Chapter1-7 職業:なんでもやさん
「ルウィズへようこそ!私は大家のカーラ。よろしくね」
「ああ、大家さんだったんですか。えっと、悠人です。……あの、ルウィズって?」
「あら!あなた自分が借りたアパートの名前、覚えてないの?」
「え?」
借りた? アパートを? あの部屋のことだろうか。
大家だと言う女性が話す内容について、悠人は考えをめぐらせた。
どうやらこの女性は自分のことを知っているらしい。
であれば、彼女との話から現在の自分の立場がわかるのではないか?
宇宙船で出会ったあの男は、住居と身分は用意してあると語っていた。恐らく住居というのが先ほどの部屋を指しているのだろう。では、自分はどういった身分でその部屋を借りているのか。きっと目の前の女性はそれを理解した上で部屋を貸しているはずだ。
悠人はよく理解が追い付かないにせよ、ひとまずは話を合わせておいた方がいいと考え、可能な限り女性との会話を続けることにした。
「あー…、ああ!アパートの名前!すみません、こっちに来たばかりで、まだ慣れていなくって」
悠人が言うと、女性は何か納得したというような顔をした。
「大丈夫よ、安心して。ここを借りる人たちって、何かしらを抱えてることが多いから、その辺に関しては他所の大家よりも理解しているわ。あなたたちも大変だったのよね……」
「は、はあ……」
いったいどんな人間だと思われているのだろう。少し悠人は不安になった。
「『ブリギッタ・ルウィーズ』。縮めて言うときは、『ルウィズ』と。このアパートの名前よ。なんにせよ、住所を書く時には必要だから覚えておいた方がいいわ」
「そうします。ブリギッタ・ルウィーズですね」
「ルウィズと縮めて覚えても大丈夫だからね。好きな方で呼んでちょうだい」
「なるほど。…では、ルウィズと」
悠人が言うと、カーラは嬉しそうに頷いた。
「そういえば、何か用があって僕のところへ来たんじゃ?」
「え?あ、そうだった!」
カーラは悠人に尋ねられると何かを思い出したように声を上げた。
「あのね、さっきこの部屋の方から大きな声が聞こえてきたのよ」
カーラが言う。
大きな声。悠人はすぐにそれが先ほどのミーシャの叫び声のことだと思い当たった。
「悠人くん、妹さんと二人で入居しているんでしょう?何か困ったことでもあったんじゃないかと持って、見に来たの」
「ああ、そうだったんですか。それはお騒がせを――…って、妹?」
自分はいわゆる一人っ子のはずだが。
と、そこまで思ってから悠人は部屋の中にいた猫耳の少女を思い出した。
――まさか、ミーシャのことか!
元々は灰色の子猫だったはずが、何故か灰色の髪の毛をした人間の女の子として彼の前に姿を現したあの少女。
カーラの話では、部屋は兄妹で借りていることなっているらしい。
これも、宇宙船にいたあの男が何か絡んでいるに違いない。
悠人は頭の中で、自身の身分についての情報を更新させた。ここでは、ミーシャと自分は兄妹として暮らしていった方が良さそうだ。
「あー…実はさっき妹が、起き抜けに水をこぼしてしまって。それで服がすっかりだめになってしまったんです」
「あら、大変じゃない!あの声はそういうことだったのね」
「ええ、はい。替えの服も無かったので今は僕のシャツを着せてやってるんです」
悠人は自分が肌着のまま話し込んでいたことを思い出し、それとなく辻褄を合わせるような話をした。カーラは口に手を当てて「まあ!」と驚くように言った。
「それなら後で、私が持っている服を持ってきてあげるわよ」
「ええ!? いやでも、妹はまだ子供ですよ」
不意のカーラの申し出はありがたいものだったが、彼女の体形とミーシャの体形はあまりにも違っていて、悠人は思わず首を横に振って言ってしまった。
すると、カーラがおかしそうに笑った。
「あはは!大丈夫、知り合いの子の服だから。あなたくらい子の妹さんなら、きっと着れると思うわ」
「ああ、そういうことですか…。ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「服も誰かに着てもらった方が嬉しいでしょう?」
そう言ってカーラはウィンクをした。
「困ったことがあったらいつでも相談してね? 『なんでもやさん』」
「はい、それはもう、しばらくはお世話になるかも……――はい?」
なんでもやさん? 悠人は聞きなれない言葉を聞き返した。
「入居書類の職業欄に『なんでもやさん』って書いてあったのは初めてだったわ」
くすくすとカーラが笑う。
――まさか、それがこの星での僕の身分だっていうのか!?
悠人は内心で宇宙船で見た男の顔を浮かべつつ、カーラに合わせて笑う。力の抜けたような笑いになってしまった。
次回更新日が固まり次第追記します。
ほぼ日刊で更新中。だいたい午前2時頃の更新です。