62 意趣返し
キースの前にセルバが慌てた様子で姿を見せた。その慌てようはただ事ではなく、何か異常事態が生じたとこは明らかであった。
そんなセルバが、顔を青くして悲鳴に近い叫びの声をあげた。
お嬢さまが……と。
シャルティエルの身に何かが起こったらしい。
では何か?
混乱からなのかセルバの説明は要領を得ない。
キースの背中に嫌な汗が流れた。
すぐに屋敷へと駆け出だした。
逸る気持ちを押さえて。
嫌な予感が頭を過ぎる。
シャルティエルは自身の境遇に絶望していた。
そして谷底へ身を投げたのだ。
だが、森でキースと一緒にいた時は、その絶望は薄れていたように思えた。
時折笑顔さえ見せる瞬間もあった。
だからキースは安心していた。
だが……
もし、それらは全てまやかしで
全てに絶望しいたら
自らの命を
不吉な考えを頭から振り払い、キースは屋敷へと駆け出した。
――――――――――――――――――――
何故
そんな考えが頭をよぎる。
何度も頭の中で反芻するが、答えはみつからない。
キースは不安を胸に屋敷に赴いた。肩で息をし必死な思いで駆けつけた。
そしてこの光景を目にし、状況に理解が追いつかなかったのだ。
何がどうなって……
「……お茶…………?」
屋敷の一室、そこでシャルティエルはゆっくりと静かにお茶を飲んでいた。その様子はとても優雅で気品に満ちあふれていた。
普段となんら変わらない風景。室内で寛ぎお茶を嗜む。それ以外のなにものでもなかった。キースは室内を見渡す。何かが起こったような様子は見られない。再びシャルティエルへと視線を戻す。やはりお茶を飲んでいる。それも微笑んで。とても美味しそうに。お茶菓子へと手をのばし、それを口へと運ぶ。ゆっくり味わうように咀嚼する。そして満足したように再びお茶を口にする。
「どう言うことだ……?」
「どういう……とは。私はただ紅茶を嗜んでいるだけですが」
「いや、なんで悠長にお茶なんて飲んで……」
「そうは言われましても。私は普段からお茶を嗜んでいますので。もしよろしければキースさんも一緒にいかがですか? とっても美味しいですよ」
その堂々とした様子にキースは余計に混乱する。
セルバのあの慌てようはただ事ではなかった。シャルティエルの身に何か良くない事が起こった明白であり、だからこそキースはこうして急いで駆けつけたのだ。
だが今目の前にある光景は、どうみても、ただお茶を嗜んでいるようにしか見えない。キースは目の前の光景が理解出来なかった。
「いや、だがセルバさんが……」
「セルバですか。そういえば慌てて屋敷から飛び出して行きましたね」
シャルティエルはクスクスとどこか含みのある笑みをこぼしている。その様子はまるで悪戯が成功した子供のようで……
シャルティエルの態度を見て、キースはある考えが頭をよぎる。
シャルティエルの身に何かが起こったとは思えない。こうして寛いているのだ。ではセルバは何故あんなにも慌てていたのか。シャルティエルが何かをしたのか、何かを言ったのかはわからない。だがそれによりセルバはああなった。そうなるように意図的に。
「……何故そんなことを」
「さて、いったい何のことですか」
「いったい何を考えているんだ……」
キースは語気を強めてシャルティエルを責める。キースの様子にシャルティエルは何がおかしいのかクスクスと笑ってみせる。
「何をそんなに怒っていらっしゃるんですか?」
「怒るに決まっているだろう!」
キースは声を荒げる。
「悪ふざけにも程があるだろう」
セルバに何をしたのかはわからない。だがあの慌てよう、よほどのことだったのだろう。 つまりはそういうことだ。シャルティエルはこちらを焦らせるためにセルバを通して茶番を仕組んだのだ。
「確かに少々やり過ぎてしまいましたね。セルバには後で謝らなければいけませんね」
「なんでそんなことをしたんだ」
「あら?」
シャルティエルが意外だとでも言うかのように驚いてみせた。
「心配して下さったのですか?」
「あたりまえだろう」
「あら。それは意外でした」
シャルティエルは笑みを浮かべこちらを見つめている。
「他人行儀なキースさんは、私がどうなろうと関係ないと思っていました」
キースは眉を潜めてシャルティエルの様子を伺う。目の前には心底楽しそうに笑う女性がそこには居た。
「すみません。ちょっと意地悪な言い方でしたね。――――ただの意趣返しです」
「……?」
「いつまでも他人行儀で接するキースさんに対して、私なりの当てつけです」
シャルティエルが舌をペロっと出して戯けてみせる。その様子をみて、キースは全てを理解した。以前キースはシャルティエルが命を粗末にしたことに対し、強めの態度で接していた。当てつけとして。
今回のシャルティエルの一連の行動。
つまりはそういうことだ。
キースは全身の力が抜けたように椅子へと座る。
そして背もたれに体を預けシャルティエルの方へと視線を向ける。
「はぁ……、本当いい性格していよ」
「あら。強かだと言ってもらいたですね」
「……」
キースはシャルティエルをにらみつける。しかし当の本人はそんな視線をなんでもないと受け流す。そして楽しそうに口を開く。
「でも悪ふざけをしたかいがあったみたいです」
「……なに?」
「言葉遣い……。また元通りですね」
言葉遣い。シャルティエルに言われてそのことに気がついた。確かにいつの間にか砕けた話し方になっていた。あの森の中での喋り方に戻っていた。知らずしらずのうちに。
キースはため息をつきながら、シャルティエルへ言葉をなげかける。
「……まったく……。本当いい性格してるよ。……てかそんな性格だったか?」
「自分で言うのもなんですが、けっこうおちゃめな性格だと思っていますよ。小さい頃はお父様を沢山困らせていたみたいですし」
「自分でおちゃめとか言うかね普通」
「そこがおちゃめたる所以ですかしら」
クスクスと笑うシャルティエル、それにつられてキースも思わず苦笑いをしてしまう。
これが本来のシャルティエルの性格なのかもしれない。初めてシャルティエルと会った時、彼女は自身の境遇に絶望し塞ぎ込んでいた。その顔からは表情が抜け落ち、瞳からは光が失われていた。
だが、今目の前にいる彼女は、屈託ない笑顔をすることが出来る人間である。
「いい笑顔だな」
キースがぽつりともらしたその一言。
その一言を聞いたシャルティエルは、とびきりの笑顔で微笑んでみせるのであった。
一週間近く間が空いてしまいました……。
しかも、こんだけ引っ張っておいて肩透かしな展開w
でも彼女には笑っていて欲しいですので、もう暗い話はポイっしたいですね。




