16,理解できないものは怖い。
──側近たち──
百眼鬼の側近の三体は、どれもが鬼の種である。
リーダー格は側近1の赤鬼ではあるが、すっかり浮足だっている。
「こ、このままでは芦ノ湖ダンジョンが崩壊してしまう。あぁ、百眼鬼様に目覚めていただくしかない。百眼鬼さまならば、このような人間、敵でもない」
側近2であり、最も沈着冷静な青鬼が言った。
「お待ちを。我々は、この人間の『憤怒』の原因を分析する必要があるのではないでしょうか。なぜ、この人間はこれほどの憎悪にかられているのか? 何が、この人間を動かしているのかを」
側近2の黄鬼が賛成する。
「ええ、まさしく。この人間は、何か憤怒にかられている模様です。そこを逆手にとり、罠にはめるこことができるかもしれません」
「だが、どうやるのだ?」と赤鬼。
「芦ノ湖ダンジョンの監視システムには、ダンジョン内の全映像が記録されています。24時間で上書きされるので、急いでこの人間の正体を探りましょう」
やがて三体の鬼たちは、人間の正体が、はじめてダンジョンに入ったばかりの志廼沙良というレベル5の小娘であると知る。
しかしこの謎解きは、新たな出口のない謎へと、三体の鬼たちを叩き落すことになった。
「レベル5だと? ……おそらく現在は、レベル100を超えているだろうが。しかしそもそもレベル5の者が、なぜ短期間で、これほどの無双をできるというのだ?」
「私には、この小娘が得たジョブが気になります。〈穴をあける者〉? そんなジョブを、私ははじめて耳にしました。誰かこんなジョブをご存じで?」
「いいや。そんなことより、ステータスによると、開始時、この小娘のATK は3でしかない。だというのに、なぜガーゴイルたちを『消滅』できている?」
青鬼は『隠しステータス』の存在に気付いた。
おそらく、監視システムでは読み取れない『隠しステータス』が、この小娘には付与されている。
もしや、あの装備武器か? 見たことのない形状だが?
その後、いったん地上に引き返した小娘は、再度、一人で戻ってきた。
そして、恐怖のローリングを開始する。
このローリングには『攻撃力∞』の効力でも付与されているのか、モンスターは接触するだけで、片っ端から消滅してしまっている。
だが。
このときには、まだ小娘には、理性が感じられる。
いまの、芦ノ湖ダンジョンのモンスターを殲滅させようという、謎の憤怒は感じられない。
青鬼は焦った。
「何かないのか? 一体、何が起きたというのだ?」と呟く。
ふいに監視映像の中で、何かが起きる。
小娘は、第40階層の幹部ボス〈蛇男爵〉と対峙していた。
〈蛇男爵〉のボス部屋は毒の沼。
さすがの小娘も、ローリングを解除して挑む。
そのとき。
赤鬼が怪訝そうに指摘する。
「まて、なんだ? この小娘は開脚して、〈蛇男爵〉の《地獄貫き》を回避したのち、凍り付いたぞ? 蛇男爵には、凍結デバフを付与する能力でもあったのか?」
「いえ、そんなはずは──」
監視システムの記録映像を凝視する。
すると小娘が、何かを言い出した。
「なんだ? なんと言った?」
早戻しして、もう一度、小娘の声を拾った。
──「よくも、わたしの処女膜を! そっちが鋭い攻撃してくるから、とっさに開脚回避したせいで、破けたじゃないか! どうしてくれる! やい、どうしてくれる!」
そして、毒沼を吹き飛ばす、猛烈なローリングが発生する。
〈蛇男爵〉は叫ぶ間もなく消滅させられた。
だが小娘の怒りはおさまらぬ様子で、凄まじいローリング状態のまま突き進みだす。
こののち、早期警戒システムが発令し、現在に至る。
側近の鬼たちの間に、重苦しい沈黙が落ちた。
赤鬼が毒づく。
「………な、なんだ、この小娘は、なにに怒っているのだ? 『処女膜』とはなんだ?! 一体、これをどう分析しろというのだ?!」
青鬼は頭を抱えた。
「ひとつ確かなのは、この小娘を止める方法が、われわれにはないということです」