準備と襲撃2
人が少し減り周りを歩く人の身なりも帯剣し鎧などを着ているような人が目立つようになってきた。
これが外に出る冒険者の人々なのだろうとタクミにもすぐに分かった。
ガッチリとフルアーマーの人はいなかったが道行く人の多くがどこかしらに防具を着けていてる。
中には魔法使いと思しきローブ姿の人も散見された。
「どうだい、お兄さん、安宿だがちゃんと個室で寝られるよ!」
冒険者たちの冒険者然とした雰囲気に感心するのも束の間、宿の呼び込みが見られるようになった。
全部の宿がそのような呼び込みをしているわけではないが聞こえてくる呼び込み文句の中には怪しげなものもある。
女性呼び込み可能なんて売り文句や壁が厚くて声を出しても大丈夫なんて売り文句も聞こえてきた。
「ちょっといいか?」
「なんだい? 宿をお探しならうちがおすすめだよ」
あまりキョロキョロしながら歩いているのは危ないと判断して早めにゲロッカの場所を聞くことにした。
積極的ではなさそうな呼び込みの男に声をかけるとやや迷惑そうな顔を上げてタクミに呼び込みの定型文を投げかける。
壁によりかかったままの見た目通りにやる気はないようでお決まりの言葉だけ投げかけると何の用だと言わんばかりの視線をタクミに向ける。
あまり勧誘されても困るのだがやる気がないのもどうなのか。
「ゲロッカという宿を探しているんだ」
「ゲロッカ? ……ふーん」
男はさらに怪訝そうな顔を隠そうともせずタクミをジロジロと品定めでもするように見る。
「そんな感じにゃ見えないが……まあ俺には関係ないか。
それにゲロッカ行くほどの客ならうちは役不足すぎる。
ゲロッカはここからそう遠くない。
ここを真っ直ぐ行って、黄色い建物を左に曲がればお高そうな建物が見えるはずさ。
それがゲロッカだ」
「ありがとう」
「さっさと行ってくれ。大事な仕事の最中でな」
壁に寄り掛かってあくびを噛み殺していただけじゃないか。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んでタクミは男が指差した方へと歩き出す。
「なるほど」
多少呼び込みにつかまりながら歩いていると黄色い建物も遠くからすぐに見つかり、そこを左に曲がってすぐにあれがゲロッカかと分かった。
他の宿よりも大きく真っ白な外壁。
看板にはゲロッカと書いてあったもののなくても分かりそうな建物であった。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けるとドアにつけられたベルが軽やかに来客を知らせる。
お屋敷と呼んでもいいようなゲロッカの中に入ると受付の若い女性がニコリとタクミに笑顔を向けた。
「泊まりたいんだけど一泊いくらですか」
ここで金貨1枚なんて言われたらどうしようなんて思いながら出来るだけ平静を装い話しかける。
「お泊まりですね。料金は部屋単位になっておりまして、現在は4人部屋からしか空いておりません。4人部屋ですと料金は一泊銀貨3枚となっております。
おひとりの御利用ですと割高になりますがよろしいでしょうか?」
ほんの一瞬驚いたような顔をされたが流石は接客業といったところかすぐさま営業スマイルを浮かべるとさっと説明をしてくれた。
高級宿を利用する格好に見えなかったことが原因か。
とりあえず銀貨という金貨とは違う貨幣が登場した。
タクミの常識で考えるならば銀貨は金貨よりも下のはず。
ここが勝負。
銀貨が金貨よりも高額貨幣の場合、タクミは大恥をかく。
その逆なら問題はなくお釣りから金貨と銀貨の関係が分かる。
「そうだな……いや、4人部屋で構わない」
「かしこまりました。
どれほどの期間お泊まりのご予定でしょうか?」
「とりあえず……3日ほど」
指先が震え心臓が大きく鳴る。
スッと受付に金貨を1枚おいて願うような気持ちで受付の反応を待つ。
