隣国へ4
制するような視線を向けるウィランドを無視してレーナンは続ける。
「ちょっと高くはつくけどお金があるなら馬車を買っちゃえばいいと思う。
御者はリーダーが出来るでしょ? 荷物もたくさん持てるし悪くないと思うなぁ」
「レーナン! ただでさえ護衛依頼は高額な上に経費まで出してくれるんだぞ、それを……」
「……馬車っていくらぐらいですかね?」
「なんてものの言い方……はっ?」
「いや、馬車って買うとなったらいくらで買えるのかなと」
「…………買うのですか?」
「値段によってはそれもありかな」
「……ふふっ、おかしな人ですね。
馬車ですか……テラット、商人の知り合いがいるんじゃなかったか?」
「ま、いるにはいるぞ」
どこか飄々とした雰囲気を感じさせる強化術師という特殊な職業である中年男性のテラットが出された水を飲みながら答える。
魔法の中でも強化魔法に特化した比較的珍しい職業であり他の魔法職が使うよりも強く長く強化をかけることができる。
予想外の提案であったが悪くないとショウカイは思った。
馬車に乗るか、護衛をつけて歩いて行くかは二つに一つだと思い込んでいたが護衛を雇い場所に乗って行くことが出来るならこれほど楽なことはないと思う。
運行している乗合馬車に乗るのではなく自分で馬車を購入して乗るのだから費用面では比較にならない金額が必要になるはずだけれど手持ちの額からしたらさほどでもないはずだ。
常識的なウィランドは真剣に悩むショウカイに愕然としているがパーティーメンバーたちはもうショウカイが大金持ちなんだと軽く受け入れて、馬車を使えれば仕事が楽になるぐらいにしか考えていない。
「よし、じゃあ馬車、見てみよう。
良いものがあれば俺が買うけど、その場合馬車の御者は頼めますか?」
気を取り直し考えを切り替える。
このままではウィランドだけただをこねているようになってしまう。
「……分かりました。依頼主がそれで良いのなら」
まずテラットが頷き、少し遅れてウィランドも続いた。
ーーーーー
食事を終えてからそのままウルガスのメンバーと必要な物の買い物に行くことになった。
テラットは一足先に知り合いの商人の元に向かっている。
Bランク冒険者ともなれば多少顔も効くようで時折声をかけられたり、店の態度も柔らかかったりした。
みんなはショウカイの準備を聞いて足りないものを確認しながら買い物を進めていくが多めの支度金もあってかちょっと良いものを買っていっていた。
ショウカイには思い至らなかった物もあり1人で旅に出なくてよかったと思う。
ウィランドともう1人の男性メンバーのノーンが荷物でいっぱいいっぱいになる頃最後にテラットの知り合いの商人のところに向かった。
「いらっしゃいませ。お話は聞いてますよ」
迎えてくれたのはガラガラとした声をした商人というより路地裏で怪しい薬でも売ってそうな痩身の男性。
ペクタと名乗ったその商人はテラットの昔馴染みらしく大きな商団に所属する商人の1人。
「こちらにある中で木札をかけてある物が購入可能な馬車で値段も木札に書いてあります」
商館横のスペースには馬が繋がれていない馬車が何台か止めてあり、馬車の前に突き出る馬につなげる木の部分に木札がかけてある。
進行方向前後に対面するように椅子になっている4人ほどしか入れない形の物や左右に椅子があり8人ほど座れる物、椅子がなくただ荷物を乗せる形状で幌付き、幌なしなどいくつか種類がある。
椅子が付いているのはどちらかと言えば人を運ぶ馬車で付いていないのは荷物を運ぶ馬車といったところ。
木札を見ると貸出料金と売買価格両方が書いてある。
聞くと商業ギルドに所属する商人なら馬車をギルド経由で借りることができるとのこと。
駆け出しの商人は荷物一つで身を起こしていくが自分で馬車を用意して馬を飼い、馬車や馬を留める場所も考えるとその費用は馬鹿にならない。
だから商業ギルドや商館が安値で馬車を貸し出してやり、商人は商圏を広げ、商館は代わりに貸賃や馬車を留めに来た商人と優先的に取引を行える。
合理的なシステム。
確かに値段を見てみると馬車は高い。
木の箱を半分に切ってそれに車輪を取り付けたような簡単な作りで明らかに使い古した感じがあっても銅貨何十枚といる。
流石に新品を余らせておく余裕はなく、どれも最低でも何回か貸出には使われたものになる。
だがそれでも品質に関しては保証できるペクタは言う。
