8,ダンジョンボス。
∞速度で空間を移動すると、通常ならば全身がもたないと思う。
肉体爆砕していてもおかしくないが、そこはダンジョン・ルール。
スキル発動による神速移動では、わが身は無傷。
弓オーガを〈竜殺しのドリル・ドライバー〉で消滅させる。
驚くことではないけど跡形も残らない。
てくてくと戻ると、オーガの死体から素材を採取していた二奈が不可解そうに言う。
「あなた、どこに行っていたの?」
「……」
二奈には、この〈竜殺しのドリドラ〉のことは隠しておこう。
なんとなく、この装備武器のチートさは、広めないほうがよさそう。
何よりも、わたしはこのまま、『レベルの低い男子』として、二奈にはとくに印象も残らず──地味に印象に残られている気もするけど──去るのだ。家賃代だけつつがなく稼いで。
素材というのは、モンスターのパーツではなく、体内にある石ころのことだった。
魔石というそうだ。
四体の死体分、四個の魔石。
「これで、いくらになるの?」
「10万円かしらね」
「じゅ、じゅ、じゅ、じゅ、じゅぅぅまん?」
「そう。十万円」
ダンジョン攻略者の時給の良さに衝撃を受ける。
すると二奈が、自分のアイテム用の巾着にしまいだした。
「今日はこれくらいで良さそうね。第3層のオーガを四体撃破。戦績としてはまずまず。経験値も稼げたし、お小遣いも稼げたし」
「…………」
あれ。この人、山分けにしない気だよ。
山分けにしない気だよ奥さん。
この桜島二奈、わたしに分け前を寄越さない気だよ。
「あら、斗亜くん。どうして、ドリルドライバーとあたしの額を交互に見ているの?」
「……くっ。倫理観が勝ちやがった」
「なぜ悔しそうなのよ? あっ」
『あっ』とは何事だ?
振り返ると、ダンジョンの先から五人の男女がやってくる。
こちらは全員大人で、見るからに百戦錬磨という感じ。しかし、みな少なからず傷を負い、その中の二人は自分では歩けず、即席担架で運ばれている。
「大変。あれは五藤さんたちのパーティよ。パーティの平均レベルが60なのに、一体何事かしら?」
山分けしないケチな二奈が駆けつける。
仕方ないので、わたしも追いかけた。
「五藤さん! 一体、何事なの?」
大剣を背負った30代の男が、二奈に気付いて。
「ああ君は桜島くんか。いますぐ引き返すんだ」
「ええ、帰るところだったけど」
「それが賢明だ。まさか、こんな上層階に、あいつが現れるなんて」
「あいつ? まさか」
「そうだ。百眼鬼だ」
二奈が顔を青くしているので、わたしはあくびを噛み殺して、義務感から尋ねた。
「どうしたのー?」
「百眼鬼よ」
「へぇ」
なんだそれ。
「なんだそれ」
わたしの無知さに驚いた様子で、二奈が説明する。
「百眼鬼。芦ノ湖ダンジョンのダンジョンボスよ。普段は最下層にいるのに、時おり上層部に『遊びにくる』。はた迷惑なダンジョンボスなのよ。
その戦闘推奨レベルは302。いまのあたしじゃ、とてもじゃないけど太刀打ちできない超強敵よ。というより国内の攻略者では、太刀打ちできるレベルなんて、三人しかいないわね。Sランクの3人しか」
「ふーーーーーーーーん」
レベル302???
それって、すっっっごく高レベルじゃない。
そんなに強いんなら、さすがに跡形くらい残るよね?
レベル302のダンジョンボスの素材は、一体、いくらで買い取ってもらえるのかな?
うわぁ。わたし、家賃を稼ぎにきて──
一生遊んで暮らせる大金持ちになれるぅぅぅぅう。