16 いつも誰かが傷つく。
キースとナタリーは一度ソフィアの病室から出て、先程の部屋へと戻る。そして椅子に腰掛け先の事を思い出す。
「ソフィアさん、どうしちゃったのかしら……。」
「わからん。だが、あの様子……ただワイバーンに襲われた事を思い出して混乱している風には見えなかった。」
ソフィアのあの状況は、恐怖により混乱しているのとは少し様子が違うように思えた。必死に、何かを懺悔しているかのように。
しばらくすると、シルビァーナが二人の元へ戻ってきた。
「シルビァーナさん、ソフィアさんの様態は?」
「ああ、かなり錯乱していたからね。鎮静剤を飲ませ寝かせているよ。」
「そうですか。」
「それにしても、あんなに取り乱すなんてちょっと普通じゃないね。何かしらの呪いを受けたのではないかと思って調べてみたが、別にそういった事はなかったさね。」
「何も問題は無かったと。」
「ああ。少なくとも外的要因はなさそうだね。」
ではいったい、ソフィアは何をあんなに取り乱していたのか。
キースが考え込んでいると、シルビァーナが話しかけてきた。
「これは私の推測でしかないんだけど。 ___アンタに何かしら関係があるんじゃないかい?」
「俺に?」
「ああ。最初目を覚ました時、あそこまで取り乱してはいなかった。しかし、あの子はアンタの顔を見た瞬間、突然ああなった……。無関係とは言い切れない。何か心当たりはないのかい?」
「心当たり……。思い当たることは……」
思い当たることは無い___そう言おうとして、ある事がキースの頭によぎる。
「何かあるのかい?」
「確証があるわけではない。まったくの見当違いの可能性もある。だが、他に何か変わった出来事があったとは言えない状況を考えると……」
キースは自分の左腕を前に出す。
「!? ___それがあの子と関わりがあるとでも。」
シルビァーナは驚いた様子をみせる。シルビァーナだけではない。ナタリーも同じようにして驚きの表情をしている。
「わからない。だが……。」
キースが一呼吸を置いて、自身に起こったことを説明する。
「ワイバーンと遭遇した際に、同じような現象が起こったんだ。」
「っ!? どういうことだいっ!!」
「さっきも言ったが、俺には何もわからない。怪我を負ったと思ったら突然傷が治っちまったのさ。あの時も今回と同じぐらい___」
キースは言おうか、言うまいか悩み、そして決断した。
「いや違うな。あの時の怪我は、治せるとか治せないとか、そういう状態ではなかった。俺は_____自分が死んだと思っていた。」
「っ!!?」
ナタリーが息をのむのが判った。いらぬ心配をかけたくはなかった。だが黙っていることは出来なかった。
「自分の身体から魂が抜けていくの俺は感じていた。ああ、これが死なのだと。だが実際は違った。意識を取り戻した時、俺は無傷な状態だった。わけが分からなかったよ。死んだと思っていたら傷一つ付いてなかったんだからな。」
キースは自分の左腕を擦ってみせる。
「そして今回のこの回復と来たもんだ。何か変わったことがなかったと聞かれたら、これしか思い浮かばないさ。」
しばしの沈黙。
シルビァーナはどう言葉を発して良いのかわからなかった。とても信じられる話ではない。死から回復? とてもじゃないが治療と言えるものではない。あまりに荒唐無稽過ぎる。普段なら、ほら話と吐いて捨てていただろう。だが、実際にこの目で見てしまった。キースの身体に起こった異常なまでの回復。治療師として目をみはる現象を。
恐らくキースが感じた死は、実際には死んではいなかったのだろう。瀕死の重傷からの回復を得て、そう錯覚してしまったのだろう。シルビァーナはそう結論づける。しかし、それでもキースの言葉を信じるなら、重傷から回復したのは間違いなさそうだ。そして先の欠損からの回復。シルビァーナこの状況を説明つけようと必死に思考を巡らせる。
「…………その時も…」
皆が沈黙する中、ナタリーは震える声でキースに話かける。
「……その時も、【身代】を使用したの……?」
室内に重い空気が流れる。
死を予想される程の傷、それを身代りしたのか。
ナタリーはキースに問いただそうとしている。
