準備と襲撃3
仰向けになって天井を眺めながら改めて今後について考える。
整理すること、必要なこと、考えるべきこと……。
右も左も分からない世界で生きていくために何をすべきなのか。
まずは自分について整理する。
紙もペンも無ければ携帯電話やタブレット、PCといったもののないので頭の中で軽く考えるだけだが王城では人の目もあってあまりしっかりと見つめ直す時間もなかった。
持ち物はいくらかの服と思いのほか大きかったお金。
お金の心配はなくなったとみてもいい。
そんなに早く追い出したかったのか思わざるを得ないが助かったのでシェランには感謝する。
しばらく生活できるだけの金額が手元にあると分かったので気兼ねなく準備もできる。
タクミはサモナーであり、サモナーは役立たずの職業と言われている。
どうやってお金を稼ぐのか喫緊の課題だと考えていたが今現在そこまで差し迫った問題でもなくなった。
職業についてはより上級の職業に昇格するなどに変わる方法が限られているらしくどうしようもない。
そもそもサモナーに上級の職業があるのかは知らないし職業を変える方法も分かっていない。
スキルや職業は変わることもあるらしいが稀なことなので期待はしてはいけない。
スキルはないけれども勇者補正で素の能力は高めである。
ここら辺はいろいろ試しながら鍛錬していくしかない。
この世界には職業の他にスキルというものが存在してサモナーのスキルは召喚と従属がある。
実はスキルはそれだけではない。
これはサモナー固有のスキルではなく個々人がそれぞれ持つ普遍スキルというやつで誰がどんなスキルを与えられるかは分からない。
タクミが持っているスキルは“詳細鑑定”
最初に職業を見てくれた司祭の簡易鑑定の上の上のスキルである。
他の勇者は“鑑定”というスキルを持っていて異世界召喚特典みたいなものなのだけれどタクミだけは何故か鑑定よりも1つグレードアップしたスキルなのである。
詳細鑑定は物の状態や説明、相手のスキルなど知りたいと思った情報を知れるスキルである。
鑑定はスキルなどパーソナルな情報は相手の承諾がなければいけないが、詳細鑑定にはそんなの関係ない。
ちなみにこの詳細鑑定だが目の前に画面でもあるかのようにタクミには見えるのだがこの世界の人は単に頭に情報が入ってくるだけらしい。
これはタクミがそのような形で情報を得ていたことが関係しているらしく、あたかもタブレットが目の間にあるかのようにスキルがタクミに適合して表示されているのだろうとのことだった。
ただし他にスキルはない。
使えないサモナー固有スキルと人の情報を覗き見できるスキルだけがタクミに与えられているのである。
「全く……俺が何したってんだ」
勇者にふさわしいスキルを寄越せとは言わない。
だがもう少し使えるスキルぐらいくれたってバチは当たらないはずだ。
せめて戦闘系スキルの1個でもあれば。
「まあ、ないものはしょうがないか……」
次に必要なことを考える。
まず大きな目標はこの国を出ること。
城外に出たからといって暗殺の危機がなくなったわけじゃない。
むしろこんな大金を渡してきたところに危機感はより一層募っていた。
大金を渡して安心させて最終的には殺して回収するつもりでもあるんじゃないか。
疑えばきりがないけれど警戒しておくに越したことはない。
少なくともこの国にいる間は気を抜いてはいけない。
それにしてもだ、この国を出るにしてもどちらにどう行ったものか。
魔王がいる方向に行ってしまえば終わりだし、出た先の国が良い国とも限らない。
情報が少ない。
つまりは情報収集が必要である。
それにいくら手元にそれなりの大金があるといっても無限にあるものでもない。
今は余裕があっても後々は自分で稼ぐことも必要になってくる。
仕事的な情報も必要になる。
そうなった時にタクミの頭に1つ考えが浮かんだ。
「冒険者……」
場所に縛られず自由に移動しながら仕事ができ、何より身分を問わない。
職業があれなので冒険者として大成することはないが多少のお金と冒険者としての身分を手に入れることができる。
定住の地を探すにしても移動しながら職探しをしなくてもよくなる。
他国の情報も自由の利く冒険者なら多く情報を持っていることが期待できる。
何にしても両替もしなきゃいけないなと冒険者ギルドに行こうと思っていたのだからついでに冒険者になってみようか。
冒険者になるのが合理的で最善で、なおかつなんだかワクワクする。
まだ日は高い。
出来るだけさっさと買い物にも行きたい。
何を買うか考えるのはそこそこに、気付いたらタクミはベッドから起き上がりゲロッカを出て冒険者ギルドに向かっていた。
ーーーーー
人に聞きながら探した冒険者ギルドの中はまさしく酒場であった。
昼間にも関わらずそれなりの数人がいてザワザワとしている。
わざわざ出入りする人を気にする奴もおらず入ってきたタクミに視線を向けるのは数人。
「よう、いらっしゃい。何かご依頼かな?」
ギルドの受付といえば若くて気立ての良さそうな美人が定番であるが今受付にいるのは若いは若いが男性だった。
「お金の両替と冒険者の登録をしたいんだ」
ほんの少し、ほんの少しだけ落胆しながらタクミは目的を告げる。
「ふうん、冒険者登録ね……まっ、誰がなろうと俺は止やしないから。
両替は手数料として鉄貨3枚、登録料に銅貨1枚もらうよ。手持ちがなきゃ登録料はなった後の依頼料から差っ引いてもいいんだが……両替するなら大丈夫か」
登録のための情報を書き込む用紙を出して、お金を受け取るためのトレーを指でトントンと指し示す。
「細かいのがなくてね、まずは両替をお願いするよ」
そう言って銀貨をトレーに置くと少しだけ受付の青年の顔が変わる。
「おっとこりゃ……さっきも言ったが手数料がかかるから銅貨99枚と鉄貨97枚になるけど大丈夫かい?」
「それで構わないけど出来ればお金を入れる袋がなんか無いかな?」
「しょうがないからそれぐらいサービスしてやるよ」
どうやら金銀銅鉄の順の価値でそれぞれ100枚で一つ上の貨幣と同じ価値になるようだ。
分かりやすいと言えば分かりやすい。
あとは一般的な品物を見て物価を知る必要はあるけれど手元にある銀貨でも受付の青年に取ってみれば大金に値する顔していた。
受付の青年は袋を2つ持ってきた。
1つは銅貨の袋、もう1つは鉄貨の袋。
受付の青年の許可を得て袋の中身を確かめると確かにそれぞれ言われた枚数の貨幣が入っている。
銀貨の時もそうであったがこれだけの枚数が入っていれば袋はずっしりとしていてそれが3袋もあればかなりの重さとなる。
これは1度戻る必要があるなと思いながら次は登録用紙に取り掛かる。
書き込む事項はさほど多くない。
むしろ注意事項が用紙の大半を占め、中身も死んでも自己責任なことが書いてある。
何も考えずにペンを持ったタクミだがそこで問題が発生した。
「…………」
「どうした?」
「……いや、その」
「あー……字ぃ書けねぇのか?」
そう、この世界の文字をタクミは書けないのである。
召喚による効果なのか文字は読め、言葉は分かる。
しかし文字は書けない。
これまで書くこともなかったので書けないことにも気付いていなかった。
「大丈夫だ。代筆してやるよ」
ただそんなのにも慣れっこな受付の青年はタクミのペンを奪うようにすると勝手にいくつか注意事項の同意にチェックを付けていく。
「まず名前は?」
「名前は……」
ふとタクミはそのまま名乗って良いものか悩んだ。
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