勇者を轢いたトラック運転手は私です。
あの日は、午後から夕方の配達が続いていました。
なんなんでしょうね。続く日は続くんですよね。
時間指定しているのにいなかったり、そういうお宅に限って置き配許してくれないとか。
それで、本当に疲れていたんです。
ああ、うちの会社は規定はちゃんと守ってます。
そこは厳しいところでしたから。
他の同僚に迷惑かけて申し訳ないです。
それで……学校が……いや、違う。学校じゃなくって……そう、住宅街に入る道を探していた時でした。
幼稚園が近くて、昼間なら絶対に注意して走る道です。
もうお迎えの時間も過ぎて、周囲に車もなくて、安心して運転をしていました。
そこに……突然だったんです。
横の家から、彼が飛び出してきました。
彼が誰か?
知ってるでしょう?
彼です。
僕が、僕が……轢いてしまった、あの、高校生の子です。
どんな様子だったか?
……よく覚えていないです。
何しろ、突然だったので。
夜、でしたし。
ヘッドライトに浮かび上がった彼は、驚いていました。
清潔感のある感じの顔つきで、モテそうな子でしたね。
でも、あの時は焦っていたのか、恐怖で引き攣っていたようにも見えました。
口角がこう、ギュッと上がって……
え? ええ……そうですね、
笑顔にも見え無くもないですけど。
でも、本当に、僕も必死に避けようとしたんです。
ハンドルを切って、なんとか、彼を轢かないようにって……
住宅街なので、速度も出てなかったはずです。
車に記録が残っていると思います。
いえ! 知りません!
本当に!
ハンドルを切って避けて、すぐにトラックから降りて、その場を調べたんです。
道路も、トラックの下も、もしかしたら跳ね飛ばしてしまったのかって、あちこち付近を探し回って。
でも、本当にあの高校生はどこにも見当たらなかったんです!
信じてください!
でもそのままには出来なくて、警察を呼びました。
もしかしたら、警察が何か見つけてくれるんじゃないかって……そう思ったんです。
なのに、来た警察官は全然僕の言うことを信じてくれなくて……
何度も何度も、「高校生がいたはずだ」って言ったんです。
それで、そのうち、近くの家の人が何か知らないか聞きに行くってなって。
その時点で、僕はもう疲れてしまって、何が起きているのかうろ覚えなんです。
何か、警察の人が騒ぎ出して。
あれって、僕のせいなんですか?
違いますよね?
そ、そうですよね。
僕は、あの家の前に偶然いただけなので……
え? ええ、高校生以外は誰も見ていません。
見たら覚えていると思います。
僕、どうなるんでしょうか?
ここの病院で検査してもらって、事故の影響はないって分かってもらえましたよね?
必要なら、警察に行って取り調べを受けます。
あの日から、すごく夢見が悪くて……寝れてないんです。
人を轢いた罪悪感からかもしれないんですけど。
――ちょっとだけ、夢の内容を聞いてもらっていいです?
すみません,ありがとうございます。
……夢に、あの高校生の子が出てくるんです。
ほんの一瞬、車のライトに照らされた顔しか見てないはずなのに、すごい鮮明な映画みたいに、彼が動くのが見えるんです。
夢の中だと、彼はどこか違う世界で立派な勇者になってるんです。
ははは、おかしいでしょ?
日本とは違う世界だなんて、そんな映画や小説じゃあるまいし。
馬鹿みたいだって、自分でも思うんです。
体動かす方が好きだし、全然そう言う話も読んだことがないのに、勇者が出る夢なんて見るのがそもそも不思議なんです。
夢の中だと、彼は、すごい力を手に入れるんです。
すごい力は、すごい力です。
うーん、僕、そういうのは詳しくなくて。
こう、剣でバーン!
とか、魔法でドッカーン!
とか、そう言う感じです。
説明が下手で申し訳ないです。
それで……あの、本当に、あの子には悪いと思ってるんですよ? 信じてくださいね?
夢の中だと、勇者だった彼は、どんどん正気を無くしていくんです。
敵を切って、殺して、戦いを繰り返していくうちに、力に溺れていくんです。
その姿が本当に怖くて……
僕、ダメなんですよ、そう言う話。
血とか人が死ぬの。
だから、本当に毎晩怖くて。
何でこんな夢見るんだろうって。
あの高校生の子に恨まれているんでしょうか。
償いだったらどんなことでもします。
ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
どうか,許してください。
僕を捕まえてください。
もう、人が死ぬのを何度も見たくないんです。
毎日毎日、数千っていう人が切り刻まれるのを見せられて、気が狂いそうなんです!
本当に!
僕は、なんて事を!
ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
◆ ◆ ◆ ◆
2023年2月某日21時ごろ。
きっかけは、住宅街を走行していたトラックドライバーからの通報。
人を轢いてしまったというその通報を受け、警察官が現場に急行。
しかし、トラックの周囲には被害者の姿はなく、ドライバーの証言も要領を得ない。
薬物もしくはアルコール摂取の疑いを抱いた警察官は、応援を要請。
警察官は応援に来た別の警察官と共に、付近の捜索を開始。
同時に他の数名も、近所の民家に聞き込みを実施。
だが、その中の一軒、八十代女性が惨殺死体で発見されたことから、事態は急変した。
発見されたのは、この家に一人で住んでいた八十三歳の女性。
死因は、胸や腹を鋭利な刃物で十箇所以上刺されたことによる失血死。
室内に争った後はなく、金品を持ち去った形跡もない。
現場近くにある幼稚園の正門に設置された防犯カメラの映像から、事件時刻前後にその道路を通ったのは高校生だけと判明。
20時半過ぎに、トラックドライバーの運転する車両が通過する以外、何も残されていなかった。
この事から、警察は高校生が何かしら事件に関わっていると見てその行方を探している。
だが事件から一ヶ月以上経った今も、依然としてその行方をつかめていない。
なお、2023年に入ってから、県内では同様の一人暮らしの高齢者が惨殺される事件が五件発生しており、今回の事件との関連性を調べている。
高校生が通っていた学校からの発表によれば、男子生徒は授業態度も良く、部活動や生徒会の活動に積極的に参加し、校内でも人気があった。
一方、家族からのコメントは何も出ておらず、取材も拒否を続けている。
事件前までの高校生の足取りは不明。
今後もこの事件の詳細の取材を計測する予定。
補足: トラックドライバーは心神耗弱の状態として、現在は精神科病院にて治療中