8.物理学者の絶望
こんな生活は1年近く続いた。幼い子供は俺らぐらいしかいないうえに、娯楽施設もないのだ。強いていうなら、自然にできた小さな広場があるぐらいだろう。
そんなある日のことだった。俺とメティがいつものように村長の家で過ごしているときだった。村の方から大きな音が聞こえてきたのだ。前世でも聞いたことがないような音に俺はびっくりし、読んでいた本のページも確認せずに外に出た。
「何が…」
外に出た俺の目に映ったものは黒く、大きく、禍々しいものだった。形自体は恐竜に羽の生えたもの…創作物などでなじみのあるドラゴンと言われるものだった。ただ、それはあまりにも生き物というには形容しがたい雰囲気を醸し出していた。
「ま…魔獣じゃ」
「魔獣?」
空気中の魔素が多くなったときに生まれるものを魔獣と呼ぶらしいが、人間程度の魔力が空気中に放出されようが魔獣は簡単には生まれないんじゃなかったのか?それもこんなに大きな魔獣が生まれるなんて…直感的に大量の魔力で生まれたんだとわかる…。
「ね、ねぇ…。あそこっていつもの広場じゃない?」
「ほんとだ…」
村の大人たちが集まり広場で魔獣と戦っている。ある人は魔法で、ある人は剣を持ち魔獣の目の前で…。そして前線に出ているのがメティの両親だった。魔獣の咆哮に耳をふさいでいる姿が見える。
「な…なんでパパとママが前にいるの!」
「ポインセチアの二人は優秀な剣士じゃった…。今はすでに歳で引退はしておるが、若いころは魔獣討伐でよい成績を残していたんじゃよ」
「で、でも勝てっこないじゃん!」
「無理じゃ…ほかの村民が前に出ても邪魔にしかならん、悔しいがこれが最善手なのじゃ…」
そういう村長は悲しい顔をしながら俺らを家の中に案内した。魔獣に気づかれにくいようにせめて隠れておこうとしたのだ。
「パパとママは…?」
「わからぬ…。ただ、村の皆が守ろうとしているのはひとえに自分の命だけではないのじゃ…。おぬしら、小さな子供のために今もああして戦っているのじゃ。わしにその気持ちを無碍にすることなどできぬ…今はただ祈って待つのみじゃ」
「わかった…。パパとママ強かったんだもんね…無事に帰ってきてくれるはずだよね…」
「あぁ…」
さっき外を見たとき俺の両親は魔獣と戦ってはいなかった。多分すでにいる負傷者の治療に当たっているのだろう。二人が村の唯一の医者だ。負傷者を治すすべをなくすわけにはいかないのだろう。
どれぐらい時間がたっただろうか。さっき見たときはまだ傾いていた太陽も今では真上にあり、木々に囲われているこの村長の家すらも明るく照らしている。そして、魔獣の咆哮とはまた違う、地面が揺れる程の音が聞こえてきた。家に隠れていなくてはいけないのはわかってはいるが、窓から顔を出し外を確認してしまうことだけは許してほしい。
「魔獣がいないよ!」
「おぉ…さすがあの二人じゃな」
魔獣の姿はすでになく、かなり疲弊しているように見えるメティの両親がそこにはいた。しかし…なぜかそこから動こうとしないのだ。疲れに身を任せ座るでもなく、魔獣がいなくなったことに喜びを感じるわけでもない…。いや、そもそもメティの両親は剣で戦っていたのだ。先ほどのような地響きはどうやっても出せるわけがない。
じゃあ…誰が?
「あれ~?この村にいるって言ってたじゃん!」
「…おかしいな」
「おかしいのはあなたの探知能力じゃなくて?もぉ本当に使いものにならないわね」
「すまない」
「私たちの姿見られたけどどうする?」
「女神の遣いもいないのだ、人質にする意味もないだろう」
「それすなわち、殺せってことね。らっくしょうよ、あんなちんけな魔獣一匹倒せないんだものね」
広場のほうを見ると黒いローブを着た二人組いた。声からして男女なのだろう。声が遠くまで聞こえるようにする魔法、拡声魔法を使って村中に聞こえるようにしていたため俺にも声が聞こえている。
「はぁ…どうやら本当に女神の遣いはいないようだな」
「あんたも歳?」
「俺はまだ若いぞ」
次の瞬間、メティの両親は黒ローブの二人組に殺された。正確に言えば上半身と下半身の真っ二つにされた。ただ、右腕で宙を切っただけだったのに…だ。
「はーい、私たちの素顔を見たのはこの二人だけだったしこれでいいよ。別に声覚えられても関係ないし~」
「では、ごきげんよう。ドールの加護があらんことを…」
それだけを残し、黒ローブたちは空を飛びどこかへ行ってしまった。
「悪魔どもが…」
そう呟く村長の顔は眉間にしわを寄せ、歯を食いしばっているように見えた。
「こんなはずじゃなかった…」
「え?」
「パパとママは生きるはずだった!なんで…何が起きたの!」
魔獣は倒せた。いや、さっきの地響きからしてメティの両親ではなく黒ローブたちが魔法で殺したのだろう。だからメティの両親は黒ローブに勝ち、生き残る可能性は低かっただろうな…。と、パニックになりすぎて逆に冷静になった俺は勝手に状況を分析してしまっているが、目の前で泣いているメティになんて声をかければいいのかわからない。
前世を含めて、親が目の前で死んでしまった少女を慰めたことなどない。これが物語なら俺がずっとそばにいるよとでもいえばいいのだろうが、あいにくこれは現実だ。魔法があったとしても、人をよみがえらせるような魔法などはない。魔法は夢が詰まっているだけの空虚な存在だ。結局できることしかできない。元いた日本で言うなんでもできる希望しかない魔法とは全くの別物なのだ…。
次が序章の終わりです。
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