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ラブレター  作者: 面映唯
stand by me
27/28

 あなたはきっと〝手紙〟を読んだことがないだろう。でも、手紙がどういうものかは知っている。

 と言いつつ、正確にはこれは手紙ではないのかもしれない。本当は紙と筆を使って綴りたかったのだが、いかんせん、木は腐るし、インクは褪せる。見られるかもわからない手紙を何十枚、何百枚と書いて、数日おきにその部屋を含む、すべての家屋に張り付けに行くほど手間はかけられない。


 島で生活し始めてから五年。それがあなたの猶予だ。五年経ったその日のその時間に、あなたはフェンスを越えて、地下に入る。そして真っ暗な空間で深い眠りにつく。死を前にして暴れることはないだろう。それはあなたの脳に、鎮静作用をもたらす成分があるからだ。


 本島での記憶がないのもこの鎮静作用の効果だ。あなたは一般的な人よりも常に冷静でいられるようになった。冷静にいられると、昂奮(こうふん)、怒り、苦しみ、悲しみ、といった感情を発揮しづらくなる。喜怒哀楽の感情があなたの中から消えてしまったわけではない。外に出すのではなく、自己の中で完結するようになる。ほとんど見られないが、仮に、誰かを殺してしまいたい程の不快を抱いても、あなたは決してその感情を外に排出しない。今のあなたなら、すでに心当たりがあるかもしれない。簡単に言えば、わからないものやどうしようもないものと直面したときに、こうだからだ、そういうものだからだ、と、どんなものでも結論付けられる。普通の人が感情移入しすぎて行動に移してしまう場面で、理性が利きやすくなったとでも思ってくれればいい。だがこれは極論だ。あの島で過ごしていればまずない。名前を呼ばず、他人と必要以上に会話しないというのは、冷静でいられるあなたが冷静でいるために自然と選んだことであり、この島の風習に(なら)って過ごしたからでもある。


 あなたのことを手短かに書いたが、本来、手紙に書くにはふさわしくない内容だ。近年の人間の悪い癖は、真実か虚実か見抜こうとすることだ。ネット社会になって、悪意ある嘘の情報に踊らされないというリテラシーの面では非常に大切なことだ。一世代前なら、テレビで流れていることがすべて真実だと疑うことはなかっただろうから、時代にふさわしい成長だ。だけど、嫌いなんだ。そういうのが。宗教なんて昔からあるんだから、信じたければ信じればいいし、信じたくない奴は信じなきゃいい。態々、あなた嘘つかれてますよ、なんて誰かに教えられたくなんかない。嘘つかれたくなかったら自分で疑う。疑わないのは信じてるからだ。そいつが信じたいものを選んだ結果だ。外野にとやかく、そういう関係性を崩されたくない。何が言いたいかって、そんなものはどっちでもいいということだ。僕にはそんなこと関係ないし、私には他人に干渉するほど真偽に躍起になる問題じゃない、と突っぱねることだ。複雑で、いろんな生き方ができて、いろんな逃げ道がある。あなたは今日、その部屋に辿り着いた。真っ暗闇の中で背を向けて寝ていれば、そのうちあなたの時が止まる。あなたは今、何を感じているだろう。手紙を読んで、なんで文字が読めるんだろう? どうしてだろう。知りたい。と思ったならそこで寝ていることを勧める。でももし、もしも自分に名前があったら、と思い描いたら。自分の名前を想像したら。懐中電灯の下の突起を引くといい。


 俺はまだ名前を呼んでいない。


 この手紙を見つけたってことはきっと少なからず生きる意志があるはずだ。


 そんな奴がいると知ったら、俺はまた明日も生きられる。あなたが死ぬまで生きられる。あなたが死んだことも知らないまま最後まで生き抜いて見せる。あなたが俺の生き様を見ることはなくても。そんな俺を見て生きようと思うかもしれない誰かのことなんて、あなたには関係ない。ただ、そうやってみんな知らず知らず感化し合い、され合い、渦の中を、輪廻の中を、生きているんじゃないかと想像したいんだ。


 そうじゃなきゃ、恨んでしまう。人に死を与え、死に悲嘆を与えた神様を。罪を犯したあなたたちを。恵まれたに過ぎない俺たちを、嘲笑う彼らを、雨曝しの傘を、嫌いになってしまう。


 感情が抑えられない自分のことを想像したことがあるか?


 何も知らない無邪気なあの頃のまま、すきと言わせてくれ。


 あなたの名前が呼びたい。



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