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ラブレター  作者: 面映唯
dear arisa
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 望みを失った人間が何も得られるはずがなかった。気づけば、俺は地面から背を起こしていた。背はまだ地面の冷たさを持っていたが、身体の内部が温かみを持っている。真っ暗だ。明かりがない。でも温かい。膝立ちで床に触れた。冷たい。誰かもこの部屋で死んだのか、とふと思う。手探りに俺は探した。誰かが生きた証。誰かの痕跡。匂い。感触。俺は這いずり回った。這いずり回ったのに何もなかった。まるで誰かが意図的に奪ってしまったかのように。私の縋りたい思いを見越して事前に奪っていたかのように。だから今度は壁を伝った。階段の横から一周して、どうやら楕円を描いたような部屋の側面だとわかった。気づかなかったが、天井は思ったよりも低く、俺の頭から三十センチもない。どういうことだ? 洞穴か? と俺は思った。確かに床下の扉を開け、階段を下った。床下が地下室の天井であると思っていたが、どうやら違う。地下室の天井とこの家の床の間に空間がある。俺はすぐに階段の方へ、天井に手を触れながら向かった。階段を這うように何度も上り下りし、空間を把握する。天井が階段に触れてなくなる場所。そこから床下の扉まで二段。一段三十センチくらいだろうか。段数から考えるに、ちょうど俺が今、這うようにしているこの態勢で通れるくらいの……。


 そこに空間があるなんて誰が言っただろうか。誰も言っちゃいない。でも初め、俺は確かに空間があると思った。洞穴のようになっていて、天井と床下の隙間はただの土でしかない可能性だってあった。でもちゃんと理由があった。地面の土と、天井の土で、感触が違ったのだ。感触が違うのは当然だ。天と地、どちらも別物であろう。


 どっちでもよかった。そんなところに意味はない。俺がこのときじわじわと意味を持たせ始めていたのは、誰が何のためにこんなルールを作ったかということだった。狼はこの島の風習とも呼ぶべき、服を着ない、名前を呼ばない、五年で地下室に入り死ぬ、といったことについては詳しく話さなかった。もしかしたら狼も知らなかったのかもしれない。知っていた上で、話さなかったのかもしれない。知っていた上で話さなかったのだとしたら? 


 誰かの望みを(すく)ったのではないか。誰かの望みを、意味を、見て、感じて、狼自身も身に着けてしまったのではないか。真偽はどうあれ、そう意味付けてみる。


 そのときふいに、いつかこの島で見かけたはずの男と狼の姿が脳裏を過ったのは天啓か。天啓? 神は本当にいるのか。ああ、人が死ななかったら神様が嘘だってことになるのに。神様はどうして死んだの? 神様なら生きて、目と鼻の先で俺に何か与えてよ。


 俺が望んだから。


 多分、そこに空間ができたのかもしれない。


 楕円で言う長軸の左端、右手をそっと日中の浜辺で、眩しい太陽を覆うみたいに伸ばした。土の触りしかないはずの天井にその突起はあった。



『あなたはきっと〝手紙〟を読んだことがないだろう。でも、手紙がどういうものかは知っている。』



 ライトのスイッチを入れた瞬間の目の眩み。暖色の小さなライトではあったが、焚火の眩しさとも太陽の眩しさとも取れない色に酔いしれる。


 この島で、電気、という類のものには触れてこなかった。電気というものの存在を俺が覚えていたのは以前に本島にいたという証だろう。勿論、今の今までこの暖色を目にするまでは覚えていなかったわけだが。狼の言葉が一つ事実に近づく。


 この島に電気など通っているのだろうか、発電機でもあるのか、そんな懸念はすぐに消えた。俺が押したスイッチは、懐中電灯のスイッチだった。釘と木の板で上手く天井に張り付けられている。電池は何年も長持ちするものなのだろうか。それは後でいい。懐中電灯の映し出す壁、上部。そこだけに、コンクリートのような平らな石板のようなものが打ち込まれている。



『と言いつつ、正確にはこれは手紙ではないのかもしれない。本当は紙と筆を使って綴りたかったのだが、いかんせん、木は腐るし、インクは褪せる。見られるかもわからない手紙を何十枚、何百枚と書いて、数日おきにその部屋を含む、すべての家屋に張り付けに行くほど手間はかけられない。』



 石板の上には文字が刻まれていた。いつ刻まれたものかわからないが、俺の目には刻んでから幾分か経った程度のように見えた。何年も経過しているとはとても思えなかった。手で触れてみるとつるつるとしている。何か加工が施されているのかもしれない。



『島で生活し始めてから五年。それがあなたの猶予だ。五年経ったその日のその時間に、あなたはフェンスを越えて、地下に入る。そして真っ暗な空間で深い眠りにつく。死を前にして暴れることはないだろう。それはあなたの脳に、鎮静作用をもたらす成分があるからだ。』



 狼が、お前たちの頭にはある成分が入っている、と言っていたのを思い出す。



『本島での記憶がないのもこの鎮静作用の効果だ。あなたは一般的な人よりも常に冷静でいられるようになった。冷静にいられると、昂奮(こうふん)、怒り、苦しみ、悲しみ、といった感情を発揮しづらくなる。喜怒哀楽の感情があなたの中から消えてしまったわけではない。外に出すのではなく、自己の中で完結するようになる。』



 理屈はなんとなく理解できた。この手紙を前にしても、俺の脳は驚きはしなかった。だが、頭の片側では冷静である一方で、もう片方では何かを急かされているような感覚を持つが……。



『あなたのことを手短かに書いたが、本来、手紙に書くにはふさわしくない内容だ――複雑で、いろんな生き方ができて、いろんな逃げ道がある。あなたは今日、その部屋に辿り着いた。真っ暗闇の中で背を向けて寝ていれば、そのうちあなたの時が止まる。あなたは今、何を感じているだろう。手紙を読んで、なんで文字が読めるんだろう? どうしてだろう。知りたい。と思ったならそこで寝ていることを勧める。でももし、』



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