迷い生じて3
ソリアに親はいなかった。
気づいたら貧民街でボロ切れをかぶって生活していた。
周りに世話してくれる大人もおらず、骨と皮ばかりのようなガリガリの子供で人攫いにすら会わなかった。
多分そのまま置いておかれたらそう遠くない未来で二度と目を開けることなんてなかった。
力なく死を待つばかりのソリアに1人の男性が近づいて膝をついて話しかけた。
「ふむ、生きたいか?」
「……おじさん誰?」
「こら、質問に質問で返すものではない。
まず私が聞いたのだ。
生きたいか、と」
「……生きたい」
「そうか。
私はヨーデオだ。
巷では剣帝などと呼ばれているしがない冒険者だ」
「おじさん、私に何の用?」
「生きたいのだろ?
どうだ、私の弟子にならないか?」
「弟子……?」
貧民街での日々はソリアの記憶に残っていない。
なのでこれが思い出せる限りで1番古い記憶。
ヨーデオがソリアを最初に連れていった店は高級店だった。
貧民街で暮らしていた小汚い子供が行くにはふさわしくなく、1人で行っていたら追い出されるか町の憲兵でも呼ばれていたかもしれない。
けれど今ソリアを連れているのは剣帝。
最初の帝名と呼ばれる冒険者で二つ名に帝の文字を付けられた初めての人で顔も広く知られていた。
不快に思う人はいても誰も口を出せなかった。
魔物を倒す貢献度も段違いの人だし何より全世界を探しても剣帝を怒らせたら勝てる人は少ないと分かっていたからだ。
胃に優しいようにと出してくれた豆のスープの味は大人になっても忘れていない。
ヨーデオは優しいが、厳しかった。
段々とまともな体つきになってきたソリアはソリアと名前を付けてもらった。
その頃からヨーデオはソリアを鍛え始めた。
子供がするにはキツイ修行。
他の子供なら逃げ出すような厳しい鍛錬でも貧民街で死んでいくよりは遥かにマシであり、ヨーデオに捨てられたくないとソリアは必死に食らいついた。
剣帝は自分の全てをソリアに叩き込んだ。
剣の技術や戦い方だけでなく教育も施した。
「魔物は悪だ」
算術や社会常識だけでなく、ヨーデオの思想もソリアに叩き込んだ。
ヨーデオは平時は物腰の柔らかい紳士風の男性なのだが実は壊れていた。
一度冒険者を引退したはずのヨーデオは再び剣を取り、その活躍から剣帝と呼ばれるようになった。
なぜ再び剣を取ったのか。
それはある悲劇が原因だった。
ヨーデオの妻と子は魔物に殺された。
平和的に暮らしていたはずの小規模の町に突如として魔物の襲撃があって多くの人が亡くなった悲劇。
管理を失敗したダンジョンがブレイクを起こして魔物が溢れ出し、ダンジョンの魔物に押し出された魔物が町を襲撃してきたのであった。
ヨーデオもしばらく出していなかった剣を引っ張り出して魔物に抵抗したけれど平和な町では戦える者も少なく、いきなりのことで準備もなかった。
ニコニコと笑い優しいお父さんであったヨーデオはこの日、妻と子と共に死んでしまったのであった。
魔物を恨み、魔物に対して容赦情けのない、圧倒的な強さを誇る剣帝と呼ばれるまでヨーデオは体を酷使し、魔物への恨みを深めていった。
この世の一切の魔物を根絶するつもりで剣帝は戦ってきたが再び剣を取った時点で既にヨーデオは若くなく、また体を酷使してきたためにもはや限界を悟っていた。
そうまでして弟子を育てたのは次世代の剣帝を育てるため。
老いて体の動かなくなりつつある自分に変わって魔物を倒す者を残したかった。
涙も流しながら、捨てられまいとソリアは努力した。
拾ってくれたヨーデオは師匠であり、親であり、世界の全てだった。
ヨーデオは妻と子を守れなかった後悔の中で死んでいき、ソリアはまた1人残されることになった。
例えヨーデオが亡くなって自由になったとしても他に生きる道を知らない。
ヨーデオの思想はソリアに受け継がれ、黒と白の二色しないような極端な考え方が根底にあった。
時々冷たく言い放たれた言葉。
「魔物を倒せないお前に価値は無い」
イバラの棘のように胸に突き刺さって抜けない言葉。
晩年のヨーデオが人と交流する時に浮かべていた心のこもらない薄っぺらな笑顔。
ソリアも人に心を開くことを知らずにヨーデオのようにウソの笑顔を貼り付けて生活していた。
真面目で魔物討伐に熱心な若い冒険者。
倒しても倒しても魔物は減らず、ただソリアの心だけがすり減っていく毎日。
たまたま縁があって冒険者として一緒に活動することになったカリオロスがほんの少しだけソリアの心を開かせたのだが、そんな時にソリアにスーハッフルスから助けてほしいと話が舞い込んできたのであった。
歪んだ価値観は冒険者としてだけ活躍するなら特に問題になることもなかった。
しかしソリアに舞い込んできた話はソリアにとって大きな衝撃を与えたのであった。
どのような影響があるのか本人にも周りにもそれは分からなかった。
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