脱出3
人当たりもよく誰にでも平等。
特にややハブられ気味なこともあってかユキコはタクミと仲良くなっていた。
部屋に料理を持ってきてもらうのも悪いと思っていたところタクミが食堂で今は食べているとポロっと言ったのを聞き逃さなかったのだ。
女性兵士もいるし綺麗な人も意外と多いためおじさんたちのアイドル、とまではいかないものの気さくに挨拶を返してくれるユキコに対して兵士たちの反応は良かった。
それに引っ張られるようにタクミも挨拶を周りにするし印象もそこそこよく思われている。
食堂は日替わりでいくつかのメニューがあってその中から選んでいくシステムでタクミは割と似たようなものばかり選び、ユキコは全部制覇してやると選んだことのないものを優先して選んでいる。
もう食堂通いも板についてきた。メニュー制覇する日も目前といったところだろう。
「それでさっきは何思い詰めた顔してたの?」
食堂の端に空いている席を見つけてさっさとそこに座る。
女性兵士の集まっているところもあるのだからそこに行けば良いのにユキコはどうしていつもかタクミの前に座り食事を共にする。
中にはタクミとユキコが恋仲なのではなんて噂話をする連中もいるそうだけどとんでもないとタクミは思う。
これほどの美少女なら自分なんてとても釣り合わない。
こうして話しているのも同郷の勇者だからだろうとタクミは思っている。
なれるのなら恋人になりたいぐらいユキコは顔も性格もよいのは否定はできないのだが。
そんな可愛らしい顔が不安げにタクミを覗き込んでいる。
なるようにしかならないと思ってみても内なる不安が表情に出てしまっていたようで、ユキコはしっかりタクミの表情を見ていた。
どう答えたものか。
まさか殺害計画がほのめかされているとは言うこともできまい。
言ってしまえば最後、ユキコのことだから直談判にでも行って、そのままタクミごと2人は消されてしまうかもしれない。
「……俺は城を出て旅に出ようと思ってるんだ」
誤魔化すのは難しい。だから殺害計画を聞いた後に考えたことの話をする。
とりあえず黙って出ていくから見逃してくれ作戦。
タクミはこの城、この国から出て行ってしまおうと考えていた。
4人にこだわって使えない勇者を暗殺してしまうより勝手にどこかに行ってくれた方があちら側も楽だろう。
勇者のことはかん口令が敷かれているが城の中ではタクミたちはもはや知らない人はいない。
食堂に通うタクミたちは兵士たちが良く見かけているし他の勇者たちも見た目がいいので常に話題に上がる。
そんな勇者が1人城の中からいきなり消えたとあっては騒ぎになることは避けられない。
いらない勇者が自ら出ていくなら向こうとしても止める理由はなく、十分勝算のある賭けだと思う。
もし受け入れられなかったら夜逃げでもするつもりではある。
「…………どうして?」
そうなんだくらいに返されると思っていたのにユキコはなんだかショックを受けたような顔をしている。
「分かってるだろ、ユキコも。俺やユキコの職業は戦い向きじゃない……いや、俺に至ってはそもそも他の役にも立たないってこと」
「それは……そうかもしれないけど」
「あの王女様はどうにも勇者は4人ってのにも拘ってるみたいだし、やっぱあの4人に比べちゃうと勇者っぽくないしな」
「でもわざわざお城から出なくっても」
一生このまま不自由なく生活保障してくれるのならそれもいいとは思う。
ただしタクミには城を出なきゃいけない理由があるのだ。
「せっかく異世界に来たんだ。城の中で一生を過ごすなんて、つまらないと思わないか?」
冗談めいて言ってみるけれどあながち嘘でもない。
異世界とはいえ、現実に夢を見過ぎるほどロマンチストでもないがそれでも多少冒険をしてみたいとはタクミも思っていた。
「うっ……確かにそう言われればそうかもしれないけど……」
「どうだ? ユキコも一緒に来ないか?」
思い切った提案。
目的は分からないけれど錬金術師には何か利用価値があるらしく暗殺される可能性は低い。
それでも勇者としてじゃなくこき使われるだけの可能性や将来利用価値がなくなったときに殺される可能性もある。
何より1人で旅をするより心強い。
「私も旅してみたい……けど」
「……わかってる」
断られるだろうことは予想していた。
「うん、ごめんね。じゃあ、もし魔王を倒せて平和になったらさ、迎えに来てよ。その時は一緒に旅しよ」
「そうだな。なら早めに倒せるといいな」
「おじいちゃんおばあちゃんになる前に終わるといいね」
「大丈夫さ、きっと」
ユキコは正義感が強いだけじゃない。
話を聞いたことはなくても時折魔王討伐に関して暗い顔をすることがある。
人にはそれぞれ過去がある。
タクミも深くは突っ込んで聞くことはしないかったが魔王に関して過去を重ねているところでもあるのだろう。
錬金術師なら戦闘職ではないので良くてサポートが精々なことはユキコにも分かっている。
気の回るユキコなら良いサポートは出来るから邪魔になることはなく立ち回れるはずなので勇者補正でそれなりに役に立てる。
少し重たい雰囲気の2人にざわつきを抑えて周りが遠巻きに見ていることに気づき、慌てて食事を食べ終えてタクミとユキコは席を立つ。
「これからタクミはどうするの?」
「とりあえず王女様を探してみようと思ってる」
「そう。出発する時は言ってね。ちゃんとお見送りするから」
「ああ、もちろんだよ」
とは言ったものの。
肝心の王女様は何も暇人なわけではない。
つい先日も他の国に赴いて外交なんかをやっていたらしく、今現在国にいないこともありうる。
ひとまず立場が上の人を探して尋ねてみるしかない。
基本立場が上の人たちは食堂に来ず自分の部屋で食べる。
文官に至っては誰が偉いのかも分からないからそうなると思い当たるのは1人しかタクミにはいなかった。
騎士団長フェルデーン・シューディック。
長がついているのだからタクミに思いつく中でも当然に最高位。
真面目で兵士の訓練にも良く顔を出し、勇者たちのところにも指導に来る。
殺害計画を話し合っていたと聞いた以上タクミのフェルデーンに対する評価も異なってきてはいるが知らない以上はしょうがない。
人前でいきなり剣を抜くことも考えにくいしタクミが何も知らないと思っている以上は今まで通りの丁寧な態度をとるはずだ。
危険は伴うが虎穴に入らずんば虎子を得ずである。
この時間なら勇者か兵士の訓練に顔を出しているのではないかと読んでまずは兵士の訓練所に向かってみる。
城を歩いていて思うことは暗さが感じられないということだろうか。
召喚された時に聞かされな話ぶりだとあたかも切羽詰まっていて危機的状況であるかのような印象を受けたものだったのに城中にあっては人々は穏やかで明るく余裕がある。
1番安全な城だからそうなのかと思えば城下やこの都市以外においてもそう変わらないらしい。
魔物の発生やなんかは冒険者と呼ばれる人たちが依頼を受けて処理するらしく王城の兵士たちが緊急出動することもない。
魔王領との境付近には今もいくらか兵士は駐屯しているみたいだけど兎にも角にも現状平和の一言に尽きる。
最前線の必死の努力で中央部は平和を保たれていると考えれば不自然なこともないと思えるのだがなんだかタクミにはふに落ちないものがあった。
やがて兵士たちの剣を振るう声が聞こえ始めた。
城の裏手にあたる場所にある訓練所ではいつもどこかしらの部隊の兵士が訓練を行なっている。
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