僕、就職戦線に立つ
僕はデザイナーになりたかった。
だがモデル達がファッションショーのランウェイで着るような華やかな服が作りたいという訳ではない。
僕は仕立屋になりたかった。
そして祖父と同じようにスーツなどを作りたかった。
しかし今の世の中、スーツに限らず服のほとんどは手作りではない。
祖父も店をたたみ、もう十年ちかくになる。
これから「仕立屋になりたい」などと言っても、どこかで下働きさせてもらい、仕事内容を覚えるしかないが、先ずその下働きする会社が見つからない。
僕は進路希望を高校に伝えた。
「僕がなりたいのは『服の仕立屋』です。
『銀行の現金出納担当者』じゃない」
「手違いかも知れないが君がなりたいと思って、良かれと思って高校側としても手を尽くしたんだ。
君が今更『こんな仕事には就きたくない』と就職話を蹴ってしまうと来年度以降の後輩達の就職に多大な迷惑がかかってしまう。
今は『第二新卒』などと言って、すぐに仕事を辞めた者もまた新卒者として扱う事が多いんだ。
すぐに辞めてしまってもかまわない。
一旦就職してくれないか?
すぐに辞めるもしょうがない。
もしかしたら、自分でも考えていなかった天職かも知れない。
ただでさえ『仕立屋』など就職先を見つけるのが難しいんだ。
一旦銀行員として働いてみないか?
銀行員・・・悪くないと思うな」
高校の就職担当は作り笑顔で言った。
僕の不手際なら僕が責任を持つのもしょうがない。
でも今回のように『高校側の不手際』であれば、こちらは責任を取る必要は全くない。
それどころか『高校側の不手際』によって被った損害を法的に請求する裁判を起こしてもおかしくはない。
僕は訴訟を起こすつもりはないが高校側の、自分らの不手際は置いといて『お前が就職を辞退したら高校の後輩達に迷惑がかかる』と言う言い分が気に入らなかった。
そんなもん、どう考えたって責任を取るのは高校側だろう。
そのせいで僕は全く希望していない銀行に就職させられそうになってるんだから。
大手都市銀行なら凄いと思う。
地方銀行でもまあそこそこ凄いとは思う。
でも就職先は聞いた事のない信用金庫、しかも現金出納担当者だ。
テラーのほとんどは女性で正社員は少なく派遣社員だと言う。
そこまで進路指導の先生が言うような「凄い仕事」ではないと思う。
要は「僕を、その信用金庫に押し込んで自分のミスを揉み消そうとしている」のだろう。
正直この就職担当の教師を信用する事は出来ない。
ここでゴネるよりも一度就職した後、自分で職探しした方が良さそうだ。
僕は一度『桑名信用金庫』略して『くわしん』に就職する事にした。