第5幕 ホラーなんて聞いてない
下の階から。ずる、ずる、ずる。
無数の何かが床を擦る音が、波のように押し寄せてきた。階段の踊り場に、影。
赤子ほどの大きさの肉塊が、這いずり上がってくる。
「……」
白濁した目。裂けた口から漏れるのは――
「……ばあ」
もう一体。
「ばあ」
さらに。
「ばあ。ばあ」
赤子の鳴き声を真似た、歪んだ音。背筋が粟立つ。
『……数が増えています』
「分かってる!」
迅斗は即座に走った。窓。踏み込み。
――ガラスが弾け飛ぶ。
3階から跳躍。着地と同時に転がり、校庭へ。
雑草に覆われたグラウンド。遊具は倒れ、ゴールネットは朽ちている。
「……っ」
だが、そこに――“いた”。
人の形。腕を振りながら、こちらに向かって叫んでいる。
「おーい」
間延びした声。が、空気が違う。
生き物の“圧”が、常識の範囲を超えている。
『……人間ではありません』
「だろうな」
僕は即座に距離を取った。
次の瞬間。
それは――走り出した。
走り方はかなり乱れ、腕をめちゃくちゃに振っている。
「おーい、おーい、おーい」
地面を抉りながら、弾丸のように突進してくる。
「……っ!」
僕は校門を飛び越えた。舗装の割れた道路。
崩れた民家。廃村へと崩れ込む。
『……ここ自体が餌場です』
阿紫花の声が低くなる。
「つまり?」
『誘導されました。例の知性がある個体に。』
その言葉通りだった。屋根の上。電柱の影。
割れた窓の奥。無数の気配。
建物の隙間から、壁の亀裂から、排水溝から。
赤子型。犬型。人型。骨ばった四足獣。
村が――動いている。
僕は歯を食いしばった。
「……街じゃなくて、」
『巣です。』
阿紫花が断言する。
『ここは、魔獣が集積して形成された“疑似都市”』
屋根の上の個体が、首をひねった。
笑っている。
「……マジかよ」
赤子型が、道路を埋め尽くし始める。
遠くで、あの“おーい”の声が響いた。
迅斗は刀を構えた。呼吸を整える。
退路は――ほぼない。
『……迅斗』
「分かってる。」
視線を走らせる。
数は、百を軽く超えている。
「……不本意だがお前に命預けるよ。」
阿紫花の刃が、低く鳴った。
『ええ、』
愉悦を隠さない声。
『共同作業ですね。』




