45 ハーブティ
町全体が夕陽色に染め上げられる時間、人々はその日を終えるために各自それぞれ行動していく。ある者は家路に、ある者は店じまいを、ある者はその日最後の食事を。
そんな様子が町の至るところでみられるなか中、キースはシルビァーナから頼まれた用事を済ませるためにある場所に向かって足を動かしていた。
目的地に近づくにつれ、町の様子が少しずつ様変わりしていく。雑多な街並みから落ち着いた雰囲気の建物が多く見られるようになっていき、そこに住む人々もそれに伴い裕福な身なりをしているように見受けられる。
今通っている町中は高級層が多く住んでいる一角である。この辺境の町であるイデアランにもそういった層は一定数存在していのだ。キースがこれから向う先もそんな高級層の中にあるものであった。
「この屋敷か」
シルビァーナから伝えられた場所に辿り着いたキースは、目前に建てられた立派な建物を感心したように見上げる。その建物はそれなりの広さを誇る屋敷であり、いったい何人住めるのかと数えてみたくなるような規模である。キースのような庶民にはまず縁のない、そんな屋敷であった。
扉の前まできたキースは、扉に備え付けられているドアノッカーを叩き訪問の知らせを伝える。
確かこんな使い方で合ってよな……などと若干の不安を覚えつつ建物の中から人が出てくるのを待っていると、ゆっくりとその扉が開かれた。そしてその扉から姿を現した人物を見てキースは、おや? と疑問を頭に浮かべる。
扉から姿を現したのは熟年の女性で、キースより少し年上のように見受けられる。そしてその人物にキースは心当たりがなかった。知っている人物が出てくると思っていたキースは、その人物の名を口にする。
「失礼、この屋敷にセルバ・イシュタイン氏が居るとお聞きしたのですが。セルバ氏はご在宅でいらっしゃるか?」
「はい、少々お待ち下さい」
出てきた人物が扉の向こうへと姿を消していく。
「ようこそおいで下さいました、キースさん」
女性が屋敷に入って少しの間がたち、そしてその後見知った人物が姿を現す。
「こんばんわ、セルバさん」
セルバに案内され屋敷内へと足を踏み入れる。屋敷の中は外から見た時と同じように、とても立派な内装をしており、庶民のキースからしたらやはり別世界だと感じさせるものであった。キョロキョロと室内を見渡していると、セルバから声をかけられる。
「それでキースさん、本日はどのようなご用件で」
「ああ、そうだった。シルビァーナから用事を頼まれまして。」
鞄から荷を取り出し、それをセルバへと手渡す。
「そうでしたか。わざわざ届けて頂き、ありがとうございます」
丁寧に腰を曲げて感謝するセルバに、キースは気にしないで下さいと伝える。
「ところで、少し気になったのですが先程の女性は?」
キースは先程出迎えてくれた見知らぬ人物のことをセルバに尋ねる。
「彼女はこの屋敷の管理していた者になります。私共がこの屋敷を借受ける際に、引き続き屋敷のことをお願いいたしまして。私だけで屋敷を見て回るのには少々無理がございますので。正式な使用人を雇うまで彼女には屋敷に居てもらっております」
「なるほど、そうでしたか」
セルバと話をしていると、ちょうど話題の人物が二人の前に姿を現す。その人物は流れるような動作でキースの前に物を運んでいく。
「こちらハーブティーになります」
「あっ、これはどうもご親切にっ」
キースの前に真っ白な器に入れられたハーブティーが置かれる。普段キースが使う食器などとは違い、とても繊細で粗雑に扱ったらすぐにでも壊れてしまいそうだ。
おそるおそる器を手に取り、ハーブティーの匂いをかぐ。落ち着いていてそれでいてしっかりとしたその香りに、キースは既視感を覚える。
ハーブティーを口に含む。匂に裏打ちされた爽やかで心地よい渋みである。
「___美味い。ノーブリティで入れたお茶がこんなに美味しいなんて」
「ノーブルティをご存知でしたか。キースさんはハーブティにお詳しいのですね」
セルバは感心した様子でキースに話しかける。
