19,「なんか可哀そう」。
──桜島二奈の視点──
現在位置、芦ノ湖ダンジョン第50階層。
こんな深い階層まで進むことができたのは、二奈も初めてのことだ。
それも当然。ここまで、まったくといっていいほど、モンスターの姿がない。
まるで集団でよそに引っ越しでもしたように。
本当に、そうなのかもしれない。
仮に誰かが撃破していたとしても、死体の残骸などは残るはず。それさえもないのだから。
確かにダンジョンの裏ルールで、モンスターの死骸は腐る前に片付けられる、とは聞いたことがある。
死体を処理するための専用のモンスターがいるのだとか。だとしても、ここまで死体が残っていないというのは、考えられない。
跡形も残らず消滅させているのなら別だが。
そんな超高レベルの攻撃、仮に発動できたとしても、連発できるものでもないし。
二奈は油断しきって歩いていた。
そのため死角で動く巨影に気付くのが遅れた。
ここにモンスターが残っていたのだ。
それも全身を鎧装着した、強敵のトロール。そのレベルは62。
二奈が太刀打ちできる相手ではない。
「しまった──!」
反射的に《意志の盾》のエネルギー盾を張るも、これにどこまで効果があるかは疑わしい。
相手はレベル62で、こちらはレベル38。
攻略者の約束ごととして、レベルが10以上上のモンスターと、単独で戦うな、とされている。勝てないから。
しかし不意打ちに成功したはずの敵から、いっこうに攻撃が起こらない。
怪訝に思って見やると、トロールが頭をかかえるようにしてうずくまり、全身をガタガタと震えさせている。
「ああああ……兄が、父が、弟が、三人の息子が……一瞬で……………消滅させられ………あああああ」
よく分からないが、凄く悲惨なことが、このトロールに起きたらしい。
「…………なんか可哀そう」
放っておこう。
悲嘆にくれるトロールを迂回して進もうとする──
瞬間。
前方にゲートが出現した。
「転移ゲート!?」
二奈は剣を構え、敵襲に備える。
ダンジョン内の階層を自由に移動するための転移ゲート。
各ダンジョンの最深部で、そこのラスボス(芦ノ湖ダンジョンの場合は百眼鬼)を撃破すると、人間も使えると聞くが。
「何が、来るの??」
ゲートから出てきたのは、赤い鬼だった。
視界内に表示された赤鬼のレベル表示を見て、二奈は全身の血の気が引くのを感じた。
レベル256。
最下層付近の幹部ボスの位階に違いない。
二奈など、秒殺してしまえる桁違いのモンスターが、まさか転移ゲートで現れるとは。
(一体どうして? だけど、たとえ殺されるとしても、果敢に戦って死ぬわ!)
と、二奈は決意を固めたが、一方の赤鬼は──
なぜか土下座しだした。
「は?」
何かの罠だろうか。いやレベル256の幹部ボスが、二奈相手に小細工を弄するはずがない。
とすると、この土下座は……。
「あの?」
赤鬼が土下座したままま、もごもごと言う。
「ごめんなさい。よく聞こえなかったわ」
すると顔を上げた赤鬼が、なぜか半泣きの顔で叫ぶようにして言ってきた。
「お願いいたします!! あの化け物を、どうか、どうか止めてくださいぃぃぃぃ! どうかぁぁなにとぞぉぉぉぉ!! 芦ノ湖ダンジョンが滅びる前にぃぃぃ!!!」
「…………は?」
とりあえずの感想。
なんか可哀そう。