脱出2
他の職業には細かな考察や過去にいた偉人や有名人の伝記みたいなものも載っていて、何が出来るか分かりやすく書いてあったのにサモナーについての記述はほとんどない。
情報がないというだけではない。かき集めたかのような断片的な情報を基にして役立たずの職業だとされていた。
一応ではあるが理由はちゃんと記載されていた。
この世界には職業の他、スキルというものも与えられる。
剣聖なら剣の扱いが上手くなる剣技あるいは職業と同じ名前の上級スキル剣聖、賢者なら魔力操作とか魔法強化とか魔法関連のスキル。
他にも片手剣とか格闘とか戦闘に補正がつくスキル、採掘や狩猟、鍛冶や細工といった特定の方向に補正がつくスキル、夜目や隠密という身体能力に補正がつくスキルなど様々ある。
サモナーという職業は魔物を呼び出して使役して戦う職業であるのだが、そのための職業固有スキルは召喚と従属スキルになる。
半分職業専用の魔法みたいなもので魔力を使って発動するマジックスキルというものになるらしい。
そして本に書いてあった記述によるとサモナーはまず召喚スキルでもって魔物を召喚して従属スキルで従えて戦わなきゃいけないと書いてあった。
これだけ読めば何の問題もないように思えたのも束の間だった。
読み進めると何と召喚とやらには魔石なるアイテムが必要であるのだ。
この魔石は魔物が体内に持っている魔力の塊で強い魔物ほど質の良い魔石を持っていて弱い魔物ではほとんど使い物にならないぐらいの価値しかない。
そして召喚に必要な魔石は弱い魔物のものではダメなのである。
ではどれほどのものから使えるのか。
これは分からないというのが本に書いてあった。
良質な魔石は様々なところで使い道があって高価で取引される。
良質な魔石を生み出す魔物は相当強いらしく、おいそれと狩りとれるものでもない。
これらを合わせるとサモナーがサモナーとして本領発揮するために必要な召喚を行うためのハードルはとてつもなく高い。
弱い魔石で試してみても当然だめである程度までは試してみた人もいたようだ。
失敗すると魔石は砕け散り無駄になる。
魔物も個体差があるから一概には魔石の質の高さを上げていったとは言えないかもしれないしどこまで上げたのか詳細な記録はない。
戦えなきゃ稼げない。
稼げなきゃ魔石も手に入らない。
魔石が無きゃ戦えない。
負のループ、故に役立たず。
召喚獣を駆使して戦うはずのサモナー単体で強い魔物を倒すことも出来ないし役に立たないのだから強い魔物を倒せるパーティーに所属することもできない。
よってサモナーが冒険者になった記録も少なく情報もないのである。
お金を出して研究する物好きもいない。
さらにだ、勇者が相手で、いくら王国といえど魔石を遊ばせる余裕もない、みたいでタクミに魔石が支給されることもない。
勇者としての恩恵があるのか直接戦闘職の才はなくともそこそこ戦えるレベルにはあるのがせめてもの救い。
選択の岐路に立たされている。
そうタクミは考えていた。
このままでは一生他の勇者の能力には追い付けず冷たい視線を向けられたままになる。
勇者の立場を利用できるうちに何か行動を起こさねばいけない。
だがどうする。
この王城を1歩でも出ればもうそこは知らない世界。
常識も知らなきゃ知り合いも金もない。
「起きていらっしゃいますでしょうか」
思考がグルグルと堂々巡りし始めた時控えめに扉がノックされた。
「ああ、起きてるよ」
誰だと問いたださなくても誰かは分かっている。
「入ってもよろしいですか?」
「もちろん」
扉が開いてメイド服姿の女の子が入ってくる。
「どうかしたか、アイシャ」
腰まである長い髪と同じ茶色のクリクリの目はいつもと違う感情を見せていた。
他の勇者と違ってあまりタクミのお世話をメイドたちはしたがらない。
そんな中でもアイシャは率先してあれやこれやと世話をしてくれているし冷たくなりつつある周りに流されず変わらず接してくれている。
