第7幕
バイクのエンジンが止まり、夜の風だけが吹き抜けていた。
鹿島は岩に腰を下ろし、ヘルメットを足元へ転がす。僕は距離を取りつつ立ったまま。
刀は、鞘に納めていない。
「……で、」
僕が先に口を開く。
「なんで、あの村にいたんですか?」
鹿島は少しだけ黙った。
空を見上げる。
星はやけに明るい。
「……昔、あそこに住んでたものでな。」
低い声だった。
「地図にも残らねぇド田舎だ。ガキの頃は、それなりに賑やかでな」
迅斗は黙って聞く。
「幼馴染がいた。ずっと一緒だったんだ。すげぇ美人でよぉ……」
鹿島は口の端を歪めた。
「俺はあいつと一緒になりてぇって頑張ったものよ。大人になって、二人で別の街に出た。働いて……結婚した。」
指先が、ぎゅっと握られる。
「……子どもも出来たんだ。」
その一言に、空気が沈む。
「幸せの絶頂だったよ。」
しばらくしてから、鹿島は続けた。
「……だから、妻だけ先に実家に帰した。身体を休めさせるためにな」
声が低くなる。
「俺も後から戻った。……そしたらな、」
目が伏せられる。
「人がいなかったんだ。」
それだけで、想像できた。
「村は空っぽで、家は壊れて……生きてる気配がなかった。」
鹿島は息を吐いた。
「……別の村にでも来たのかと思ったよ。」
僕は喉が鳴るのを感じた。
「……で、」
鹿島の目が上がる。
「妻は――“誰か”の妻になってた。」
「……誰か?」
「魔獣だ。」
即答。
「人の形をしてて……言葉を話す。理性もあった。」
風が吹く。
「俺は連れ出した。必死だったよ。」
鹿島は拳を握りしめた。
「だが……追いつかれた。」
唇が、震える。
「……あいつはな、俺なんかを庇ったのさ。」
その一言で、僕の奥歯が噛み合う。
鹿島は淡々と続けた。
だが、それが余計に重い。
「……その日からだ。俺はあいつを殺すって決めたのは。」
夜の闇に、低い声が落ちた。
「俺はあれから復讐の鬼になったのさ。」
沈黙。
迅斗は、刀の柄を握る。
胸の奥が、熱い。
『……』
阿紫花は、珍しく言葉を挟まなかった。
「……あいつは、」
鹿島が続ける。
「人を、魔獣に変えられる。」
僕は目を細める。
「……どういう?」
「人型は、元村人だ。」
淡々と。
「犬型は飼い犬。……赤子型は――」
鹿島は、そこで言葉を切った。
迅斗は察した。
背中を、冷たいものが走る。
『……外道ですね』
阿紫花の声に、怒りが滲む。
「……ふざけんな」
僕の声は低かった。
歯を食いしばる。
「人の人生、なんだと思ってんだ。」
鹿島は初めて、迅斗を正面から見た。
「……お前も、そう思うか。」
「はい。」
即答だった。
「そんなもん……許されるわけねぇだろ。」
刀が、わずかに鳴る。
『人の尊厳を踏みにじる存在は――存在してはならない。』
僕は一瞬だけ目を閉じ、開いた。
鹿島を見る。
「……俺も行きます。」
鹿島の目が、わずかに見開かれた。
「やめとけ……ガキ。」
「年は関係ないです。」
迅斗は言い切った。
「あの村を取り戻す。」
鹿島は、数秒黙ったあと。
ふっと、小さく息を吐いた。
「……命は簡単に賭けるもんじゃねえよ。」
「分かってます。」
迅斗は刀を握り直す。
「でも――」
視線を上げる。
「黙って逃げる方が、よっぽど後悔する。」
鹿島は、しばらく迅斗を見つめ。
「……変な奴だな。」
そう言って、立ち上がった。
「……いいでしょ。」
闇の向こう、廃村の灯りを見る。
「――行くぞ。」
赤の刃が、かすかに光った。
『全面的に賛成します。』




