脱出4
「勇者殿、いかがなされましたか?」
騎士団長はいないかと訓練の様子を伺ってキョロキョロと見回していると訓練の指導に当たっていた老齢の兵士がタクミに近寄ってきた。
「エルダさん、騎士団長さんを探しているんだ」
もうすでに全体が白髪に覆われているのにシワの少ない若々しい顔立ちの背筋のピンとしたこの男性兵士はエルダといい、一線は退いたが現在も指導役として残っている歴戦の猛者でさある。
指導は厳しいが的確で勇者たちにも教えにきてくれることもあるのでタクミも知っている。
サモナーのタクミでも向上心があればちゃんと教えてくれるし、エルダも真面目に練習に挑むタクミに一目置いていた。
「フェル坊か……ほれ、あっちで暴れとるよ」
「そんな様で国を守れると思うなよ!」
エルダが顎をしゃくった方を見ると騎士団長が複数人を相手に剣を振るっていた。
5人ほどまとめて相手にしているにもかかわらず騎士団長はあっという間に全員を倒してしまった。
圧倒的な実力。騎士団長の名は伊達ではないのである。
「まだまだだな」
良く見れば周りは死屍累々、騎士団長にやられたであろう兵士たちが転がっている。
「これ、そこまでにせぬか! 後々に響くであろう!」
「ふん、これぐらい出来なくては魔族から国を守れぬと言うものです」
「新人を叩きのめしてつけ上がるでないわ。それにお客さんじゃ」
「む、勇者様? 私に何かご用ですかな?」
周りに倒れる人の数を見ればそれなりの運動になるのは想像に難くない。
むしろそれでいて息を切らさず汗1つかいていない騎士団長の体力の方が想像出来ない。
いや、体力だけでなく無駄がなくしっかりと身体を動かせているからこそ消耗も少ないのかもしれない。
「実はご相談したいことがありまして……」
「相談? 分かりました。教官殿、後は頼みますぞ」
「ふん、フェル坊のせいでしばし休憩が必要じゃよ」
騎士団長はエルダの元教え子らしく2人の間柄は役職に関わらず意外とフランクである。
この国で騎士団長を坊なんて呼べるのはエルダぐらいの物だろう。
訓練場の隅、兵士たちから少し離れる。
騎士団長に目をつけられたくないから近づく兵士もいない。
「それで相談とは?」
「実は俺、この国を出て行きたいと思っているんです」
「ほう?」
兵士たちに聞こえないように声を若干ひそめてタクミは城を、この国を出て行きたい旨を伝える。
理由はどうにも他のみんなに比べて劣り役に立たなそうであると感じていて国にお世話になっているだけでは心苦しいこと、どうせなら冒険してみたいことをあげてみた。
薄いしやや苦しい言い訳だけどあんた方に殺されるかもしれないから逃げたいなんて言うわけにもいかない。
邪魔に思っているなら多少理由がおかしくても互いの利益が合致して通るはず。
「なるほど……」
顎に手を当て考え込む騎士団長。
「その件私だけでは判断が下せない。どうだ、これから王女様のところに赴くつもりだったから一緒に行かないか」
予想していなかった提案。
早くても次の日ぐらいに呼び出されることぐらいは覚悟していたけれどまさかこのままシェランのところに連れていかれるとは思ってもみなかった。
この提案を拒否しないだけ思惑が透けて見える。
少なくとも騎士団長はタクミがいなくなることを止めるつもりはないのだ。
今から王女様に会うのは予想外だったけれど逆にいきなり会いに行って即暗殺とは流石にならないだろう。
ほんの少し悩むふりをしてタクミはうなづいた。
騎士団長の後ろについてシェランのところに向かう。
「騎士団長のフェルデーン・シューディックです」
「開いているわ、入りなさい」
「失礼します」
「失礼します……」
どうやらシェランは今日一日書類仕事のようで執務室で書類の山に囲まれていた。
自分のことじゃなければタクミも暗殺さえも国を想う真面目さが故に飛び出したアイデアなのかもしれないと正当化してしまいそうなぐらいシェランは毎日国のために働いている。
書類にサインする手を止めてタクミたちを見るシェランの顔には疲れが見て取れた。
このタイミングならいけるかもしれない。
疲れて判断力が鈍っている間に話を押し切ってしまいたい。
「……珍しい組み合わせね」
シェランは椅子に深く腰掛けて温くなってしまった紅茶で口を湿らせる。
「話があるということで連れてまいりました」
「ふうん……じゃあその話とやらから聞きましょうか」
「実は……」
紅茶を置いて向き直ったシェランにタクミは再び城を出て行くつもりだと話をする。
「なるほど、正直少し驚いたわ」
あまり表情には変化は見られなくてどう考えているのか読めない。
顎に手を当て考え込むような素振りを見せるシェランにタクミは内心生きた心地がしなかった。
最悪横にいる騎士団長に指示を出して切りかからせたって良いわけで。
長く感じられる沈黙。
自分も動揺を見せないように無表情を貫くが心臓部の音が大きく聞こえて緊張で握った手に汗をかく。
「……分かったわ。いつ出発するつもりだったのかしら?」
「元々荷物はありません。だから許可がもらえれば次の日にでもと」
声が上滑りそうになるのを抑えてあくまでも平静に答える。
心変わりしないうちに、出来るだけ早く城を出て国を離れたい。
「うん。あなたの覚悟気に入ったわ。
呼び出したのはこちらだし多少支援してあげましょう。好きにするといいわ」
予想よりもあっさりと色良い返事。
「ありがとうございます!」
ほっと胸を撫で下ろして頭を下げる。
やはりというべきなのか返事が早かった。
せっかく呼び出した勇者が自由になりたいなどという話は相当でかい議題になってもおかしくないのにほとんど二つ返事のような形で許可を出した。
穀潰し状態から解放されるのはありがたいがあっさりとしすぎていてなんだか怪しくも感じる。
騎士団長も驚いた顔をしている。
「支援といってもお金をあげるくらいだけど明日出発の時に渡すように差配しましょう。後は騎士団長と話があるから早めに準備するといいわ」
「はい」
優しく微笑むようなシェランに思わずいい人だと思ってしまいそうになる。
シェランの気が変わらないうちにとタクミは部屋を出て扉を閉める。
タクミは気づいていない。
言葉では良いように言っていた女王様の目はとても冷たかったことに。
「良かったのか?」
「良いのよ。自分から城を出て行ってくれるなんて願ったり叶ったりじゃない」
城の中でことを起こすのは面倒だ。
暗殺、死体処理、居なくなった理由づけ。
万全なはずの城の中で何かが起これば騒ぎは大きくなってしまう。
事件を握りつぶすこともできなくはないが後々を考えると危ない橋はわたりたくない。
「金まで渡すこともないんではないか?」
「後で回収すればいいの。
……そう、ストーリーはこう。貧相な身なりをした若者がその身に不相応なお金を持っている。
それをきっと悪い盗賊でも見てたのね……襲われてひっそりと死んでいるところを朝見つかるのよ」
「ふっ……ひどい女だ」
「あら心外だわ。あなたこそ、その凶悪な笑み、もうすでに誰を送り込むか考えているのではなくて?」
二人は冷たく笑う。
内に宿した邪悪な野望のために自分の考えとは外れる邪魔な物を排除することに躊躇いはない。
勇者を祀りたて傀儡として民衆の支持を集める。
利用したい伝説よりも数が多く使えないサモナーの勇者なぞ、バレる前に消してしまえばいいのだ。
元より今日会う予定もその話をするつもりであったのだ。
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