63 ふっきれる
きっかけは些細なこと。いや、あれらを些細というのは語弊があるのかもしれない。その数日の出来事はこれまでの人生では経験したことのないものであった。だがそれでも、特別な何かがあったわけではない。ただ日々を生きるだけ。それだけのことで、自分の中で何かが変わっていくのがわかったのだ。言い方を変えれば、そう――――
ふっきれた。
どうでも良くなった、シャルティエルはそう思ったのだ。
先の森での生活。そこでは生きるために様々な事をした。
ただ生きる為、それを維持するために多大な苦労をしなければならなかった。
キースは生きるための労働をシャルティエルに課した。自分で食材を集めさせ、自分で火を起こさせた。食事をするために何時間もかけて食材を集めさせ、そして時間をかけて火を起こし、それが終わればまた長い時間をかけて生きるために行動する。
その全てが辛く大変で、シャルティエルは何一つまともにする事が出来なかった。だが、それでもキースはシャルティエルに行動を起こさせた。もちろんそれら全てをシャルティエル一人で行うなど不可能だ。だからキースはシャルティエルを支え、助け、そして生きさせた。
そこには、人生に絶望している暇などはなかったのだ。
生きるために、必死になって行動する。悩んでいる時間などない。うじうじしている暇などない。そして引きこもる屋敷もない。
シャルティエルは今を懸命に生き抜いた。
気が付いたときには火傷の事など忘れていた。
確かに身体は不自由で、思うように動かすことは出来ない。でもそれは、この森ではなんの関係もなかったのだ。たとえ五体満足であったとしても、今と同じように何一つ満足に出来なかったであろう。健康体でもさして結果はさして変わらない。
森の中では、シャルティエルの怪我の有無など関係ないのだ。
何も出来ない小さな個人にすぎない。
こんなにも何も出来ないのだ。
だからもう、どうでもよくなった。
だからだろうか。
気が付いたら怒っていた。
気が付いたら悲しんでいた。
気が付いたら笑っていた。
気が付いたら楽しんでいた。
いつの間にか、シャルティエルは生きることを楽しんでいたのだ。決して美味しくない木の実を口にした時、やっとの思いで火を起こした時、自分で集めた木の葉で寝床を造った時。シャルティエルは楽しかった。
そこでシャルティエルは気が付いた。
ああ、そういうことなんだ――と。
火傷をしたとか、家から捨てられたとか、そんなものどうでもよいのだ。
結局は自分の気持ち次第なのだと。
こんな何もない森の中で生き抜く、そこには確かな生があった。
屋敷で引きこもっている時とは、比べるべくもない。
不自由な方がよっぽど楽しく過ごすことが出来た。
それに気が付いた時、シャルティエルは自然と笑っていた。
これまでクヨクヨしていたのがバカらしくなったのだ。
そこからシャルティエルは、少しずつだが以前の自分を取り戻していった。
――――――――――――――――――――
キースの言葉遣いが元に戻った。
それに伴い、シャルティエルに接する態度も他人行儀になっていった。
これまでのシャルティエルであれば、その事に呆然とし、再びふさぎ込み屋敷に引きこもっていたであろう。
しかし、今は違う。
真っ先に頭に浮かんだのは、キースにどう仕返しをするかであった。あれだけ過酷な森での生活を強制しておいて。あれだけシャルティエルを焚き付けておいて、いまさら他人行儀でやり過ごそうなど許さない。
そのためシャルティエルは一芝居打って出た。
それを目の当たりにしたセルバは血相を変えて屋敷を飛び出していった。何か問題が起きれば外に助けを求めるのは分かっていた。では誰に助けを求めるか。そんなもの決まっている。セルバが頼りにしている者などこのイデアランでは限られているからだ。
シャルティエルの目論見通り、セルバが頼ったのはキース。そしてセルバから話を聞いたキースは一目散に屋敷に足を運んできてくれた。
シャルティエルはキースの性格をなんとなく掴んでいた。いくら表面上は他人行儀を装っていても、その内では自分を心配してくれているのだと。願望にも近い願いであったが、シャルティエルには確信があった。
そしてシャルティエルの思惑通り、キースは屋敷に現れた。
シャルティエルが呑気にお茶を飲んでいたのを見た時のキースの顔、あの呆然とした表情。それを目にし、シャルティエルは笑わずにはいられなかった。
だがここで終わらせるわけにはいかない。平然としなければ。シャルティエルは何事もなかったかのように演技を続けてみせた。その行動にキースは困惑していた。
そしてキースがシャルティエルの悪戯に気が付いた時、その瞳にこちらを非難する色が浮かんでいるのが見て取れた。そして読み取ったのはそれだけではなかった。その中に、安堵の感情が含まれていた。
なんだかんだと言いながら、キースをシャルティエルの身を案じているのだ。それを感じ取ったシャルティエルはさらに笑みを深くする。そして気がつけば、キースは言葉遣いを戻していた。接し方も砕けたものとなっていた。
その事に満足し、シャルティエルはただただ笑うのであった。
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シャルティエルが起こした騒動を堺に、キースは定期的に屋敷を訪れるようになっていた。シャルティエルの友として。そしてシャルティエルも積極的に町に出るようになった。そしてキースの元へ自身の足で向かうようになっていた。キースの友として。
町に出る際、シャルティエルはローブを深々と被るのをやめた。卑屈になる必要はない。自分のやりたいようにすればいいのだ。
シャルティエルの姿を見た町の人の様子は様々であった。その傷を見て驚く者、憐憫の情を向ける者、忌避の感情をみせる者。人によって取る態度は様々であった。
だが、それと同時に、傷など気にせず普通に接する人も少なくなかった。
そういった人たちに、シャルティエルも同じく普通に接していった。
あれだけ人の目が気になっていたのに、いざ踏み込んでみれば、なんてことはない。こうしてみると、なんとも呆気ないものであった。
確かに火傷の跡は治したい。だが、そこに固執する必要はないのかもしれない。シャルティエルはそう思えるようになっていた。
だからだろうか、キースからその言葉を聞いた時、シャルティエルの心は乱されることなく、穏やかな気持でいることが出来たのかもしれない。
「――――もし火傷の跡が治るとしたら、君はどうする」
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