあ**様は!」
え?
「朴念仁のくせによ〜、何気にお前、人気あるんだぜ〜」
まさか・・・
「おい、黙ってないでなんとか言えよ〜」
こいつもか・・・?
「・・・おい、大丈夫か?」
少年がずっと黙っているのが気になったのか、親友はふざけるのをやめた。
しかし、少年は気づかない。
(おかしい、これはおかしい。だって昨日までは皆ちゃんと俺の名前を口にしていたんだ声に出していたんだおかしいこんなのおかしい女子ならまだわかるかもしれない嫌がらせなだけかもしれないでもこいつは違うこいつがこんなことするわけがいやもしかしたらするかもしれないこいつだけじゃないもしかしたらもしかしたらクラス全員が俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺をーーー)
「どうしたんだよ?**!」
少年の体を揺さぶるが、反応はない。
「大丈夫か!?返事しろよ、**!」
少年の中で、何かが壊れる音がした。
「ぁぁぁああああああああああああっ!!!」
「先生!**が!!」
「どうした**!
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで22%。オリジナルとのユニゾン開始ーーー
頭に映像が流れ出した。
誰かが話している。映像の中で、少年に誰かが話しかけている。
少年の知らない男だった。
『偽物。今日からお前は、しばらく本物の代わりをしてもらう。本物が活動可能になるまで、本物として振るまい、行動するように。いいかね?』
『・・・はい』
映像の中で、少年は虚ろな目で頷いた。
『見てごらん。本物の体はボロボロだ。この状態で本物を目覚めさせれば、まず死ぬだろう。そうなれば、お前も一緒に消滅する。つまり、お前が本物らしく行動するのは、お前にとっての生命線なんだ。わかるかね?』
男が指差したその先には、もう人としての骨格も保っていない、血まみれのもう一人の少年がいた。
『・・・はい』
『よし。それでは、早速今から始めたまえ。決して誰にもばれることの無いようにな。偽物』
映像はそこで途切れた。
「ぅ・・ああ」」
何処かから呻くような声が聞こえた。
「ああああああ」
呻き声はさらに大きくなる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
それは、自分自身の声だった。
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで20%、オリジナルとのユニゾン継続中ーーー
気がつくと、少年はさっきの教室の自分の机で、あの時のようにーーー今朝のように突っ伏して寝ていた。
「あれ?」
さっきまであの真っ白な空間を落ちていたはずなのに、あの奇妙な映像を見ていたはずなのにーーー
首をかしげる。
窓際の少年の席からは、夏の夕日が眩しく輝いているのが見える。
「おかしいな・・・俺、朝気を失ったはずなんだけど・・・あれも、夢か・・・?」
授業に疲れて眠ってしまったのか?
それでまた妙な夢を見てしまったのかもしれない。だとしたら、重症だ。
でも。
(もう、考えるのはやめよう・・・)
いくら考えても、疲れるだけで何もわからないから。
「・・・帰るか」
鞄を手にして立ち上がる。
「どこに行く気だ?」
ふと、ドアの方から声がした。
「逃がさない、偽物」
そこには、あの夢や映像に出てきた、もう一人の少年ーーー本物の姿があった。
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで16%。オリジナルとダミーの接触開始ーーー
本物は笑う。偽物と同じ顔で笑う。否、偽物が本物と同じ顔を歪める。
「偽物のわりにはいい働きしてくれたじゃないか」
「・・・お前・・・誰だよ・・・」
「はあ?お前の本物であるオレに向けてそれは無いだろ」
やれやれ、と本物は肩をすくめた。
「まあ、お前は何も知らないだろうからなあ、そうなるのも仕方がないだろうけど」
「どういう意味だ?」
「・・・そろそろ種明かしの時間みたいだな」
本物は再び笑う。
「オレは、とある実験に参加していた。世間に秘密裏に処理された極秘の実験だ、知っているのはおそらくオレと関係者だけだろう。その実験で、オレは機械の暴走に巻き込まれ、重傷を負った。お前も見ただろう?人の骨格すら保てていなかった血まみれのオレを。だが、実験は成功していたんだよ!そう、その結果生まれたのがーーー」
本物は偽物を指差した。
「お前だよ、ダミー」
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで12%。オリジナルとダミーの接触継続中ーーー
全ての謎が解けた。
全てを思い出した。
「ああ・・・そうか。そういうことか」
俺が今まで振舞ってきた人格は俺そのものじゃなくて。
全部本物のものだった。
「お前にとって俺は、もういらない物なんだな」
「そうだ。今日お前が見てきた全ては、全部お前を書き換える『ダミー・プログラム』によって構成されている。だから、お前のことを心配したクラスメイト達も、お前の親友も、はじめからいないんだよ」
俺が今日消されるのがわかっていたから。
だからあえて今日だけまやかしの友情を、かりそめの仲間を作った。
実在する本物の友人たちを媒体にして。
「ふざけんな・・・」
拳が震える。
「ふざけんなよ!!はじめから俺を欺いて、何になるっていうんだ!?」
「オレとして行動してもらう必要があったから」
そう。オリジナルとして行動しなければならないから。
「お前はちゃんとオレの代わりとして働いてたよ。昨日までは」
あとはプログラムに任せて、ダミーの築いた友情を利用した。
「うるさい!!俺の全てを踏みにじりやがって!」
そうして逆上した彼は。
窓ガラスを叩き割った。
「あーあ、遂にやっちゃったね」
ーーーダミー・プログラム、変換フェイズ終了まで7%。ダミー消去コマンド作動開始ーーー
消失の始まりは一つの破壊音だった。
静まりかえった夏の教室で、我に帰ったダミーは周りを見渡した。
「ああ・・・そうか」
やっちゃったのか、俺。
自分で破滅の引鉄を引いたのか。
ダミーの右腕からは、とめどなく紅い液体が滴り落ちている。
「あの夢か・・・」
もう彼にはわかっていた。
あの夢は、今日の暗示だった。
無慈悲なまでに流れ落ちていく血液が、彼の足元に紅い水溜まりを作り、その足を濡らしていく。
周りのクラスメイトは無言で冷たい視線を向ける。もちろん、ダミーに。
周りから目を背けようとしても、まるで蝋で固められたかのように、体が動かなくなっている。オリジナルが近づいてくる。
彼はダミーに言った。
「消えろ」
キエロ。
彼はそう言った。
・・・ああ。
「ああ」
ダミーは笑った。
「消えろ」「消えろ」「消えろ」
クラス中が、少年を見据え、ただ
『消えろ』
と叫びだしていた。
『消えろ。消えろ。消えろ。』
一斉に、念仏でも唱えるように唱和しながら、ダミーへと徐々に近づいてくる。
それに従うかのように、彼は後ろへ向かう。
ついに、彼は窓際まで辿り着いた。
オリジナルが再び、
「消えろ」
と言うと、ダミーを指差した。
「消えろ。偽物」
『消えろ。偽物』
クラスメイト全員の声がした。
もうわかっている。もうどうなるかわかっている。
だからーーー
ダミーは窓の淵に立った。
「こんな世界、もうサヨナラだ」
次の瞬間、ダミーは窓から飛び降りた。
刹那、重力から解放される。
一瞬の浮遊感。しかし、長くは続かない。
頭から落下していく。
ああーーーこれが、死か。
絶対的な死を感じながらーーー
ダミーは消滅した。