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第1話 面影

いつだったんだろうか



この言葉をきいたのは…



何でそんな言葉を私に言ったのか



それは分からないけど



はっきりと覚えている



名前も知らないあなたが私に言った約束



「絶対迎えにくるから」



あなたはいつ迎えにきてくれるの?





「祐菜、悪いけど別れてくんない?」


私は今日でフられた回数が23回目を更新した。


元彼の星也は特に悪びれもなく軽く(例えるなら道端で知らない人と肩が当たったときみたいに)もう一度謝った。


「何で」


いつも通り理由を聞いてみる。


「それは、なんつーか…」

星也は言いにくそうにヘラッと笑って言葉を濁した。


私は軽く眉を寄せた。


つまんないの。


男って何でこうもみんなおんなじ反応するんだろう。


理由はだいたい分かっていた。


『祐菜、全然甘えてこないし。正直楽しくない』


6番目の元彼の言葉を借りればこんな所だろう。

私の見た目と中身を勝手に一緒にする奴が悪いのだ。


「えっ、うん。だからさ…」

「もういいや」


私はため息混じりに言い訳を一生懸命考えている星也に言った。


みじめだった。

私がじゃない。


星也が、だ。


そう?それならじゃーな。


そう言い残すと星也はウザい前髪を右手で寄せて私に背を向けた。


あっさりとバイバイされた私。

もしこれがマンガだったら泣いて止めたりするんだろうな、と少し思った。


でも私はそんなこと死んだってしたくない。


それにもう慣れてしまったのだ。



慣れてしまったことにいちいち泣いたりなんて無駄なことしたくない。


いつも通り。


ただそれだけ。


私はいつの間にかカバンに積もっていた雪を払い落として歩き出した。「で、めでたくフられた回数を更新しましたってか?」


「うん」


微笑んで答えてやると詩季は熱そうなココアを口に含んで言った。

「寂しくないわけ?」


「うん」


「全然?」


「うん?」


詩季はふぅん、と言って店内を何かを探してるように見回した。


私はあんまり気にしないで鏡を出すとリップを付けた。


桜色のリップを付けると自分が少し大人っぽく見えるのが好きだった。


店内は学生が多くざわめいていた。

ショパンのタランテラが流れているのを真剣に聞いているのなんか吹奏楽部の私くらいだろう。

「あれ」


詩季は何かを指して言った。


鏡から顔を上げると詩季がその方向に視線を送った。


「あんたあれ見て何も思わないわけ?」


見ると見知った顔(多分16〜21番辺りの元彼)がどこにでもいそうなストパーの女とバカ笑いしていた。


女の方は食べたゴミが足元にあるのにそれを踏んでいてみっともなかった。


「女がみっともない」


「まぁね」


詩季は薄い唇の端を上げでもね、と付け足した。「普通は元彼のことを先に気にするもんよ」


「何で」


私達はとっくに別れて私もあいつ(名前忘れた)もそれぞれ好き勝手生きてるだけだ。


「女はね一回付き合った男は別れても自分のもんだと思うもんなの」


「それってまだ興味あるってことじゃん。私もう興味ないし」


嘘はついていない。


「だから」


ため息混じりに詩季は言った。

「元々好きだった相手なんだから、例え喧嘩別れしたって『どうしてんのかな』位は気になるもんなの」


「へぇ」


私はぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。



付き合ってと言われるから付き合った。

別れてと言われたから別れた。


私が興味があるかないかじゃなくて全ては向こうの気分次第だ。


友達でいたかった人も元彼の中にはいた。


でも、嫌われたり変に堅いと思われたくない。

そう思っている内に私は何故かこんなに彼氏ができて、こんなにフられた。


昔は淡い恋心を抱いたりもしたし、フられれば悲しくて一晩泣いたこともある。


でも私は次好きでもない人に告白されても付き合ってしまうのだろう。


嫌な女だと自分自身が一番分かっている。

「もったいない」


詩季は下唇を突き出してすねたような顔になる。

「私が祐菜みたいな顔だったら男侍らせて遊ぶのに」


鏡を取り出して詩季があーあ、と顔をしかめる。


「不公平なんだよね神様って」


