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小さな物語たちより 02 ~物語を綴ること~

作者: 火ノ森未来

今回はWordで5ページ。今作も暇つぶしになれば幸いです…。

 ここは街外れにある喫茶店。

 日々忙しさに溢れる日常から切り離された、落ち着きのあるゆったりとした時間を過ごせる場所です。

 そんな当店は今日も静かで、落ち着きのある時間が流れています。

 ……決して、暇というわけではないです。

 例え今お客様がいらっしゃらなくても、れっきとしたお仕事の時間です。私はするべきことをキチンとします。

 とはいえ、お掃除は先ほど済ませ、下準備は既に終わっているので、今すぐ何かをしなければならない、というわけではないのです。

 なので、心持ちは常にお客様をお迎えできるようにするのです。

 ……ほんと、暇というわけじゃ、ないですよ。

 などと思っていると、お客様の来店の合図、鈴の音が響きました。

「いらっしゃいませ」

 ドアの方を向き、静かにお声をかけます。

「どうも」

「お久しぶりでございます」

 いらっしゃったのは、二十代半ば程の男性です。とても清潔感があり、落ち着きのある人です。

 そして、つい一年ほど前まで当店の常連様でした。

「カウンターでいいですか?」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」

 私はお客様を席へと案内し、そっとメニューをお渡しします。

「ブレンドと、……ショートケーキで」

「かしこまりました」

 伝票にさっとご注文を書き、私はコーヒーの支度をします。

 当店自慢のブレンドコーヒー。お客様に人気の一品です。……配分は秘密です。

「ああ、良い香りですね」

「ありがとうございます」

 今はお客様がお一人のため、気軽にお声をかけてくださいます。私は、こういう時間も好きで、だから、このお仕事が大好きなんだと思えます。

「前から失礼致します。ブレンドコーヒーとショートケーキです」

 そっとご注文の品をお出しし、小さく会釈をします。

 静かにコーヒーを飲み、合間にケーキを食べられる。一見そのご様子は普通に思えます。ですが、あまり元気が無いように見えます。

「……あの」

「?」

「森坂先生、ですよね」

「はい。知ってて、というか覚えてくれてたんですね」

「もちろんです。よくあちらの席で書かれていたのを覚えています」

「はは、あの頃はすみません」

「いえ、大丈夫です」

 そう、昨年まで当店の常連様だったこの方、森坂先生は、昨年新人賞を受賞し、今は若手人気として有名な小説家なのです。

「先生の本、読みました」

「ほんとですか?」

「ええ。新人賞作品の『朝日を彩る花屋』とても素敵でした。家族愛に周りの方達の愛情溢れる交流、とても心が温まる本でした」

「ありがとうございます」

「それと、次に出された『あの日の夕焼けへ』も好きです。青春時代の切なさを振り返りながら成長していくストーリー、心に響くものがありました」

「そう言ってもらえると、嬉しいですし、照れますね」

「ふふ、ありがとうございます」

 当店で執筆されていた方がプロの小説家になったのです。当時、ご注文の品をお運びする際、パソコンで小説を書かれているのをよく見ました。内容こそ伺うことはありませんでしたが、たくさん書いて、応募して、プロになる夢を語っていたことを思い出します。だから、その夢が叶ったことがとても嬉しく。少しでも応援できたらと思い、先生の本を読みました。

 風景を題材に、人々の心の機微を繊細に表現した内容は心に響き、読んでいて小説の世界に引き込まれる感覚がありました。

「あの、聞いてもいいですか?」

「はい。なんでしょう」

「僕が書いた、他の小説は、読みました?」

「はい、もちろんです」

 その後も幾つか書いていて、その全て手にとりました。

「その、もし良ければ、感想を聞かせてもらえます?」

「え?私の、ですか」

「はい。酷評とかでも構いません。正直な感想を聞けたら、と」

 突然のご要望で、私は戸惑いを隠せませんでした。うまく言葉が紡げません。それに、酷評、とは。

 一度深呼吸をして、心を落ち着かせます。そして、ゆっくりと言葉を出します。

「三作目の、『虹色の空を求めて』は、まとまりがあり、とても読みやすかったです。けど、心の機微が曖昧といいますか、内容に重きを置いた分、登場人物の心の変化があっさりしていたように感じました」

「なるほど。他には、どうですか?」

「四作目の『明日に駆けて』は、確かに少年たちの明るい未来を思い描けます。でも、少年時代にこそある悩みや不安といったものがあまり感じられず、明るくて終わりもすっきりなんですが、途中物足りないような、そんな印象を受けました」

「……そう、ですか」

「あの、私のようなものが生意気を言って、申し訳ありません」

「いえ、とても的確で、ある意味嬉しいです」

 嬉しい?どういう事なのか、いまいち理解できません。

「……実は、書きたい内容の方向性が、分からなくなってきたんです」

「方向性、ですか」

「ええ」

「……もし言って少しでも楽になるなら、私で良ければお聞きします」

「ありがとうございます。じゃあ、甘えて。……最初は、自分が書きたいものを、ただ素直に、勢いで書いていたんです」

 好きなものを作ること。それはクリエイターにとって最もシンプルで且つ強いモチベーション。私はそう考えています。

「ですが、プロとして作品を作る上で、どうしたらたくさんの人に読んでもらえるのか、そう考えるようになったとき、今までのような書き方、考え方でいいのかって、悩むようになってきたんです」