ナタリーの問いかけにキースは答えようとするが、その前にナタリーがキースへと迫りくる。
そしてキースの顔を睨みつけたかと思うと、いきなり全力で殴りかかってきた。
「……どうして…どうして! どうしてっっ!!!!!」
続けざまに二発、三発とキースに殴り掛かる。呆気にとられるキースを無視し、ナタリーはなおも殴りかかる。
「ナタリーちゃん、落ち着きな!! どうしたんだい!!」
止めに入るシルビァーナを他所に、ナタリーはキースを激しく攻め立てる。
「どうして!? どうして!?? なんで!! なんで…」
目からは大量の涙、そして嗚咽混じりにナタリーは声を上げてキースに激しく言葉を投げかける。
「身代り使ってキースが死んじゃったら意味がないじゃない!! どうしてそれがわからないのっ!! なんでそんな事するのよっっ!!!」
これまで溜めていたものが溢れ出るように、攻める言葉は止まらなかった。
「何時も!! いつもいつもいつも!!! 身代り使っても結局誰かが傷つく!!誰が? 誰よ!! アナタでしょ! 結局!! 全部ぜんぶアナタじゃない!! どうせ誰かが傷つくならアタナじゃなくてもいいじゃない!! なんでよ! どうしてそれが分からないのよ!!」
キースがナタリーの腕を取り殴るのを止めさせようとするが、ナタリーは抵抗し激しく腕を振り回す。それでも必死に止めようとし、肩を掴んでその動きを止める。
「ナタリー、落ち着け! 」
「離してっ!!!!!」
ナタリーはさらに感情的になり、キースを突き飛ばす。そして寝台の横に置いてあったキースの所持品から小型ナイフをとりだし、唐突にそれを自分に顔に突き立てた。
「何をっ!!?」
深々と刺さったそれを、ナタリーは自分の手で勢いよく振り抜き左頬を切り裂く。
「馬鹿野郎っ!!」
キースは素早くナイフを手で掴みナタリーから奪い取る。勢いよく奪われたナタリーは体勢を崩し床に倒れ込む。ナタリーは左頬に手を添えるが、あれだけ深く切り裂いたのにそこには傷はおろか血の一つ存在していなかった。
ナタリーはキースを睨む。キースの頬は深く切り裂かれて血が流れていた。
「いったい何をやってるんだ! 馬鹿な真似はよせ!!」
ナイフを片付け、キースは頬の傷を拭う。
「ったく、いったいどうしたんだナタリー。自分の頬を斬りつけるなんて……。女の子の顔に傷が残りでもしたらどうするんだ__」
「頼んでない!!」
感情を爆発させ、ナタリーは心の叫びを吐き出す。
「頼んでない!! 私は身代りなんて頼んでない!! 頼んでない…! たのんで…ない…」
目を真っ赤に腫らし、大粒の涙を流し。嗚咽にまじりながらナタリーは何度も言葉を吐き続ける。キースへと近寄り、静かに手を伸ばすと、その頬に出来た傷跡を優しく撫でる。真新しく出来た傷を、そしてその下にある古傷を。ナタリーは何度も撫でていく。
「頼んでない…… 頼んで…ないもん…」
力なくキースへとしなだれかかり、消え入りそうな声でただそう呟いていく。
ナタリーのこの様子に、キースはふと昔を思い出した。
元からあるキースの頬の古傷。これはずっと昔にナタリーの身代りで負った傷であった。当時まだ子供だったナタリーは、ある出来事で全身に大怪我を負い、瀕死の状態になっていた。それをキースが身代りでこの身に移し、難を逃れたのである。
キース自身は身代りしたことをすっかり忘れていたが、ナタリーは今もそれを覚えていたのだ。そして今回キースがソフィアに身代りを行い重傷を負ったことを知り、当時を思い出してしまい感情が爆発してしまった。ナタリーの一連の行動についてキースはそう判断した。
ナタリーの肩に手を置き、優しく抱きしめる。
「嫌なことを思い出させちまったな、ごめんよ。大丈夫だから。なっ? 大丈夫、大丈夫。」
背中をさすり、あやすようにしてゆっくりとナタリーに話しかける。ナタリーが子供だったころ、昔やっていたように。
「大丈夫だから、俺がついてる。もう怖くないぞ? な? 大丈夫、大丈夫。」
「…ちが…う、もん ちが…う 」
嗚咽混じりの消え入りそうな声で、ナタリーはそう呟くのであった。
次の話は明日の朝8時間頃を予定しております。




