夢を書く者、世界を望んだ者
もちを探し始めたのは、その夜からだった。
作者ページのプロフィールに個人情報はない。
SNSも紐づいていない。
だが、過去作のあとがきや本文中の、小さくて地味な記述を、奏多は執念で拾った。
方言。
地名。
電車の路線。
やたら細かい商店街の描写。
そういう、作家が無意識に漏らす現実のカス。
数日かけて、ある地方都市の古い団地に行き当たった。
そこへ向かう途中で、世界はさらに壊れていた。
高速道路脇に自衛隊車両。
サービスエリアのテレビは避難指示を連呼。
遠くの山際には、ありえない形の影。
空には、薄い亀裂みたいな線。
団地は、半ば死んだ場所だった。
外壁は剥がれ、郵便受けは歪み、エレベーターは止まり、気配だけが不気味に残っている。
四階、角部屋。
奏多は深呼吸して、ノックを三回。
返事はない。
もう一度叩こうとした時、内側から低い声がした。
「……誰ですか」
「読者です」
変な返答だった。
自分でも、かなりどうかと思った。
だが、少し間があって、鍵が開いた。
現れたのは、二十代後半ぐらいの男。
痩せている。顔色が悪い。髪は伸び放題。目の下の隈が濃い。
部屋の奥にはノートPC、メモ帳の山、飲みかけのペットボトル。
健康とか生活とか、そういう概念と長く戦って負け続けてきた部屋だった。
「もち、さんですか」
男は否定しなかった。
奏多は喉を鳴らす。
「あなたの小説、読んでました」
「見れば分かる」
疲れた目だった。
「感想、毎回書いてた人ですよね」
覚えられていた。
本来なら喜ぶ場面だが、この時の奏多には、寒気の方が強かった。
「……これ、あなたが書いたから起きたんですか」
男は少し黙ったあと、扉を広く開けた。
「入って」




