進捗
人物紹介
藤島啓太:この物語の主人公、高校生で勉強とゲーム一辺倒で世間一般が言うような青春をしているかどうか疑問符が打たれるような生活を送ってきた。
小林ななみ:藤島啓太の隣の席のクラスメート。
田中健介:藤島啓太の数少ない友達の1人。
吉川雅史:藤島啓太のクラスメート。
前田康二:藤島啓太のクラスメート。吉川雅史と仲が良い。
藤島菜々:藤島啓太の妹、中学生。
佐藤幸乃:藤島啓太のクラスメート、前田と吉川と江嶋でよくつるんでいる。
江嶋沙耶香:藤島啓太のクラスメート。
中島敦:数学教師、ガタイが良い。
小林さんはいつ僕の変化に気づくのだろう?
昨日はショッピングセンターでメガネを買い直した。
今までは四角いパッとしないメガネだったが思い切って丸くした。
髪の毛もある程度伸びて分けないと目元が隠れてしまう。木の葉は悉く枯れ落ち粉雪がチラつく季節になった。
コートが最近よく似合うと思う。おしゃれにハマる人がいる訳がなんとなくわかった気がした。
それでも彼女は僕に目を向けない。
ムカムカする。道端の石ころを電柱に向けて蹴ったが、その軌道は虚しくもそれてしまっていた。
今日は1人の帰り道。
楽でいいが、吹き付ける風がいつもより冷たい気がする。
側溝の水面に映る自分を見つめる。僕はそんなに空気な存在なのか?
「何してるの?」
鈴のような声が風と思考の海を割いてきた。
「あ、江嶋さん。」
「そういえば、話すの久しぶりだよね。同じクラスだけど席いつも離れてるし。」
「そうだね。」
「小林さんと仲良いよね。あの子があんなに楽しそうに話してるところ見たことないよ。」
「そうなんだ。」
「いつもなんの話してるの?」
「好きなアーティストさんとかアニメの話。」
「そうなんだ。趣味が合うっていいよね。」
「うん。」
あまり小林さんのように会話が続かない。
沈黙が続く。
「あ!」
彼女の方を振り向く。
「見て!あれすごい幸せな光景じゃない?」
指さす方を見ると親猫と数匹の子猫が空き地で戯れていた。
確かに可愛いが溢れている。
「私こういう可愛いの好きなんだ。啓太くんは?」
「僕は…いいと思う。」
「どんなとこがいいなって思うの?」
「まあ、可愛いからかな。普通に猫好きだし。」
「猫可愛いよね!いいよね〜!大人になったら猫飼いたいな〜!」
屈託のない笑みを浮かべる江嶋さん。推しや好きなアニメの話でもないのにこんなに笑顔になれる人がいるんだなあと思った。
「あ〜でも、犬も捨てがたいな〜!どっちもいいな〜!啓太くんは何飼いたいとかある?」
「インコがいいな。ほっぺが可愛いから。」
「あ!盲点だった!インコいいな〜」
しかし違和感がある。なぜここまで自分に注目を向けられているのだろうか?
何か知りたいことでもあるのだろうか?
「小林さんさ、どうしてこんなに僕のこと聞いてくるの?」
「え?楽しくなかった?それだったらごめん。」
「いや、楽しかった楽しかった。でも、こんな僕に何か知りたいことでもあるのかなって思って。」
豆鉄砲でも食らったかのようにキョトンとした目でこちらを見つめている。
「…私は、なんていうのかな、あんまりこれといった趣味とかはなくてさ。代わりに別の話題を出しているというかなんというか。でも、いろんな人の考えとかを聞くのが好きで、褒めるのも好きで、嬉しそうなところとか見るとこっちも嬉しくなるんだ。だから…。」
所々つっかえながら、照れくさそうに言葉を紡ぐ彼女は暖かな夕日を身に纏い美しく映えていた。
「…そうなんだ。なんだか、いいね。うまく言葉にできないけど。」
普段絶対に考えない領域。手に届かないと思って半ば諦めていた領域。この世で最も冷たくて暖かい領域。
目の前の彼女を見ていたらもうどうでもいい気がした。
しかし背後には夕陽を背負い、足元に青黒く寒い影を落とすこの姿は何か決定的なものを見落としている、欠けているのだと訴える風刺画のようにも思えた。
「菜々、人に興味を持つってどうすればいいの?」
「急にすごいこと聞くね。うちもできたら苦労しないよ。」
憎たらしい妹だ。兄としてのプライドをわざわざ捨て知恵を分けてもらおうと思ったというのに、片手にゲーム片手にポテチという姿で門前払いを食らった。
「まあでも、興味なんて出そうとして出せる代物でもないじゃん?とりあえず興味持った人に対して興味を持つだけでいいんじゃない?」
もうちょっと親身になってくれよ!
「てか何?もしかして気になる人でもできたの?もしかしてこの前パーカー着てた人に興味持って欲しいって感じ?いいねいいね。」
これだから妹は。
もうすぐ時計は12時を指す。
歯磨きを終わらせ布団を被った。だが思考が巡りに巡りすぐ寝付けるわけではなさそうだ。もちろん今日の下校中の出来事を考えている。
持論では江嶋さんのように人の考えや趣向を聞き出すことなんて、それ自体が好きでできるようなことではないと考えている。きっと人に対して興味があるのだ。
どういう類の興味かはわからないが、あるとは思う。
しかしこの世にはどうでもいい人という人がいるように、興味を乱反射することは少なくとも僕にはできないし、この世の大半の人ができるようなことでもないように思える。そもそもそんなことできるのだろうか?
窓から月がさす。藍の空は星雲に彩られている。僕よりも桁違いにこの世を見てきた星々は、暖かい目で僕を見ている気がした。
なかなか小林さんは藤島啓太の変化に気づかないというか、触れない状況。
そして江嶋さんの登場によって啓太の心情は揺れ動いてしまう。これから彼はどういうふうに行動するんでしょうか。見ものです。ここまで読んでくださりありがとうございます。次回も会えたら嬉しいです。