5
両脇を覆う高く伸びた樹木は日差しを覆う。数メートル置きに建っている石塔。誰の歩幅にも合わないだろう石段がまっすぐに伸びている。蹴上は低く、踏面が長い。故に、一歩半から二歩半で一段を上らなければならなかった。石の形はばらばら。先は見えない。階段一つの高さが低いとはいえ、何百メートルと続く石段だ。頂上――行く先の到達地点は見えない。
青年は、また一歩、また一歩、と足を上げる。
青年はどこに向かっているのか。
青年自身にもわからない。
物事には理由があるらしいと昨晩思ったことを思い出す。人間が体温を維持できるのは、そうしないと生きられないから。太陽が熱を持っているのは、熱を失ったら太陽ではいられなくなるから。
この石段は? 人間が歩くことを考慮されていないような長さ。かと思えば、左右を見渡せば人工物だとわかる石塔。人が作った。人が上る以外の理屈で作った。階段に上ること以外の利用価値があるのか。それもまたこんなに長い階段だ。もし、この石段一つひとつを人間の手で作ったのだとしたら――船に重い石を一つひとつ乗せる。船が沈まない程度に。着岸した船から石を一つひとつ運ぶ。手前に敷き、その奥に敷き、またその奥に敷き……と繰り返す。船に乗る石が無くなれば、また船に石を乗せなければならない。乗せて戻ってきた船。また石を運ぶ。また石を、石を、この石を、この何百メートルと続く坂に一つひとつ、人の手で運ぶ。数段おきに石塔を建てる。石段にはそぐわなかった形の石を削り、石塔にする。
青年の横から聞こえる息遣い。青年の両脇を横切る残像。担ぎ、腰を折り、膝を曲げる。そしてまた横切ってゆく残像。
青年はまだ上っている。
彼らの運んだ石は、階段を模した。風に吹かれ、雨に打たれ、土砂に埋もれ、また風が吹く。いつしかそれは永い石段になっていた。
額から汗が流れる。
彼らが運んだ石の数々。何個運んだ? 何個運ぶ予定だった? 「行けるところまで行こう」残像にすら残れない、顔の分からない空想の誰かがそんなことを言った。
到達点が見えないのは、どこまで続いているのだろう、という不安を掻き立てる。横道に逸れることは許されない。勿論、道なき道を進む勇気があるのなら行けばいい。そういう意味では、この先には何かがあって、何かには確かにたどり着けるという点で、不安はない。どころか安堵さえ覚えられる。
青年はこの先にあるものを知っている。この島で生きていたのだから知っていてもおかしくない。だが、果たして初めてこの島に降り立ったときに不安を抱かなかったと言えるだろうか。石段があった。視界の下から上、端から端までを占める長さ。それどころか、視線を上に向けても終着点が見えない距離。
不安を抱いた。上った先が絶壁であったら。絶壁は達観的な感情と光景をくれるか。到達者自身を落石にしてくれるか。
期待よりは不安がちょうどいい。不安よりは思考停止がいい。期待は失望しか生まない。不安は落胆か希望。思考停止は叙事的溜息。
それが、彼らが与えたかったものではないだろうか。
青年は全身に汗をかいていた。
自分の頭ごときですべてのものを把握できる術はない。じゃあどうしてそう思わずにはいられないのか。残像に聞いてくれ。
お前が上れ。
全身の汗が冷えていく。木々の音は消え、木漏れ日は消え、彼らの最後の石も踏み切った。
そこは断崖ではない。視界を遮るもののない絶壁でもない。背の高い樹木は消えた。葉の生い茂る木に囲まれた、広い場所である。