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男爵令嬢の思惑

「……貴女に、だそうですよ」


 ロイは巻いた羊皮紙を、部屋の外で控えていた従僕に手渡した。顔を包帯でぐるぐる巻きにした従僕は、訝しげな様子を隠しもせずに、それを受け取る。何気なく開いて目を走らせるが、次第にその手は震え、最後には羊皮紙を顔に押し当て、籠もった泣き声を上げ始めた。


 ロイはその様子を見ながら、つんと拗ねたように唇を尖らせる。


「ずるいですねえ。今もメアリは、貴女を想っているんですから」


 従僕はそれには応えず、握り締めてシワになった羊皮紙をそっと撫でる。それから丁寧に丁寧にたたんで、懐に入れた。上げられた顔には涙の跡があるものの、目は胡乱げにロイを見つめている。


「……何ですかその目は。ずるいのは僕だって言いたいんですか?」


 従僕はこくりと頷いた。そして今しがたロイが出てきた……メアリの部屋のドアを見る。正確にはこのドアの向こうには小さな正方形の部屋が二つ繋がっていて、メアリがいるのはその先だ。


 メアリがルートヴィヒ家に嫁いで、今日で一年になる。ここに来てひと月ほど経った頃に、メアリは両親や、義妹、そのハーレム達の末路を知った。どこから仕入れたのか、ロイが持ち込んだ怪しげなビデオとかいう機械によって、限りなくリアルに。


 メアリはすっかり狂ってしまった。表面上は何でもないように振る舞うが、ロイ以外の人間のことを、人間だと認識できなくなってしまったのだ。医師の言うことには、また自分が誰かと関わって、その人間が害されることを恐れた防衛本能かららしい。


 それを聞いたときのロイの顔を、従僕は一生忘れないだろう。あくまでも年相応に、まるで念願の一人部屋でも与えられたような……支配欲と独占欲が同時に満たされたような、この上なく幸せそうな顔をしていたのだ、この主は。


 それを踏まえて、ずるいのはどちらだ、と、従僕は溜息を吐く。ロイもそれを分かっているので、尖らせた唇を戻して、ケラケラ楽しそうに笑った。


「本当に、可愛いですよねえ。メアリの時間は、あの瞬間で止まっているんです。あの瞬間以降のことは、僕のことしか覚えてない」


 閉められたドアを見るロイの目は、心から幸せに満ちている。包帯の従僕は、やれやれとでも言うように肩を竦めた。狙ってやったことではないといえ、メアリが狂った原因を作ったのは、間違いなくロイである。


 結果的にメアリは毎日ロイ以外の人間と会うことも出来ず、ロイのいない時間は一人きりで、部屋に籠もって過ごしている。それは本当にメアリにとって幸せなのかと、偶に考えるが……その度に、ノアに虐げられるよりはよっぽど良いだろうと思い直すのだ。結局のところ自分も、この主と、考えの根っこは変わらない。


 自分はもう、メアリと話すことは叶わないが……この手紙があれば、他にはもう何もいらない。彼女はひとりぼっちになって、狂ってしまっても尚、自分の名前を手紙に記し、こうしてクッキーなど強請ってくれるのだから。


「……どうしたんですか? まさか、後悔しているとでも?」


 ロイの問いに、従僕……アリサは、しっかりと首を横に振った。


 メアリの側を追いやられ、六十過ぎの子爵に嫁いだ暫く後。どうにかしてメアリの元に戻ってその身を救おうと画策していたアリサの元に現れたのは、このロイであった。


 彼もアリサと同じように……もしかしたらアリサよりも酷い仕打ちで、男爵家を追い出されていた。けれども離れる瞬間にメアリが泣いていたこと、自分に手を伸ばしていたことが忘れられず、彼女を手に入れるまで止まらないのだと、据わった目で自分に告げた。


 そうしてロイが公爵家に取り入るのを手伝ってくれるのなら、メアリを無事娶った後は、こうして従僕として雇ってくれるとも。


 アリサは迷いなく、その要求を飲んだ。


 ロイの仲間の子どもたちではどうしても手に入れられない情報は、アリサが集めていたのだ。子爵婦人として社交界に潜り込み、あらゆる手を使って、ロイが必要とする情報を手に入れた。時には、女であることを最大限利用した方法で。


 そうしてアリサが集めた情報で、ロイは見事公爵家の養子となった。程なくして「原因不明の変死」を遂げた子爵の元からアリサは逃げ出し、こうして包帯で顔を隠し、従僕の服で性別すら隠した上で、ロイの下に仕えている。


「……忘れられてると思ってたから。感動しただけ」


 アリサは鼻をすすって、涙声でそう言った。普段は話さないようにしているが、ここでだけは特別である。ルートヴィヒの屋敷のうち、この棟に入れるのは、ロイとアリサだけだ。


