逃避行3
「……ッ!」
足に痛みが走り、ショウカイは地面を転がった。
転んで打ちつけた体も痛いが足に激痛を感じて顔をしかめる。
何かと見てみると左の太ももがぱっくりと裂けている。
なんともなかったはずなのにいきなり何かで切られたように血が出ている。
地面に黒い細長いものが刺さっている。
よくみるとそれは大きなカラスの羽だった。
「追いかけっこ、というのかな、人間は」
見上げるとヤタがいた。
悠然と空中に浮かぶヤタは月明かりを受けて神秘的にすら見える。
ノワールがショウカイの前に出てヤタに向かってうなる。
ショウカイを守ろうとしてくれている。
「ふっふっ、美しいな。
こんなものを友情というのか?」
ショウカイたちを中心にして円を描くようにカラスが旋回している。
完全に包囲されている。
「あの小賢しい真似をしてくれたクモももういない」
「な……シュシュをどうした!」
「気になるか?
見せてやる」
1羽のカラスが降りてきて、ショウカイの前にポトリと何かを落としていった。
「あ……ああ!」
それはクモの足。小さくて見にくかったけれど一瞬でなんなのか分かってしまった。
シュシュの足だ。
「あの小さき哀れなクモは私が吹き飛ばしてくれたわ。
小さきが故に足の1本しか残らなかったがな」
涙が上がってきて視界がぼやける。
ショウカイはあまりクモが好きではなかった。
正直今でも苦手な方である。
でも見た目の嫌悪感を超えるほどシュシュはひょうきんで明るく、優しくて良い奴だった。
ケタケタとヤタは笑う。
「さて、どうする人間? 諦めるか?」
「……俺は」
「んっ?」
「俺はお前を許さない!」
堪えたけど、最初に上がってきてしまった涙の一筋はもう行き場もなく、ショウカイの頬を伝う。
剣を杖のようにしてショウカイは立ち上がった。
「許さない! ならどうするというのか。
翼も無く地を這う人間ではその剣も私に届きはしないだろう。
まさか剣を投げるとでも?」
大笑いするヤタ。本当に人の神経を逆撫でするのが上手いカラスだ。
「いいだろういいだろう。
その心意気に免じて降りてやろう」
ヤタが翼を振り、ショウカイの前の森の木々を切り倒す。
空いたスペースに降りてきて翼をたたむ。
「ノワール、ミクリャを連れて逃げるんだ」
この中で足手まといなのはショウカイだ。
ノワールとミクリャならヤタから逃げてアラクネの巣まで辿り着けるかもしれない。
ショウカイではヤタを倒すどころか傷つけることすら難しいかもしれない。
けれどもこれまでの傾向を見ているとヤタは簡単に相手を倒そうとはしないで弄ぶ傾向にある。
相手が苦しんだり悩んだりするさまを見るのが好きなようだ。
だから弄ばれてやれば時間は稼げるはずだ。
見るとミクリャがふるふると首を振る。
「頼むよ、ミクリャ」
今自分がどれほど情けない顔をしているのか。
こんなところで死にたくない。すごく怖い。
だから立ち向かうための理由が欲しい。
ただ逃げて死ぬのではなく、何かのために、何かを守って戦う。
そんなちょっとした理由でいいから欲しい。
死ぬための理由。
そんなショウカイの悲痛な思いを汲み取ったのかミクリャが服の中から出てきて、ノワールの背中に乗っかった。
「ミクリャを頼むぞ、ノワール」
ショウカイはマントを外してノワールに被せる。
使えるのか知らないけど少しでも助かる可能性が高くなるならショウカイも安心できる。
そんな様子を面白そうに眺めるヤタに向き直って睨みつける。
ノワールは名残惜しそうにしていたがショウカイから視線を外して走り出す。
初めてこの世界で出来た本当の仲間。
少しでも長く、ノワールが逃げる時間を稼ぐんだ。
「私には理解できないがすばらしいものなのだろうな。
まあ、何でも良い。
それがお前の望みなら少し遊んでやるとしよう」
逃げたところですぐに追いつける。
どうせこの森から逃げることはできない。
ヤタはまずこの必死になっている人間を望み通りに相手してやり、苦労をかけされられた分返してやろうと思っていた。
「やあぁぁ!」
踏み出すとズキリと足が痛む。
ショウカイは真っ直ぐにヤタへと走っていって剣を振り下ろす。
剣がヤタにぶつかってドスッと重たい音がする。
けれども剣はヤタを切り裂くことができなかった。
「その程度の実力か。
人間、お前、剣のスキルを持ってはいないな」
ズイッとヤタの頭がショウカイに近づく。
4つの目がショウカイを射抜くように見つめる。
「ああ、持ってないよ。
だからどうした!」
「おっと、小癪な……」
ショウカイは近くに来て届きそうな目を狙って剣を突き出した。
ヤタは頭をひねってそれをかわし、盛大にため息をついた。
「ふうっ、お前と遊んでもこれ以上は何も出てこなさそうだな」
飽きた。
なんのスキルもない人間。
あとは楽しめそうなのは死を目前にした絶望の表情や命乞いぐらいか。
「つまらん」
ヤタが内から外に翼を振ってショウカイを吹き飛ばす。
そして外から内に翼を振ると魔力を帯びた羽が飛んでいく。
吹き飛ばされたばかりのショウカイは回避できるわけもなく羽の雨を浴びる。
殺す気はないのか体を羽が浅く切り裂いていき、致命傷にならない程度の浅い傷が全身にできる。
だけど声を出してはやらない。
痛いけどヤタが喜びそうなことはしてやらない。
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