受付の顔は緊張で見れずどんな顔をしているかタクミには分かっていなかったが受付はタクミが泊まりたいと言った時よりも驚いた顔をしていた。
「ええと……3日でしたら銀貨9枚。金貨1枚をお預かりします。お釣りをご用意いたしますので少々お待ち下さい」
勝った。
何かに勝ったわけではないのだがそんな感想がタクミの心に浮かんだ。
思わずガッツポーズでもとってしまいそうな気持ちを抑え顔を上げると受付が慌てて奥へと消えていきタクミは大きく息を吐いた。
時間をおいて受付が木のお盆に乗った銀貨を持ってきた。
「こちらが銀貨91枚でございます。お確かめください」
銀貨は10枚1束で積み上げられていてそれが9つ。
その横にさらに1枚銀貨が置いてあり合わせて91枚となっていた。
金貨1枚で銀貨100枚。
およそゲロッカがそこそこ高級宿であることを考えると銀貨の価値はタクミの想像していたよりもはるかに高い。
あくまでも動揺を見せないようにしながら銀貨を金貨の入った袋に一緒に入れていく。
価値が高いと分かった今1個の袋に全部入れておくのは不安でしかないがほかに手持ちの袋がないからしょうがない。
「ではこちらがお部屋の鍵となります。お客様左の階段から上がりまして3階のお部屋になります。
お食事は朝と夜の2回、ご希望でしたら右の食堂スペースで食べることができます」
タクミが銀貨を袋に入れ終わるのを見計らって受付が鍵を差し出してきた。
ちゃんとした宿なのでドアに鍵も付いているようで鍵に付いている小さい鉄のプレートにはこちらの数字で“3ー2”と刻んである。
「あと、細かいお金が必要なんだけどここで両替なんてやっていますか?」
銀貨を手に入れて調子に乗ったタクミは思い切った質問をしてみた。
おおよそタクミの考えている貨幣のシステムとズレていないのだ、銀貨よりも下の貨幣があるはず。
高級宿なら銀貨でも普通のものを買うときには大きすぎるかもしれない。
「申し訳ありません。こちらでは両替は受け付けておりません」
「そうですか……」
銀貨よりもさらに小さい価値の貨幣はあるようだ。
「ここらで両替しようと思ったらどこに行けばいいかな?」
「近くですと冒険者ギルドになります。もう少し落ち着いたところが良ければ東側に商業ギルドがあるのでそちらに向かわれるのがよろしいでしょう。
あまり個人の商店で両替なされるのはお勧めいたしません」
「なるほど、ありがとうございます」
「最後に、宿泊の延長は受け付けてますか?」
「そちらは受けております。いつでもお申し付けください」
「分かりました。ありがとうございます」
「ではごゆるりとお過ごし下さい」
受付を離れて部屋に向かう。
プレートの数字が部屋の場所を表していて最初の数字が階数で次が部屋番号。
きしむこともない階段を上がっていき3階。
ドアに書かれた部屋番号と鍵の番号を確認して鍵を開ける。
「よしっ!」
3階の2部屋目に入ってタクミは小さくガッツポーズをした。
問題をいくつか解決できた。
拠点は確保できた。まだ大きそうではあるがお金も崩せたしさらに崩せる場所も教えてもらった。
帰る場所、夜寝る場所がちゃんとある安心感はでかい。
4人部屋だけあって部屋は広くベッドの質も良い。
心配していたお金の問題も価値がなんとなく分かった今では想像以上の大盤振る舞いだったおかげで世間知らずではなくお金持ちと言えるレベルで見られているはずだ。
異世界自由生活は上々の滑り出しなのではないか。
贅沢にベッドの1つを荷物置き、といっても大きめの袋1つなのだが、に使いタクミもベッドに飛び込む。
流石高級宿のベッドはふかふか。
王城のベッドには及ばないものの十分快適なものである。
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