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夏、是枝悠人が友達を作るまで  作者: 脳内企画
Chapter1 惑星ルウィーエ
2/11

Chapter1-1 なぞの円盤飛行体、あらわる


 学校からの帰り道、是枝悠人このえはるとの心は沈んでいた。


 今日は彼の通う年二学期制の高校の、前期終業式であった。入学から数えて三期を修了した彼は、これから二度目の夏休みを迎えようとしている。同じ教室の生徒たちの多くは式が終わるやいなや、競うように校門へと駆け出した。しかし、悠人はとてもそのような気になれなかった。


 彼の心が晴れないのは、何も今に始まったことではない。少なくともこの十年間において、彼の心を揺さぶるような出来事は無かった。十年、つまりは彼の人生の半分以上である。最早このどこか心にもや(・・)のかかった状態こそが彼の平常と言えるのかもしれなかった。


 一方で、何事にも度合いというものがあって、この日の彼はいつにもまして心を沈ませていた。思い返せば、去年の夏休みもそうだった。


 彼は外から寄せられる「やらなくてはならないこと」を頼りに毎日をやり過ごしている人間だった。人並に勉強をし、人並にコミュニケーションをとる。どれも苦ではない。ただ、彼には目標というものがなかった。自分本位に何かをしてみようという気になることはついぞなかったのである。


 だから夏休みに入り、学校へ行く必要が無くなってしまうと、彼は何をすればよいかまったくわからなくなってしまった。


 彼はほとほと困り果てていた。

 これこそが、平常以上に彼の心を沈ませている重しであった。


 「ミャーオ」


 間延びした鳴き声が悠人の思考を切る。道の脇にある茂みから、灰色の毛並みをした小さな雌猫が現れた。悠人がそれに気づいて立ち止まると、猫はそこへゆったりと近づいて、彼の足にその身をこすりつける。


 それは、悠人に親愛の仕草を示す数少ない存在であり、唯一の友達とも言える相手であった。


 道の真ん中で倒れていたのを悠人が助け、気紛れに餌を与えて以来、この灰色の毛玉はすっかり彼に懐いてしまったようで、悠人が学校から帰る時間を見計らって待ち伏せをしているらしかった。


 野良猫に関わってもろくなことにはならないと、初めの内はこれを避けていた悠人であったが、どれだけ道を変えようと猫は悠人を見つけてついてきてしまう。それならば、と思い下校の時間を変えてみても意味はないようで、一度隠れて遠くから観察してみた際に、この猫は悠人が現れるまでいつまでも待ち続けているということがわかった。


 結局悠人は、褒められたことではないと思いつつもすっかり観念し、猫をミーシャと名付け、放課後の時間を使って遊び相手になってやることにしたのだった。


 ミーシャは悠人の足をひとしきり堪能すると、一度彼から離れ、彼の目の前でちょこんと座りこんだ。彼女は居住まいを正し、「ミィ」と一言鳴き声をあげて、悠人の友達であることを誇るような顔をした。


 「よう。君さ、あんまり不用心なのはいけないよ。人間の中には猫をいじめて遊ぶやつだっているんだぜ」

 「ミャーウ?」


 悠人が気紛れに声をかけると、よくわからぬといった様子でミーシャは首を傾げた。それから何を思ったのか、再び悠人に近づいて、彼の右足に頭をこすりつけ始めたのだった。


 「ああ、通じるわけないよなあ」


 く、く、と小さく鳴きながら頭をぴったりとくっつけてくる様子を見て、悠人は溜息をついた。それから彼は視線を足下から移し、空を眺めた。


 雲の無い、よく晴れた空がどこまでも続いている。


 「もし僕がいなくなっても、うまくやれよな」


 空を見上げたまま、半ば無意識に悠人は呟く。

 その時、足下のミーシャが不思議そうな顔を上げて、何度も鳴いた。


 「なんだいなんだい、いったいどうしたっていうんだ?」


 悠人がミーシャに視線を落とす。彼女は何かを伝えようとしているみたいに、鳴くのをやめなかった。


 悠人がそれに気づいたのは、ミーシャに促されるように前を向いた時だった。


 どこからともなく光り輝く物体が飛来し、それは悠人の目の前で制止した。

 小さな風が起き、悠人の髪を揺らす。


 悠人は驚き、目を丸くしてそれを見つめた。すると何の音も無く表れた発光体は、次第にその光を弱めていく。


 次第に光の中からぼんやりとした輪郭線が現れ始める。そのまま見守り続けていくと、その正体は、高さ三十センチほどの円盤状の物体であることがわかった。


 悠人はその時、小学生の頃通っていた児童館で読んだ本を思い出した。確か、子供が考えたようなデザインの宇宙船がこんな形だったっけ。円盤に対する悠人の第一印象である。


 何の偶然か、悠人の抱いた印象は全く的外れなものではなかった。

 悠人の目の前で宇宙船はその身を一度震わせると、機体の上部をフタのように解放した。


 「やあー、迎えに来たよ」


 円盤に開いた穴から声が響く。

 直後、穴の中から一人の男が姿を現した。


 それは明らかに人間とわかる姿をしていた。ある一点、男は円盤にすっぽりと収まりきる程度の大きさ、つまり、人間としてはあり得ないほどの小ささをしているという点を除けば。


 そして男は間違いなく悠人に対して声をかけていた。


 「む、迎えに? 僕に言ってるのか?」


 状況に対する理解が追い付かぬまま、悠人が返す。

 その言葉に男は満面の笑みで頷いた。


 「君、今死にたいと思ったろ」


 面食らい悠人に構う事無く男が言った。

 その声は悠人の内心を大きく揺さぶり、彼を思わずどきりとさせた。不思議なことに、人形ほどの大きさの男の顔が悠人にははっきりと見えた。そうして、彼の瞳が悠人を射抜くように向けられていることに気付く。


 悠人がうろたえていると、男はその小さな腕を悠人に向けて差し出した。


 「ほら、さっさと私の腕につかまりな。なあに死んじまったつもりで来いよ」


 悠人は反射的に男の腕に向かって自らの腕を伸ばした。それは全くの無意識で、体だけが勝手に動いているようだった。男の腕に触れると、悠人は体ごと思い切り引き寄せられる感覚を覚えた。


 かと思えば、今度は悠人の視界がぐるぐると回りだす。

 味わったことのない感覚に悠人が耐えられたのはほんの数秒だけだった。


 視界が回り、景色の色が混ざり、音が遠ざかっていく。


 悠人はうめくような声を上げた後、あっけないほど簡単にその意識を手放した。


 

次回更新日が固まり次第追記します。

だいたいの場合、午前二時頃の更新です。

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