いつもなら朝食の時間になったと伝えて部屋の中に入ってくることはない。
ましてどんな時でも人懐こい笑顔を浮かべているのが印象に強いタクミからすると暗い表情のアイシャは不幸でもあったのかと心配になる。
自分の顔色を伺うように心配をしてくれているタクミを見てアイシャは言葉を出せなくなる。
最初こそ押し付けられたお世話係だったけどタクミはアイシャが失敗しても起こらず常に優しく接してくれた。
サモナーで将来性が無いから給仕するのを辞めたいと他のメイドたちが拒否する中アイシャはどうせ給料が変わらないならタクミは優しいしこのままでいいと考えていた。
伝承では4人だけど6人でも、むしろ多い方がいいじゃないか。
なんてアイシャは思いながらほとんどタクミ専属のような形でメイドの役目を果たしていたのだが、ある時アイシャは聞いてはいけない会話を聞いてしまった。
タクミに言わなければならない。
普通の貴族なら一介のメイドがこんなことを言えば切り捨てられてしまうほど怒り狂ったり、そうでなくても大きく落胆してしまうだろう。
「あの……」
続く言葉はタクミにとって1番最悪な結末のものであった。
少しばかり遅かったかもしれない。
ありもしない期待にしがみついていたことを反省した
「そうか……教えてくれてありがとう」
これで決心はついた。
うつむくアイシャに肩に手をのせるとアイシャの体が震える。
怒りはない。むしろ感謝すらしている。
まずは考えうる中でも平穏なものから試してみることに決めた。
「こんなことになってしまって……」
「アイシャは十分良くしてくれたよ。そんな顔をしないで欲しいな」
そうは言ってもアイシャの気分が晴れやかになることなどない。
アイシャが聞いたのはタクミ殺害をほのめかす王女と騎士団長の会話。
この国におけるかつて国を救ったとされる勇者は4人だった。
何人でもよいようにも思えるのだけれど勇者は戦力でもあり、同時にシンボルでもある。
他の兵士を鼓舞して民を勇気づけ国全体を引っ張って行ってもらう役割を期待されている。
より効果を高めるためにどうやら6人でも、2人でもダメで同じ4人という数字に拘っている。
この国において勇者の物語は有名で憧れの対象になっている。
過去の勇者になぞらえることで民衆の支持も高めるつもりなのだ。
そのため2人の勇者が邪魔になっている。
誰が勇者に相応しいのかを考えた時もちろん職業が大きな基準になる。
剣聖、聖騎士、賢者、聖女。
いかにも勇者パーティーなメンツが選ばれてサモナーのタクミは最初から存在しなかったかのように殺すことも考えている、そうした内容の会話がコッソリとされていた。
最悪の場合消されるのではないか。
思いつかなかったわけでもないがそれでも実際そんな風に考えられていてはショックも大きい。
錬金術師の方は希少職業のようで利用価値があるから殺しはしないみたいな話はあったそうで、タクミとしてもそこは安心というか、逆にそれもまたショックというか。
この話は聞かなかったことにしてほしいとアイシャに口止めをして朝食へと向かう。
「おはよっ!」
「おはよう」
ここに来た頃は部屋まで運ばれてきていたのだけれど今はそうしたことはやめてもらっている。
どこで食べているのかといえばすでに混雑を始めている王城の兵士用食堂で食事を取るようになっていた。
当然かなり男臭い空間であり他の勇者はもちろん部屋まで配膳してもらっているのだけれど1人だけタクミが食堂に行っていることを知って同様に食堂通いをすることにした変人がいる。
元気よく声をかけてきた彼女こそ錬金術師の勇者ユキコである。
希少職業でありながらも戦闘向けでないにもかかわらずユキコは強い正義感を持っていて日々訓練に真面目に取り組んでいる。
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