「そうでしたか。それで……」

「ええ。編集さんと何度か相談したこともあります。……その人は、売れるなら、人気を確実に得るなら、最近の作品の方が無難で、確実です、と」

 無難で確実。それを話した先生のお顔を見る限り、その言葉は決して先生にとって褒め言葉ではなかったのでしょう。

「頭では理解しているつもりなんです。プロとしてやっていく以上、少なからず妥協も必要なんだって。けど、そうやって自分を納得させようとするほど、何を書けばいいのか、分からなくなっていったんです……」

 それ以上、先生は何も言いませんでした。そんな先生に対し、私は何を言えばいいのか分からず、言葉が出ません。言い訳をするなら、私はプロのクリエイターではありません。プロの方が常に何を考え、どの様なことに悩んでいるのか。それを分からぬ者が意見をするなど、おこがましく思えるのです。

 誰かの悩みを聞いても力になれない。これもまた辛いことです。

「……そういえば」

「?」

「いえ、このお店、色々な絵を飾ってあるな、て」

「絵?ああ、あれらのことですね」

「ええ。風景に花の絵。どれも素敵で、……僕は好きです」

「ありがとうございます」

「なんか、とても嬉しそうですね」

「はい。あれらの絵、私が描いたんです」

「え……?」

 そうです。先生が目にしていた絵は、どれも私が描いたもの。

「実際の風景を参考にしたり、頭に思い描いたものを作ったり。そうやって描いて、額に入れて、季節に応じて入れ替えています」

「……すごいな」

「ありがとうございます。あくまで、趣味の一環です」

 その私の趣味に興味を持って、こうして飾るのを許可してくださったオーナーには、本当に感謝です。

「いえ、すごいです。とても鮮やかで、でも繊細で。……きれいですよ」

 そう言って頂けるのはとても嬉しくて。でも少し照れくさく。何も言えませんでした。

「……」

 ただ、それ以上何も言わず、先生は静かに私が描いた絵を見ていました。

「……気に入って頂けて、嬉しいです」

「……はい。……けど」

「けど?」

「あ、いえ。すみません。文句とかではなく。その……、やっぱりすごいな、て」

「……もし宜しければ、なにがすごいのか、教えて頂けますか?」

「……誰かに見られる。その際、どう描いているのかな、て思うと。今の僕にはできなくて。それが、すごいなって思えてくるんです」

「……あくまで私は、趣味の一環です」

「……けど、こうしてお店に」

「それでも、です」

「え……」

「……先生が思われているように、見る人によってどう思われるのか分かりません。もしかしたら多くの方が、実は不快だと思っているのかもしれません」

「……だとしたら、何故、飾れるんです?」

「簡単です。ほんと、単純な理由です」

 そう。本当に簡単で、単純。


「絵を描くのが、好きだからです」


「好き、だから……」

「はい……」

 そう。本当に単純で。誰かに堂々と言うようなものではないです。けど。

「好きだから、私は絵を描きたいんです。もしそれで一人でも笑顔になってくれるなら、とても嬉しいなと。だから、これからも描いていきたいんです」

「……」

「申し訳ありません。少し、無礼でございました」

「いえ、とんでもない」

 私が言ったことに嘘はありません。私自身が心から思っていることです。けど、それをプロのクリエイターの方に対して言うべきではありませんでした。申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 けど先生のお顔に不快さは無く。むしろ、お店に来たときより、少し明るくなっている気がしました。

「……ありがとうございます」

「いえ、私は何も」

「いいえ。あなたのおかげで、大切なことを思い出した気がします」

「大切なこと、ですか」

「ええ」

 先生にとって大切なこと。それは、きっと先生の中にあるもので。私が勝手に想像していいとは、思えませんでした。

「……お会計、いいですか」

「はい」

 そう言われ、私は伝票を用意し、すぐにレジへと向かいました。

「……こちら、おつりになります」

「どうも」

 すぐにお会計は済み、あとは先生がお帰りになるだけでした。

「……今、無性に書きたくなりました」

「……小説を、ですか」

「ええ、もちろんです」

「……」

「あなたのおかげです」

「そんな……。私は何も」

「……じゃあ、そうですね」

 そう言い、先生は、私に柔らかい、でも自信があるお顔で言いました。

「次、僕が書いた本、必ず読んでください。そこに答えがありますから」

 そう言い、先生はお店を去って行きました。

 先生が、どんな想いを抱き本を書こうとしたのか。

 そして、私に対し何を言おうとしたのか。

 今は、明確な答えは出ません。

 だから、私は先生の次の本を待つことにしました。

 一人のファンとして。

 そして……。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

気が向いたら、また書きたいです。

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