小笠原 3
「犯罪者の島って根付いちまったお前たちにはわからないかもしれないが、あそこはさ、いわば天国なんだよ。理想郷。ユートピア」
会社の喫煙室で小笠原は口をあんぐりと開け、ゆっくりと煙を吐き出した。
「それはよくわかるんですけど……ずっと一緒に居させてもらっている僕からしますと、完全に小笠原さんの嗜好が反映されてやしませんかね」
「馬鹿言え、柏木。俺は仕事に私情なんか挟まねーよ。もし仮にそうだったとしても、俺の意図したことじゃない。なるべくしてなったんだ。俺は上の指示に従って、その上であの島を作ったんだ。偉い人たちもそれで納得したから、俺はまだこの会社にいて、同じ身分だったはずの君の上司になったという訳だ。違うかい?」
まあそうなんですけどー、と柏木は納得がいかないと言った風に不満げに首を傾げた。缶コーヒーのプルタブを引き、口にする。
「わかってるよ。お前が言いたいのは、どうして裸なんだってところだろう? お前もあの島に行くとき裸にならなきゃいけない訳だからな。女の裸も見られるんだからウィンウィンだろ。お前の前の彼女、垂れてなかったか? ちょうどいいだろ」
「いやいや、垂れてないですし、まだ別れてもいませんよ」
「あ、そうかわかった。柏木君は誠実だから、別の女の裸でそこら辺のビルみたいにすん、と建っちゃうのに罪悪感があるんだな。心配するな。男はそういう生きもんだ」
「違いますよー。小笠原さんはあの島に行く回数が少ないからそうやって言えるんですよ」
「まあ、給食のおばちゃんのお前と違って、俺は死んだ奴確認しに行くだけだからな。戸籍とかいう面倒な仕組みがあるせいで」
「それだけじゃないです。僕はただ、裸にする必要があったのかってところが訊きたいんです。どう考えても小笠原さんの趣味嗜好じゃないですか」
「失敬な。俺は女の身体に興味はねえよ」
「え?」
小笠原と柏木の目が合う。
「あ、すみません、まさか小笠原さんにそっちの趣味があったなんて……」柏木は半歩後ろに下がった。
「引くな引くな。心配すんな、男の趣味もねーよ」小笠原は口に含んだ煙を柏木の顔に向けて噴き出した。柏木はうわ、と嘆き、顔前の煙を手で払っている。
「ヌーディズムってのはな、エロの意味が入った瞬間に穢くなんだよ。裸をちらっと見るためにヌーディストビーチに行くなら許されるが、じろじろ見たらもうそれは視姦なんだよ。服を着ないのは、服よりも裸が快適だからだ。裸より快適な服が存在したり、服に魅力を感じるようになったら、そいつの中からヌーディズムは消える。よく考えてみろ。別にヌードに限った話じゃないだろ? 人が何を好きになったって何を信仰していたって、それを突然やめて別のものを好きになったって犯罪じゃなきゃ別にいいだろ。言われてもミーハーだとか三日坊主ってくらいだ。日本にだって家に帰ったら裸で暮らしてる奴とか絶対いるぞ。好意を寄せる美人な同僚が家では裸だったとしても、それを知らなきゃまだ好きだろ? それを知ったら嫌いになったり、好きでい続けようと頑張るのも人の自由だ。別にケツを触られた訳じゃないのに、煙草を吹きかけられたのがいやらしい、だから痴漢と感じるのも自由だ。そうやって自由自由を増やしていった結果が今の時代。個々人が情報を簡単に入手できるようになったせいか、世論を操作しづらいんだ。ある程度統制しながらも、逆に自由に縛られている節がある。
自由ってさ、そんなに大事か? 柏木が今飲んでるコーヒーを選んだのは自由だからか? これしかコーヒーはありません、ってラーメン屋で言われたらそのコーヒー飲むだろ。コーヒーに偉くこだわりを持っている奴は別だが、そいつだってコーヒーが一種類しかなかったら別のコーヒーに手を伸ばすこともなかっただろ?
別に悪いって言ってるわけじゃないんだよ。どの時代にも、どの仕組みにも、ユートピアのような完全無欠は存在しない。限りなく良に近づけたとしても、必ず悪は存在してしまう。寧ろ悪がないと成立しないという考え方だってあるくらいだ。確かに、悪がいないとそいつらは良とみなされないしな。
だから俺は、上の指示を反映させつつ、限りなく良に近づけた結果、あの島ができた。ヌーディズムを反映させながら、国民の皆さま! 罪人は手ぶらです! ってアピールにもなるわけだ。
殺人、傷害、強盗、強姦、放火、数えきれない犯罪者があの島にいる。同時に、政府の都合で被害者や被害者遺族、二次被害に遭った人たちまで、適当に見繕った犯罪のレッテルを背負ってあの島に流された。彼らはそれを知らない。自分が被疑者であるということも、被害者であるということも。知らないならさ、残りの時間を幸せに暮らして欲しいじゃん。頭の成分のおかげとはいえ、この人はあの人が犯罪者だって顔に書いてなきゃ仲良くできるだろ。知る前に彼らは死ぬんだ。成分のおかげで反社会的行動にも出ないし、しつこく訴えたりしないし、誰かに固執して嫉妬に狂うこともない。関係性が隔たれた文化だからできることなんだ。セックスがもっと挨拶のような、そういう風習の村に柏木が生まれたら、きっとレイプとか、ヤリマンヤリチンって意味合いの言葉を知った瞬間に心底、落胆するんだろうな。で、これは政府の人にも言っていないことなんだが……」
「……なんですか?」柏木は、話の温度差に俯いていた顔を上げる。
「バックドアを仕掛けた。島の家の地下室にな」
「バックドアとは? あのプログラムに作るような?」
「そのまんまだよ。裏口があるんだよ。実家のお勝手に出入り口があっただろう。ついでに俺のお悔やみの手紙と一緒にな。身なりも、地位も、身分も、肩書も、すべてを捨ててでもお前は生きたいと思えるか? って脅迫文だ。なかなかに渋いだろ。いや、パンクだな、パンクだろ」
「パンクはもっと直接的に訴えますよ」
「例えば?」
「……」
「ゴイステだな」
「銀杏でしょう」
「同じだボケ」
違いますよー、と柏木はつらつら話し出した。
小笠原は、柏木に否定されるたびに、煙草の煙を吹きかける。




