逃避行4
「ほーう?」
ゆっくりとヤタはショウカイに近づく。
もはや立っているのが限界であるショウカイはただ睨みつけることだけしかできない。
「わざとだな?」
ショウカイがヤタの気分を良くさせまいと痛みを堪えていることはすぐにわかった。
とことんまで気に入らない人間。
必死に痛みを堪える様を楽しまないこともないが今はそんなものを見たいのではない。
「ならば腕を千切ってやろう。
そうすればいかに我慢強くても声ぐらいあげるだろう?」
ヤタはショウカイの腕をくちばしの先で咥える。
「さて、どれぐらい振り回したら千切れるかな?
せいぜい耐えてみると良いぞ」
「はな……せ」
「おっと、言う通りにしてしまったぞ」
グッとショウカイを振り上げたヤタは言われた通りにショウカイを放した。
地面に打ちつけられるショウカイ。
もう声を出したくても出せない。
そんな領域に入っていた。
「ヤメテ!」
抵抗らしい抵抗もできずされるがままに再びくちばしにダランとぶら下がるショウカイの耳に聞き慣れない声が聞こえてきた。
「ノワー……ル?」
意識を失う寸前の霞んだ視界にヤタの背中に飛びかかるノワールの姿が見えた気がした。
「ぐああっ!」
ショウカイの剣は効かなかったけれどノワールの爪はヤタの背中を切り裂いた。
背中に走る鋭い痛みにヤタはショウカイを放した。
「……戻ってきたか」
人間はもはや動いていない。
生きているか死んでいるかは確認できていないけれど生きていたところで何か邪魔になることもない。
まずはウルフを殺す。
戻ってきたことは喜ばしいが背中を傷つけてくれたことは許せない。
八つ裂きにしてくれる。
「なん……だと」
再び勢いをつけて飛び掛かってくるノワールを迎撃しようとしてヤタは体が動かなかった。
よく見ると細い糸が何本も自分の体から伸びている。
あの小さいアラクネの仕業だ。
張り巡らされた糸により身動きが取れない。
その隙にノワールがヤタに噛み付く。
「ぐぅぅぅぅ! ふざけるな!」
無理矢理翼を広げる。
プチプチと音がして糸が切れていき、体の自由が戻ってくる。
少し翼が切れるがそんなことを気にしている場合ではない。
「この人間のためか? 美しいなぁ!
しかし戻ってきたこと、私を傷つけたこと、後悔させてやる!」
多少の傷くらいはアラクネを食らえば回復するはず。
「我が部下たちよ、集まってくるのだ!
こいつらを絶対に逃してはならん!」
ヤタはカラスを集めて一気にノワールとミクリャを倒すつもりだった。
「……なぜだ」
カラスが1羽も来ない。
そういえば上空を飛んでいたカラスもいなくなっている。
どこへ行った。
勝手にどこかへ行くとは思えない。
『後悔するのはお前さんだよ』
「なに? 誰だ!」
『あんたがお探しのアラクネ、さ』
ショウカイのマントを肩にかけて現れたのは上半身が女性、下半身がクモの形をした魔物、アラクネ。
翼を伸ばせば届くような距離に接近されているのに全く気づかなかった。
アラクネほどの存在感があるなら離れていても分かるはずなのに。
『これはすごいね、私も欲しいぐらいだ』
アラクネは肩にかけたショウカイのマントを見る。
薄汚れていてお世辞にも綺麗とは言えないが魔物の自分にも使えて効果がある。
結構気配に敏感なはずのカラスに気づかれることなくこれほどまで接近することができた。
これがあったら狩りも楽になる。
「私の部下たちは……」
『はははっ、あの非常食のことかい?
たっくさん取れたからね、欲しけりゃ分けてやろうか?』
「貴様!」
ヤタはショウカイたちが森を探し回っていることは知っていた。
けれどその目的までは興味がなく、把握していなかった。
まだ幼いミクリャのための巣になる場所探しをしているのだろう、そう考えていて調べようともしなかった。
完全に成体のアラクネが出てくるなんて思いもしていなかった。
『今日は巨大カラスなんて、ご馳走だね』
森からゾロゾロとクモが出てくる。
カラスを狩り終えた。
糸巻きにされた白い塊を持っているクモも多い。
あれがカラスであったものだ。
すでに地上に降りてしまった状態。部下のカラスたちは全滅。
大量のクモに囲まれ、体に傷もある。
完全に状況が悪い。
「ぐ、ぐぐぐっ……覚えてろよ!」
『逃すな!』
こんな体で成体のアラクネと戦っても勝てはしない。
全魔力を使って飛び上がる。
ヤタを逃すまいとクモたちが糸を飛ばす。
何本もの糸が体に引っ付くがそれではヤタは止まらない。
そのまま連れて行かそうになったクモが慌てて糸を切り離す。
真っ直ぐに飛び上がったヤタはすでに小さく見える。
逃したのは痛かった。
カラスは執念深いからいつか復讐に来るかもしれない。
『余裕ぶっていないでさっさと手を下しておけばよかった』
マントの効果で後ろを取れたことに舞い上がってしまっていた。
いつでも倒せるつもりになって普通に逃してしまった。
ヤタが全力で抵抗すれば被害はあれど倒せはしただろう。
飛んでいくヤタを眺めながらアラクネは反省した。
『過ぎたことはいい。
これが噂の人間……はははっ、そう怖い顔をするな。
取って食ったりしないから』
ショウカイに近づくアラクネの前にミクリャが立ちはだかる。
両手を広げてショウカイを守ろうとする姿にアラクネは愛おしさすら感じる。
『ここに放っておくこともできないだろう。
1度巣に連れていくだけだ』
ミクリャは首を振る。
どうにも信用されていないらしい。
『ふふっ、困ったものだな。
おい、あいつを連れて来い』
吹けば飛んでしまいそうな小ささなのに、必死に人間を守ろうとするミクリャをアラクネは優しい目で見つめていた。
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