22,《正者殲滅》の領域。
──最下層、赤鬼たちの視点──
〈鬼畜ローリング小娘〉が最下層に到達するのも、いよいよ時間の問題となった。
赤鬼が絶望していると、同じく死んだような顔をしていた青鬼が、ハッとする。
「そういえば──赤鬼どの。たしかあなたは、桜島二奈なる娘に『説得』を頼んでいたはずだが?」
桜島二奈というのは、レベル38のパラディンであり、普段ならば問題にならない低レベルの攻略者だ。
しかし今回は、重要な役割となる、はずだった。
というのも、監視システムの記録映像によると、〈鬼畜ローリング小娘〉こと志廼沙良は、この桜島二奈とともに行動していた時間がある。
どうやら二人は友人関係にあるようだ。
ならば、〈鬼畜ローリング小娘〉に撤退するよう説得させることもできるやもしれぬ──という赤鬼の判断だった、が。
当の桜島二奈は、部屋の片隅で死んだような顔をして座り込んでいた。
「………女の子だったなんて。斗亜くん…………付いてないなんて……」
などとぶつぶつ言いながら。
「志廼沙良のことを説明してから、あの調子だ。人間のメンタルというものは、まるで豆腐のごときものだな。そして我々には理解できんものだ。とにかく、奴は使いものにならん」
そこで赤鬼は思いつく。
「いっそのこと、桜島二奈を人質にするのはどうだろうな?」
しかし青鬼は乗り気ではない。
「はぁ。もちろん試みる価値はあるかもしれません。ですが──あの鬼畜の生命体が、はたして人質などに動じるでしょうか? 私は、人質ごとローリング消滅させたあげく、『何かぶつかった? まぁいいか?』などとほざくところが目に浮かぶようです」
「確かに」
重苦しい沈黙が流れた。
そのときだ。
「何をどんよりしていやがる? 一体なにごとだ? おい赤鬼、説明しやがれ」
という、荒っぽい声がした。
ハッとして赤鬼たちが視線を転ずると、そこには神々しい一体の鬼が立っていた。
余計な装飾的角を排し、無駄のない人型形態を持つ。
百眼鬼。
虚無属性のダンジョンボス。
そのレベルは302と、ダンジョンボスたちの中では低いが、唯一無二の奥義戦技を持つ。あまたの鬼たちを束ねる、鬼の王。
「百眼鬼さま! よくぞお目覚めに!」
百眼鬼は一度睡眠状態に入ると、長らく覚醒しない。
そのため赤鬼たちは、百眼鬼の目覚めを諦めていたのだ。
しかしこうして目覚めてくれるとは──芦ノ湖ダンジョンを救うため、百眼鬼さまの直感が目覚めを呼び起こしたに違いない。
赤鬼たちはさっそく、〈鬼畜ローリング小娘〉について説明した。
さらにモンスターたちが逃げ出したことも。
「なんだとぉ!!」
とたん百眼鬼の怒声が轟く。
それは音の震動だけで、レベル38の桜島二奈の肉体を損壊し、瀕死状態にしてしまうほど。
赤鬼と青鬼さえも、一歩後退を余儀なくされる。
百眼鬼はスキルを使ったわけではなく、ただ怒声を発しただけだというのに。
格が違うのだ。
「無残に消滅させられるならまだしも、情けなく逃げ出しやがるとは。その人間の小娘を殺したら、逃げ出した間抜けどももタダじゃおかねぇ」
「百眼鬼さま。まずは〈鬼畜ローリング小娘〉こと志廼沙良の始末を」
百眼鬼は酒樽をあおぎ、満足の溜息をついた。
「ああ、そうだったなぁ。久しぶりに骨のある攻略者がやってくるんだ。こっちも、はじめから全力でいかせてもらおうじゃねぇか。てめぇら気をつけろ。ボス部屋に《生者殲滅》領域を展開するぞ」
「おおなんと……」
青鬼はなんのことか分からず、赤鬼に小声で尋ねる。
「《生者殲滅》領域とは、なんのことです?」
「うむ。百眼鬼さまの奥義戦技だ──」
「奥義戦技──ダンジョンボスのみが使うことを許された禁忌スキルのことですな」
「《生者殲滅》の領域に生きている者が入れば、即死する。まさしく即死スキル。どれほどのレベルだろうと、どれほどの防御スキルやバフをかけていようと、百眼鬼さまの領域の中では、無力なのだ」
「おお。では、その《生者殲滅》領域内に、あの小娘がローリングして入ってきたとたん──奴は、死ぬのですな」
赤鬼は感動のあまりうるんだ目で、
「青鬼よ。その目に焼き付けよ。ダンジョンボスが、なぜ攻略者たちにとって難攻不落と言われるかを。そして──ついに、〈鬼畜ローリング小娘〉の最期を」




