Chapter1-3 10分間留学
悠人は白い壁に囲まれた室内で、テーブルを挟み男と向き合った。
男は悠人が落ち着くのを待ちながら、自分の顎を撫でている。
「さて、君の体感で言えば、五分ほどで着くはずだ」
「五分ほどで? 僕は今、どこかへ運ばれているの――ですか?」
男の言葉に悠人が尋ね返す。彼には、落ち着く払った様子の目の前の男が、自分よりもずっと年上のように感じられた。得体のしれない状況とはいえ、相手に合わせて敬語を口にする程度には悠人も落ち着きを取り戻しつつあった。もっとも、得体のしれないがゆえに距離を取っておきたいという意図が少しも無かったというわけではなかったが。
「さっき君も窓の外を見て、この船があの青と緑の惑星から遠ざかっていくのを確認しただろう。我々は今、『ルウィーエ』という惑星へと向かっているのだよ」
男が言う。
「ははは、聞いたことがないと言った顔だな。それもそうさ。君たちがあすこの惑星を、いや、あれを内包する銀河を知覚できるようになるのは、まだまだずっと先の事だからね」
「……そんなに遠い場所へ僕を? そもそも、ルウィーエというのはいったい?」
「地球よりもずっと遠くにある惑星さ。それなりに美しい場所で……いや、詳しいことはまだ教えないでおくよ。実際に自分の目で見て堪能してほしいからね。――ああ。とはいえ、そう心配する必要もない。ちょっとした留学だと思ってくれればいいのだよ。それに、こっちに戻ってくるのは地球時間の午後三時四十五分の予定だからね」
君を地球から連れ出した瞬間のおよそ十分後だね、と男は付け足した。
ここまでの話で、悠人は何やら眩暈がするような気分であった。目の前の男は、どうやらこれから自分を別の惑星に留学させようとしているらしい。なおかつ、地球へ帰って来るのはおよそ十分後だと言う。
――これから別の惑星に降り立ち、そこで留学して、地球に帰還するまでを十分ほどでやってしまうだって?
悠人は別に宇宙旅行について特別に詳しいわけではなかった。とはいえそれでも、たった十分で今男が話した内容の全てを終えるなんていうことが当たり前ではないことくらいはわかる。
悠人が男の方を見る。男は澄ました顔をして微笑むばかりで、悠人の混乱を正すようなことはしないようだった。結局悠人は深く考えることをやめ、いったん男の話を聞いてみるという方向に改めて方針を転換させた。
男は椅子に座ったまま前かがみの姿勢をとった。
「いいかい、君にはこれから向かう場所で、様々な体験をしてもらうよ。文字通りありとあらゆるね。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、きっと色々な出来事が君に起きるだろう。……君は、ルウィーエという星で我々が迎えに行くまで暮らすのだ」
男が言う。
悠人はしばらく状況が呑み込めず、まばたきをするのも忘れて硬直していた。
「――今さっき、十分ほどで地球に帰ると言っていたのでは?」
「おかしな人間だ。異星への滞在がその程度で済むわけないだろう」
「うん。いや、そうかもしれないけど、さっき……」
「我々にかかれば時間を移動することだって、そう大したことでもないのだよ。ま、君は時間など気にせずルウィーエで色々なものを見てきたまえ」
男はそう言って笑った。
「待ってくれよ、いったいなんだって僕がそんなことを!?」
「おっと!残念だが選考基準については答えられないことになっているのさ。悪いね」
悠人の言葉に、男は両の人差し指を口の前交差させ、バツの形を作った。
「おや? そうこう言っているうちに、ルウィーエが近づいてきたぞ。まったく、楽しい時間はあっという間に過ぎていくな」
「もしもし、本当に僕はこれから、そのルウィーエとかいう場所で暮らすのかい」
「住むところと身分は用意しておいたから安心したまえ」
男は頷いたきり取り付くしまもない。
「さて、これ以上は話す気はないよ……。目が覚めたら、あちこちを自分で調べてみるといい」
男がそう言うやいなや、悠人の視界は暗転した。
次回更新日が固まり次第追記します。
そろそろ異世界に入れそうです。
08/23追記
正しくは「惑星ルウィーエ」のはずが全て「ルーウィエ」なっていたのを修正しました