9,鬼畜ノ。
「ちょっと、あなた。どこへ行こうとしているの?!」
と、桜島二奈が鋭い口調で呼び止めてくる。
「どこへって……この先に」
百眼鬼の旦那ならば、きっと素材を残して死んでくれるに違いないので。
「あなた、あたしの話を聞いていたの? この先には百眼鬼がいるのよ。あなたなんか、秒殺されるわよ。だから帰るのよ。急いで」
わたしの右腕をつかんで引っ張っていく二奈。
「いやでも、その、一目見てみたいというか」
「一目見た瞬間に死ぬから。あたしは、ダンジョン攻略者の先輩として、そんな無責任なことはできないわ」
「えー」
結局、二奈を説得する方法も見つからず、五藤さんたちパーティとも一緒になって、地上に戻った。
日が暮れようとしている。
いまのところ、わたしの日当はゼロ円だよ。
いやまて。ここまでくるのに交通費かかっているから、マイナスじゃないか。
おい、このままじゃパパ活するハメになるぞ。
つんつんと指でつつかれる。
振り向くと、二奈がもじもじしながら聞いてきた。
「ねぇ、斗亜くん。よかったら、連絡先交換してもいいわよ。ほら、あなたはまだレベル5の初心者。あたしが上級者として、手取り足取り、教えてあげないこともないのよ」
「………」
そういえば、まだ『男子』設定続けていたんだっけ。
なにをモジモジしているのかな、このケチ二奈は。
「断る」
断られるとは思っていなかったのかショックを受けすぎて白目むきそうな二奈に別れを告げて、わたしはそそくさとバス停のほうに歩いていった。
そして二奈の視線から外れたところで、茂みに隠れる。
そのまま「斗亜くーん、まってー!」と追いかけていった二奈が通り過ぎるのを見届ける。
しばらく待機のとき。
二奈たちが立ち去るのを確実に待ってから、行動を再開するつもり。
そして──夜も更けた。
わたしは単身、芦ノ湖ダンジョンの入口に戻る。
目指すは、ダンジョンボスの大御所、百眼鬼さん。
戦闘推奨レベル302がだてではないことを見せてくれるはず。
なんたって、わたしに、『一生遊んで暮らせる大金を稼がせる』ために生まれてきたに違いないダンジョンボス。
わたしが、生まれてきた理由を満たしてあげないと。
「さぁ、行くぞ」
しばらく進むとガーゴイルの群れが、ひれ伏すようにして待っていた。
そのなか、長老風のガーゴイルが、かたことの日本語で言う。
「キ、鬼畜ノダンジョン冒険者ヨ。ワ、ワレワレハ、降参スル。タ、戦ウツモリハ、ナイ」
誰が鬼畜だ。
「じゃ、自分たちで体内の魔石を取り出してみて?」