私はちょっとイラッときて眉をひそめた。


人の顔を羨ましがる詩季には付き合って3年目の彼氏がいる。


詩季は甘え上手で要領よく恋愛ができる。


私と詩季と比べたら詩季の方が人に好かれやすいということは詩季も自ら分かっているだろう。


そのことを分かって言っているのだから嫌味に聞こえても仕方ない。


「彼氏さんがいるんだから顔なんか別にいらないんじゃない?」

少しトゲを含ませた言い方になってしまった。


でも詩季は嫌味と取らず尊敬か羨望と取ったのから嬉しそうにだよね、と笑った。


こういうところも好かれる一因かもしれない。



私はコーヒーを一気に飲んで立ち上がった。

「帰るよ」

「わかった」

短い挨拶をして出口へ向かう。


元彼と一瞬目があった。気まずそうな顔で顔を歪めた。いや、笑ったのかもしれない。


私は何も反応せずに自動ドアから出た。


雑踏の中を歩いていると、知らない男に声をかけられた。

「ねぇ、君一人?」

無視。携帯を出して早足で進む。

メールが来ている。

この間、メアドを聞きに来た隣のクラスの男子だ。

名前は確か長原晶。

芸能人と一文字違いなので覚えやすかった。

横で

「メアド教えて」とか言っている男をまくために駅前の交番の前で止まる。


「ねぇ」

「何なに?メアド教えてくれる気になった?」

「あと10秒で消えないとどうなっても知らないよ」


私は交番の中のお巡りさんに目線を送ると不審気な顔で男を見ている。

お巡りさんが立ち上がったのを男は見て雑踏の中に消えていった。

「君、どうしたの」「いえ、道を聞かれたので交番まで連れてきたんですが…どこかに行っちゃったんですよ」

では、と言って立ち去ろうとすると初老のお巡りさんは

「気をつけてね」と手を振った。


私は優しいお巡りさんに手を振って駅の改札に向かった。

開けっ放しだったメールを見ると内容はこうだった。

『いきなりメールしてごめんな?中浜さんって音楽に興味ある?吹奏楽とかじゃなくてバンドとかのやつ』

長原君が中浜さん、と書いてあるのには好感が持てた。

実際話してもない人がメールでは馴れ馴れしくする人は何となく好きになれない。

『あるよ。でも何で?』

短く長原君に返信した。

ホームに入ってきた電車に乗り込むとある人に目がいった。

学校の駐輪場でたまにすれ違う人だ。

結構制服を着くずしていて先生に何かと目をつけられそうな感じだ。

向かい側の駐輪場だから恐らく4組なのだろう。

その人は出入り口の近くで外を眺めていた。

何となくそのまま見ていると背後をチラチラと見て口が僅かに動いている。

しばらくして怒ったように眉を寄せた。

幽霊でもみえるのだろうか。

少し興味が湧いて近づこうとすると携帯が震えた。長原君だった。

『俺【warm lie】って バンドやってるんだけど良かったら来ない?』

面倒だな、私は考える間もなくすぐに思った。

そもそもバンド名の直訳したら【暖かい嘘】っていう時点で気に食わなかった。

嘘に暖かさなんて無いのだ。あるのは人の心を傷つける冷たさだけ。

すぐに断りのメールを作成し始める。

半分くらいできた時、窓際のあの人は小声で電話し始めた。

「うん…行くって、それで電話かけて来たわけ?」

私は少し盗み聞きしながらメールを打つ。

「てか何で【warm lie】がバンド名なの?」

【warm lie】。そう聞こえて目線を携帯画面から少年に移す。私はメールを打つ親指を一回停止させる。

長原君のバンドの人か友達だろうか。そういえば長原君も確か4組だった。

「晶、うん。そっか良いと思うよ」

少年は何かを納得したように微笑んだ。その笑顔はとても優しくて暖かい感じがした。

心臓が大きく一回動いた。

過去のあの人の笑顔と重る。

少年は広東園の駅に着くと電話をしたまま降りて行った。

私は今作っていたメールを全部消して代わりに別の文を打つ。

『良いよ。楽しみにしておく』

メールを送信した。

私は今降りていった少年とあの人の面影を重ねた。

確実にあの人じゃないと分かっているがどこか似ている少年が気になった。

思わず了承のメールを送ってしまった。

あの人の面影を追って。

「何やってんだろうね」私は自嘲気味につぶやいたが、電車の揺れた音できっと誰にも届かなかったと思う。

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