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夏、是枝悠人が友達を作るまで  作者: 脳内企画
Chapter1 惑星ルウィーエ
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Chapter1-2 謎の男と宇宙船


 気が付くと悠人は見知らぬ空間に立っていた。


 そこはリビングほどの広々としたスペースがあり、白を基調とした壁や床、縁にあたる部分は銀色の素材があてられている。辺りに風は無かったが、室内はひんやりと涼しい温度に保たれているようだった。


 悠人は背中を伝うじっとりとした汗と、体内に今もこもり続けている熱を感じた。まるで、夏空の下をさまよった後、冷房のよく効いた室内に入ったばかりのような感覚。そこで悠人は、さっきまで自身が学校からの帰り道を歩いていたということを思い出した。


 この場所が彼の良く知る通学路ではないことは一目でわかる。悠人はある一つの予感の下、周囲を見回した。


 何処を見ても、床から壁、そして天井にかけて弧を描くようにその輪郭が続いている。きっとこの部屋を外から見れば、楕円状の形をしているのだろう。また、一部の壁には丸いくぼみのようなものが取り付けられていた。そこには取っ手のついたシャッターが下ろされている。それを見て悠人は、飛行機の中に取り付けられた窓を思い出した。楕円形の室内に、窓の取り付けられた壁。悠人はここが、先ほどの円盤型飛行体の中なのではないか、と考えはじめた。


 「……ミャーウ」


 聞き覚えのある、間延びした鳴き声がした。


 「ミーシャ!?」


 悠人は足下を見て、思わず叫んだ。彼の右足には灰色の小さな子猫がしがみついていた。思わず悠人が足を動かしてしまうと、ミーシャはここが唯一の安全地帯なのだと言わんばかりに、必死に爪を立て、悠人の右足から離れようとはしなかった。ずり落ちそうになると、体をけなげによじらせてまた這い上がってくる。


 「あいたっ、痛い、痛いって」


 食い込んだ爪の先が悠人の足をひっかいた。いつまでもこのままではいけないと、悠人は彼女を刺激しないよう注意して、そっと右手を使って抱き上げた。ミーシャは抵抗することなく、その身を悠人の腕に任せた。それから彼女はそのまま悠人の胸の前で抱きかかえられると、すっぽりと収まるように腕の中に横たわり、満足そうな顔で一鳴きした。


 「まさか君までついてきているとはねー……。おい、ここがどこかわかるかい? あいにく僕は、肝心なところで気を失ってしまったようでね、さっぱりなんだよ」

 「ミャー…」


 悠人の声に、ミーシャは上目遣いで首を横に振る。

 発せられる鳴き声からその意図を判別することはできなかったが、その様子から、恐らく彼女もこの空間については何も心得ていないのだろうということが窺えた。


 仕方なく、悠人はミーシャを抱きかかえたまま、部屋の中を歩き始めた。窮屈と言うほど狭くはない室内だが少し歩けばすぐに壁に辿り着いてしまう。悠人はまっすぐに、先ほど見つけた窓らしきもののところへと向かった。


 悠人の予測、つまりこの場所が先ほど現れた円盤の中だという考えは、よりその信憑性を増していく。


 彼がシャッターの取っ手に手をかけ、上へと動かすと、壁にあった丸いくぼみはその奥で、透き通ったガラスのようなもので覆われているのがわかる。それを見た悠人は思わず息をのみ、その場で立ち尽くした。


 彼の目に映ったのは、真っ暗な空間に大小さまざまな光が無数に瞬く景色。そしてそれらの中に、周囲の光の粒よりもはるかに大きな球状の物体が浮かんでいる。大部分は青く染まり、ところどころに緑色がまじっているそれは、どう見ても悠人の母星たる惑星、地球のように見える。


 窓から見える地球は徐々に遠ざかり、その姿を小さくしていく。

 今自分たちは、何らかの乗り物に入り、宇宙空間を地球から離れるように移動している。この状況においてそれは何の疑いの余地も無いように思えた。


 「夢でも見ているのか、僕は……」

 「まさか、現実だよ」


 窓を覗き込んでいた悠人が一言呟くとすぐに彼の背後から声がした。

 驚いた悠人が声のした方を振り返ると、さっきまで誰もいなかったはずの場所に一人の男が立っていた。それは紛れもなく、悠人を円盤の中へと誘ったあの小さな男だった。どういうわけか、今は悠人とそう変わらない、むしろ少し追い抜いてさえいるような背丈をしている。