貸し出したということは少なくとも使用に耐える品質ではあるということが言えるので、逆にそのために新品の馬車でも不具合が無いと実績を積むために貸し出すこともあるのだとか。
ショウカイに馬車の良し悪しは分からないから商人に勧められるままにいくつかの候補に絞る。
ちょっと悩んだけれどその中から幌付きで全員が乗って荷物を乗せても大丈夫そうな馬車を買うことにした。
全員が乗り込むことは想定しずらいが旅は快適がいいので大きいのを買う。
銀貨10枚とそこそこのお値段にはなったがこれで移動が楽になるなら良い投資だと思う。
旅に支障がなくて馬車が無事ならそれなりの値段で買い取ってくれるところもあるだろうとも教えてくれた。
馬に至っても半ば勧められるままに買ったがこちらも今後乗ったりする予定がないなら喜んで買ってくれるところも多いようだ。
むしろここ王都周辺は経済や治安が安定していて馬も比較的安く手に入るのでどこか田舎や貧しい国にでも行けば必要不可欠な馬は元手どころか高値で売れる可能性すらある。
馬と馬車、馬につける鞍や鎧やなんか装備品と馬車の最終点検代をまるっと含めて銀貨15枚のお買い物。
急ぎのためやや割高にはなるがテラットの仲介もありそれでもお安く済んだ。
馬車は翌朝ウルガスが受け取り、ギルドの前で合流して出発することになった。
ーーーーー
旅路は順調そのものであった。
王都を出発して早5日を過ぎたが2日目に少数の魔物に遭遇した他は大きな問題はなく進んでいる。
小さな問題はと言えば馬車にずっと座りっぱなしで移動することが思いの外苦痛であったことぐらいである。
道も道としては存在しているが平らにならされているわけもなし、草があまり生えていないだけで細かいデコボコは多くダイレクトに馬車の揺れにつながってくる。
軸に衝撃吸収するものもない、その上木の車輪では小石に乗り上げただけでも揺れるのだ。
そこに馬車の中では座席にクッションもなく直座りであるのでモロに揺れを体が受けることになる。
つまりはお尻が酷く痛む。
今は布団代わりにもなるマントを下に敷くことで多少軽減はされたものの一度痛くなってしまったらマシになったとしか言いようがなかった。
当然座りっぱなしでいるだけなのも暇で退屈である。
ネットなんてものもないのだから馬車の後ろから見える景色を眺めるしかやることもない。
ウルガスのメンバーも仕事中になるわけだし特に親しいわけでもないから会話がない。
それに馬車に乗っているのも全員ではない。
ウルガスも元々全員分馬を所有していたらしくそれを全て手放すのは惜しいと本来一頭引きだった馬車を二頭引きにして、連れていけない馬は売却した。
道が広くすれ違うこともないなら馬車の左右に1人ずつ警戒にあたり、前方は御者、後方は馬車の中から後ろを見ることで万全の態勢になっている。
つまり馬車には御者台に1人と中に2人のウルガスのメンバーとショウカイとなっていた。
ウィランドやレーナンなら話しやすいのかもしれないが今現在はウィランドが御者を、レーナンは向かって左側を馬で並走して警戒に当たってくれている。
右側にいるのはノーンという青年でちらっと聞いたところウィランドのいとこにあたるらしい。
馬車の中にいるのは商人を紹介してくれた強化術師のテラットと魔法使いであるジーという女性である。
レーナンが明るくて活発そうな女の子なのに対してジーは落ち着いていてミステリアスな雰囲気の女性。
なんと髪色は濃いブルー。
この世界において髪などは魔力の影響を受けやすく赤や青はもちろん緑や黄色などの色に魔力によって変化する。
魔力が強ければ強いほど本人が持つ魔力の髪色になるのだけれどジーはその点魔力が強いようである。
後衛職の2人が基本は馬車待機となっているのだがこの2人あまりおしゃべり好きではないようで馬車の中は静かだ。
「その様子ではだいぶきているようですね」
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
ブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。
評価ポイントをいただけるととても喜びます。
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張りたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。