「あ、いえ。お茶に詳しいというわけではないですよ。ただ元となる葉を知っていたというだけでして。なのでこうしてお茶にして飲んだのはこれが初めてです」
「そうでしたか。ノーブルティはあまり市場に出回らない希少な茶葉なのですが、このイデアランでは比較的入手しやすいとミルヴァさんからお聞きしまして、それで彼女にお願いして購入してきてもらったんです。」
ミルヴァと呼ばれた使用人がお茶請けのビスケットをテーブルに置き終えると、にこやかな笑顔をキースに向けて説明をし始める。
「このノーブルティはキースさんが摘んできた物なんですよ」
「え?」
ミルヴァの言葉にキースは少々間抜けな顔をする。またセルバも同じように驚いた表情をしている。
「このノーブルディは、【花かおる丘】店から購入したものなんです」
「花かおる__ あっ! バルばぁの店かっ!!」
【花かおる丘】とはキースが定期的に葉を譲っている店のことである。キースは普段薬草の他に調味料や香辛料などにもなる植物なども幾つか採取しており、先の話に出たノーブルティも同じように摘んでいたのだ。
「まさか俺が摘んでいる葉からこんな美味しいものが出来上がるなんてなぁ」
「ノーブルティだけではなく、他の茶葉も大変人気なんですよ」
「へぇー」
葉は摘むが自分では入れて飲んだことが無いキースは、感心したようにしながらハーブティーを口にする。こんなに美味しいのであれば自分でも入れてみようか、などと考える。
「まさかキースさんが摘んだものだとは。そうとは知らずに自慢げに語ってしまい、これはなんともお恥ずかしい事を。申し訳ありません」
「あっ! いえいえっ! そんな謝らないで下さい。飲んだことが無いのは事実ですし。」
頭を下げ謝罪するセルバにキースは困り果ててしまう。
「それにしても、キースさんとミルヴァさんはお知り合いだったのですね」
「え?」
「__違うのですか? ミルヴァさんはキースさんの事を知っていらっしゃるようでしたので……」
そういえばそうだ。先程のミルヴァの発言はキースを知らなければ出ない言葉である。しかしキース本人はミルヴァに見覚えがない。そんな疑問を察したのかミルヴァが朗らかな笑顔で説明してくれた。
「いえ、私とキースさんは知人という訳ではありません。キースさんが花かおる丘に葉を卸しているをバルニオスさんから聞いただけですので」
ミルヴァの発言にキースは納得の表情をする。バルニオスとは【花かおる丘】の店主である。結構な歳にも関わらずかなり元気が老婆であり、そこいらの若者なぞ彼女の眼力一つでチビリ上がるほどの人物なのであった。
「なるほど、バルばぁか。あの人無駄にお喋りだからなぁ。」
「それで幾つかの葉はキースさんが卸した物だとお聞きして、それから私が一方的に知っているだけなんです。あ、でも、実は一度キースさんとお話したことがあるんですよ?」
「え? そうなんですか?」
「ええ、とはいえ、キースさんが葉を持ってきた時に、丁度私もお店に買い物に行ってて、そこで軽く挨拶した程度ですけど。ですのでキースさんが忘れていても仕方がないです」
「そんな事が。いやはや、これはお恥ずかしい」
キースは頭を下げる。それに対しミルヴァはクスリと微笑んで返すのであった。
そうして軽く会話をした後、そろそろ外も暗くなってきたところでキースは屋敷を後にす用とする。
「それではもう良い時間ですし、私はこれにて失礼致しますね」
「今日はどうもありがとうございました。」
「いえいえ。それではシルバさん、それとミルヴァさんも」
「はい」
シルバとミルヴァが丁寧なお辞儀をしてキースを見送る。
「それでは_____」
ガシャァァンンン!!!
キースが屋敷を後にしようとしたその時、その屋敷内から大きな音か聞こえてきた。何かが崩れ落ちるような、割れ砕けるような。そんな音の中に、わずかな悲鳴のようなものが混じっているのをキースは、そしてシルバは聞き逃さなかった。
「!? お嬢様!!!!」
その音を耳にし、シルバは勢いよく屋敷の中を駆け抜けるのであった。
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