 「はっはー! 是枝悠人君。十七歳の誕生日おめでとう!地球時間で午後三時三十六分、十七年前のこの瞬間に君はこの世に生を受けたわけだ!」


 男は両手を広げ、どこか芝居がかった仰々しい仕草で言った。彼は拍手の後に微笑んで、近くにあったテーブルに備え付けられている椅子を一つ引いた。


 「さて! まあ、色々気になることはあるだろうがね。とはいえ立ったまま話をするのもなんだ。私も座らせてもらうから、君も好きなところに座りたまえ」


 男はそう言って今引いた椅子にそのまま腰かけた。


 「……おや、座る気分じゃないかね?それとも椅子が気に入らない?――はて、私の調べじゃ君は特段難解な趣味趣向を持つ地球人ではなかったはずだが」


 男はしきりに首を傾げて、悠人の顔色を窺うようなそぶりを見せた。


 「あー、やっぱり立って話をするかね? ……うん、そうしよう!なんといっても主役は君だからね。いやはや、私としたことがなんとも」

 「いや、座る!座るよ!座らせてもらいます!その、ちょっと展開が呑み込めなかっただけさ」


 落ち着きなく喋る男を慌てて悠人は制止する。男はきょとんとした顔で悠人を見つめてから、また椅子に座り直した。彼は悠人が口を開いてくれたことに気を良くしたのかよりいっそうの笑顔になり、座ったまま別の椅子に向けて手を差し出した。


 「私としてはそこの椅子がおすすめだな。私の正面だから、きっと会話も弾みやすいし、なにより――他の椅子よりもちょっとだけ綺麗・・なんだ」


 男はウィンクをして、なによりから先を少し声を潜めて言った。


 「私たちの作るものは初めから完璧な状態で生まれてそれが永遠に保たれるわけだから、手入れなんてする必要はないんだけどね。いやー、私もそれをよく理解しているんだが、せっかく君を招くんだから、いつも以上ってやつを求めた方がいいんじゃないかと思ってねえ。完全完璧のさらに上とは不思議な言葉だが、まあつまり、ポジティブな結果をプラスしたいわけだ。君への礼を思いながら、地球時間で三日三晩ほど椅子の全面を磨かせてもらったよ!物質的な面で変化が無いのは恐縮だが、私の礼の気持ちがこもっている分綺麗になっているはずだ」


 「かえって座りにくいなあ!」

 「な、なんだってー!?」


 男の言葉に悠人は思わず突っ込みを入れてしまう。男は予想外だというように驚き、身をのけぞらせた。自分は得体のしれない人物から、どうやら重すぎるほどの礼の気持ちを向けられているらしい。悠人はそう思った途端、男の指した椅子からとてつもない光と、正体不明のオーラを放っているように感じられた。


 悠人が椅子から男に視線を移すと、男は強いショックを受けたのかすっかり肩を落としてしまっていた。


 何か申し訳ない気持ちになり、少し迷ったが、結局彼は男が磨いたという椅子に座ることにした。椅子の背に触れると、得も言われぬ感触が悠人の指を伝ってくる。今まで触れたどんな椅子よりもなめらかな肌触りで、どこか温かみがあり、思わず多幸感に浸ってしまいそうになった。


 何か危険なものかと思ったのは一瞬で、悠人は己の内から沸き起こる抗いきれない欲求に負けて、椅子に腰を下ろした。


 「ナーオ!」


 悠人の腕の中でミーシャが鳴く。その声を聞いて悠人は正気に戻った。

 その様子を見たミーシャは安心したような顔をすると、今度は悠人の腕を降りて、彼の膝の上にごろんと収まった。


 「何てすごい椅子なんだ…」


 悠人はそう呟いて。膝の上のミーシャを撫でた。視線を前にやると男は微笑みながら悠人を見守っていた。悠人が視線を向けたことに気付くと、男は一つ咳払いをして言った。


 「さて、この状況についての話をしよう」


次回更新日が固まり次第追記します。

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