促す幻想、晴らす真実
人物紹介
藤島啓太:この物語の主人公、高校生で勉強とゲーム一辺倒で世間一般が言うような青春をしているかどうか疑問符が打たれるような生活を送ってきた。
小林ななみ:藤島啓太の隣の席のクラスメート。
田中健介:藤島啓太の数少ない友達の1人。
吉川雅史:藤島啓太のクラスメート。
前田康二:藤島啓太のクラスメート。吉川雅史と仲が良い。
藤島菜々:藤島啓太の妹、中学生。
佐藤幸乃:藤島啓太のクラスメート、前田と吉川と江嶋でよくつるんでいる。
江嶋沙耶香:藤島啓太のクラスメート。
東雲叶:藤島啓太のクラスメート。
高島春:藤島啓太のクラスメート、転入生だ。
真心ってなんだろう。愛ってなんだろう。彼の話を聞いて私は切にそう感じた。
彼が今よりも幼く、大人の階段に足を添えつつもまだ真っ白なキャンバスのように無垢な少年だった頃の話。
「高島くんのこと好きです。付き合ってください。」
時が止まったかのように静寂と緊張で張り詰めた教室に響く、思いを込めた乙女の告白。その可憐な乙女の視線の先にいるのはもちろんこの話の主人公である高島春。
彼は高揚した。何せ初めて告白されたからだ。14歳という大人と子供の狭間。少年少女の心がかつてないほど揺れ動く動乱の時代。これほど刺激的なものはないだろう。
この頃の男子たちは親以外からの愛や視線に飢える傾向にある。友達を優先するようになり、さらには異性からの愛も渇望するようになる。彼も例外ではなかった。
それからというもの、彼は青春を謳歌した。彼はび持ち前の美貌に合わせ、サッカー部のエースストライカーで勉学も優秀であった。何もかもが充実していた。
四方八方から注目を浴びている人物であったが、彼の中にあるものが芽生えた。それは彼女に対して自分の弱みを受け入れてほしいという願望であった。周りから見れば、特に女子からしたらとてもキラキラした王子のような存在であっただろうが、彼はそういうふうに見られるのがなんだかもの寂しい気がした。ステータスよりも自分自身を見て欲しかった。
いつもの帰り道。部活が終わるまで待ってくれていた彼女との小さな幸せの時間。
斜陽は山の端にその身を埋め始めた。黄昏時、日が暮れ相手の顔の見分けがつきにくく「あなたは誰か?」と問う時間帯のことを指すと、ある日の国語の授業で出てきた解説を想起したそう。
彼らは珍しく、その日は神社に寄った。
うだるような昼間の暑さは沈む夕日と共に去っていく。蝉たちの歌声が聞こえるが、蛙たちの鳴き声も混じっている。目の前を飛んでいった蝉が夕陽の中に身を投じた。
その時の彼は緊張しており周囲の情景をとても印象的に覚えていた。浮足立ながらも平静を装い他愛もない話をしていた。
しかしその時はやってきた。彼女がひとしきり春と付き合い始めてからどれだけ楽しい日々を過ごしているか、どれだけ感謝をしているかを喜色を顔いっぱいに移し話した後、お返しのように彼は切実な思いを吐露した。自分はみんなが思っているほど強くはない、もっと自分の思いを知ってほしい。その姿は平常では見られない、見せてはならないような弱々しい姿であっただろう。しかし彼女は優しく応えた。普段の姿から拍子抜けしたのか吹き出してはいたが愛おしそうに耳を傾けた。彼はこの人に出会えて良かったと心の底から思った。
彼は彼女にとってさらに自慢できる彼氏になりたいと考え、勉強も部活もオシャレも頑張った。これ以上にできることがないくらい大切にした。まるで彼は彼女のために生まれてきたような、そんな使命感さえ芽生えた。
だがそんなある日、彼女から突然別れを切り出された。彼の頭は真っ白になった。現実感が薄れ、地上に立っている感覚がなくなり、内臓が全て泡になってしまった感覚に襲われたそうだ。そんな彼を見ながら彼女は気の毒そうな顔でこう言った。
「なんだか、もう彼氏として好きでいられない。人としては誰よりも好き。でも手繋ぐとか、キスするとかはできない。」
「キスとか手を繋ぐとかだけじゃないだろ。俺は、俺は世界で1番君のことが好きだ。これからだって一緒に楽しい時間を過ごそうよ。」
「なんだか、サメちゃったの。」
こちらを見つめる瞳は決してこちらに向けられてはないなかった。
かわいそうですね、高島春くん。自分の弱さを露呈させたのがいけなかったのか、はたまた女が性悪なのか分かりませんが、所謂蛙化現象というやつなんじゃないかと思います。
こんな体験をすれば女性不信になっても仕方ないと思います。この作品の作者は私ですが、心の底から同情しています。そんな彼の悲惨な思い出を聞いた東雲はどんな反応をするのか。対応次第では救いにも死体蹴りにもなりますね。ここまで読んでいただきありがとうございます。また次回でも会えることを楽しみにしています。それでは。