「ああ、それは、確かに。僕もまだメアリが、そんなに長い文章を書けるとは思っていませんでしたね」


 長い長い手紙は、少し文章のおかしいところはあったが、概ねしっかりとしていた。ここ最近少し幼児返りの気もあったメアリが書いたとは、中々に信じ難いことだと、ロイと二人揃って首を傾げる。


「でも、最後らへん、結構雑だし。しっかり書いてんのはアンタと踊るまでだから、やっぱ、あの辺から記憶がおかしくなってんじゃないかな」


「そう……なんですかね。でも、僕は結構、貴女とメアリ、三人で過ごす時間も気に入っていたので。またメアリが貴女と話が出来るなら、それに越したことはないのですが」


 ロイの言葉に、アリサは思わず鼻で笑うのを止められなかった。ロイも気にした風もなく、あっけらかんとしている。


「よく言うよ。そんなつもり無いくせに」


 メアリの容態が悪化するにつれ、ロイの独占欲も、異常なまでに進化しているのを、アリサはよく知っている。こちらに嫁いできたときには何人もつけていた従僕も、今やアリサ一人だ。それは恐らく、メアリの話を、他の誰とも共有したくないから。


 アリサとだって、一体いつまで共有してくれるつもりなのか、分かったものではない。ロイはまたいつもの、眉を下げた困り顔で笑う。


「半分は、本当です。アリサに叱られるメアリを、ベッドの上から見るのは、僕の人生で最も尊い時間でしたから……」


 懐かしむように目を閉じたロイに、アリサも当時のことを思い出す。ノアが来る前、ロイが男爵家に迎えられてすぐの頃の話だ。あの頃メアリは懸命にロイの看病をしすぎて、令嬢としての勉強を疎かにしたり、時には自分の睡眠時間を削ったりしていたので、よくアリサが叱っていた。


 アリサにとっても掛け替えのない思い出だが、まさかロイも、そう思っていたとは。


「何ですか、その顔は。今日はよく喋るようですし、この際です、どこでも言いたいことは言ってしまえば良いんじゃないですか」


「冗談。これからもこの部屋の前以外で、アタシが喋るこたないよ」


 第一、声で女ってバレたら面倒だろ。


 元来女らしいことを厭う傾向にあったアリサは、従僕として、男として過ごす今を、それなりに気に入っている。それに、目覚めているときは無理だが、寝ているときにはこっそりと、メアリの顔を見ることが許されている。


 独占欲は異常だが、この主は、存外本気で、自分を「共犯者」として認めてくれているらしい。


「まあ、貴女がそれでいいなら、僕は構いませんけれど。貴女時々、面倒だからって理由で黙っているでしょう」


「……」


「今もですよ」


「はは。ま、多少は許してよ」


 話しながらロイは、名残惜しげにドアを撫でて歩き出す。アリサも笑いながらそれに続いた。


 復讐はとっくに終わったが、公爵の一人息子となったロイには、毎日飽きるほどに仕事が回ってくるのだ。当代の公爵というのがまた変わり者で、姿を見せない婚約者にも、喋らない従僕にも、何も口を出してこない。


 「あの糞爺は、僕がちゃんと仕事をしている限りは味方ですよ」と、苦々しく呟いたロイの顔を見て、珍しい、コイツが苦手な人間なんかいるのかと、不思議に思ったのも記憶に新しい。おかげでロイはメアリばかりにかまけることが出来ず、こうしてメアリから手紙を貰えたのだから、アリサとしては当代様々である。


「はあ。僕にも手紙、書いてくれませんかねえ」


「毎日話してるだろ」


「話してますし、触ってますし、抱いてますけど。なんですかね、お手紙って、特別な感じがしません?」


「ハハハ。存分に羨ましがれよな」






 遠ざかっていく笑い声を、部屋の中で一人メアリが、ぽつんと聞いていた。幾重ものドアに隔たれているせいで会話の内容まではっきり聞こえなかったが、どうやら心配していたことは起こらなかったようで、メアリはそっと胸を撫で下ろす。


 けれども、手紙、という単語が何度も出ているのはわかった。この手は何度も使えない。何かまた、新しい方法を考えなくては。


「……はやく、だれか……」


 ベッドに潜り込み、小さくつぶやいた声は、誰にも届かず空気に溶けた。

一ページ目のお手紙を、段落最初の一文字だけ拾って縦読みでどうぞ。


次頁はネタバレと解説ありのキャラ紹介です。

感情のまま書き殴ったのでよくわからないかなと思ってつけたのですが、

興醒めなのでどうしても見たい方だけどうぞ。

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