七色の鳥
「はい、命泉堂の事務エイダ・ニコルソンです。当方では完全予約制をとっておりますので、ご要件と希望日をお伝え願えませんか?」
今回の事件も、日常のありふれた一コマから湧き上がってきた。エイダが電話をとっている間、霊媒師の館・命泉堂の女主人ロリーはタロット占いにやってきた女性客の相手をしていた。
「はい、今回はこんな感じ。意外な結果でした?」
「いいえ、なんだか予想していた通りというか、今度の仕事で大きな賭けに出ようとしていたんですけれど、がんばってやってみようとおもいます。ありがとうございました」
「そうですか。じゃあ、体調に気をつけて無理をなさらないようにね・・・・・・」
身奇麗な格好をした女性客はお辞儀をすると去っていった。それを笑顔で見送ると、ロリーは控え室にいたエイダに声をかけた。
「どんな電話でした?」
「それが、アーネスト・カトウと名乗る男性からで、自宅に置いてあった年代物の鳥かごから、コンゴウインコの亜精霊がいなくなってしまったので探して欲しいという内容でした。なんでも一週間前に家に帰るといなくって、同居の息子さんに聞いても知らないそうで・・・・・・」
肩までの金髪に青い瞳をした彼女は、見習い霊媒師としての研修を命泉堂で受けているのであった。
「そう。いつごろここにはいらっしゃるの?」
「それは、あさっての14時半にご予約をおとりになりました」
「よし、ちゃんと失せ物担当の私の出勤日ね!それじゃあがんばしますか」
ロリーは念のためあさっての予定表をひっぱりだすと予約の詰まり具合を確認した。それほど混み合ってもいない、余裕のある一日のようだった。
命泉堂はなんの看板もだしていない、住宅地の真ん中のマンションの一階にあった。ゴシック様式の外壁をもつマンションで、ぱっと見は住宅にしか見えない、クチコミだけでやっていっているような店であった。それでも最近はネットに霊媒師連盟の一員としての登録といった形で店の住所と電話番号だけを
載せていた。娘のアデラいわく、近代化の流れというやつであった。
「それにしても、アーネスト・カトウさんって、なんか聞いたことがあるような・・・・・・」
それを耳にしたエイダが気をきかせて言った。
「ファイルを探してみますか?」
「今はいいわ。次のお客さんがお見えになるから、あなたは控え室にいてちょうだい?」
「はい!」
元気よく答え、エイダは控え室のドアを閉めた。といっても、閉めたところで店での会話は丸聞こえなのであったが。
次のお客さんは薄い灰色のスーツの男性で、黒い髪と髭の精悍な感じであった。
「ご予約では、おじい様からいただいたパイプを落とされたとか。警察署にはもう行かれましたか?」
「ええ。でもまだ届いていないとのことで。でもあきらめきれませんね。どうか探すのにご協力ください・・・・・・・」
こんな調子で一日が過ぎていった。予約客が全員はけると、ロリーはお茶を淹れに席を立った。
「でも、コンゴウインコって目立つんでしょ?七色の鳥が道端とかにいたら、すぐに誰か気づきますよね。噛み付くとかなり痛いみたいだし、
そんなもの持って行ってどうしたいんでしょうね」
「そうね。亜精霊だけ持っていくなんて・・・寄り代になっている宝石類を持っていかないとしたら盗み目的じゃないみたいだし」
それを聞いたエイダは眉をひそめた。
「それじゃ、イヤガラセですか?やだなあそういうじめっとしたの・・・・・・」
体育系らしい感想を述べて彼女はファイル庫兼控え室から出てきた。
「もっとフェアにいくべきです!」
彼女はガッツポーズをとるとなにやらフェア精神についての力説を始めた。ロリーはそれを微笑みながら見守ると、今日来たお客のファイルに書き込みを始めた。相談内容と結果、クレームの有り無しなどであった。
「犯罪でもイヤガラセでもないとしたら、なんなんでしょうね?毎日ずっとカゴの中にいる鳥さんがかわいそうになったとか?」
「うん、けれどもそれは小さな子供がしそうなことよね。亜精霊が普通のペットじゃないって気がつかないほどの・・・・・・」
「謎は深まるばかりです」
「明後日に本人に聞いてみるしかないわね」
次の日、店の担当はルークだったが、なんとなく先日の電話が気になってロリーはファイル庫に『お邪魔』していた。
「センセイ、私が探します。」
「そう?じゃあ、アーネストさんのファイルがないかどうか探してちょうだい」
「任せてくださいッ!」
エイダは腕まくりをすると、アルファベット順に並んだファイルの束と格闘を始めた。
店先の方ではルークが予想外な客と格闘していた。
「亀?ですか・・・・・・・?」
今回のお客さんは10代と思しき麦わら色のロングヘアーの少女だった。
「予約では腕が痛くなったので癒して欲しいと・・・・・・・」
「ニンゲンじゃなきゃ予約してくれないと思って・・・・・・何日か前から元気がないんです。餌も食べなくなっちゃって。
獣医さんに持って行っても保温してあげなさいっておっしゃるだけで。なんとかならないでしょうか?」
少女にお願いされて、ルークは途方にくれたらしい。一言断って控え室に入ってきた。
「お祖母さん、動物の治療に保健は効きませんよね。やっちゃっていいんですか?その・・・・・・・亀に治療術を」
「いいんじゃないですか。別に止めたりしませんよ」
「はあ」
納得したのか、ルークは少女に向き直った。件の亀は小さな水槽の中に入っていて、保温のためか春先にもかかわらずホッカイロが底に貼り付けられていた。
亀は大きくなったクサガメといった感じであった。濃い緑色の甲羅の中に引っ込んでしまって頭部と脚は上からでは見えなかった。
「確かに動きが鈍いようだね。一度試してみようか」
ルークは亀を水槽から取り出してやさしく手を当てると意識を集中した。ほのかな光が手のひらから流れ、そのまま数分が経った。
「あ、動いた」
少女が嬉しそうに言った。水槽に戻すと、亀はのそりと甲羅から首を出し、ややあって餌のきゅうりにかじりついた。
「よかった」
ルークはそう言うと、少女に今度からは正直に用件を言うようにと念を押して帰した。
控え室では一件を聞いていたロリーがため息をついたところであった。予定外の客というのはやはり困るものだ。
「件のアーネストさんです」
エイダが一冊のファイルをロリーに差し出した。薄い紙のファイルで、表面には依頼人の住所や連絡先が書いてあった。
中を見ると、彼は以前「夜光貝のランプ」を家のなかで紛失して命泉堂に助けを求めて来ていたことがわかった。
「やっぱり。なんか見覚えあるとおもったら・・・・・・・。この件では『見えずの魔術』をかけたまんま、別荘に置き忘れていたのよね」
「わあ、おっちょこちょいさんなんですね」
「本当よ。思い出してくれたからよかったもんの・・・・・・でも今回も犯人は彼自身だと決め付けることはできないわね。なにか裏がありそうな予感がするのよ」
次の日、ロリーは朝から仕事場に出て、客の応対をこなしていた。エイダが時計指すのでふとみると、時間は14時半に近くなった。
「そろそろですね」
「そうね」
そんなことを言っているうちに店のドアが開き、茶色いスーツに身を包み、黒髪をきれいになでつけた男性が入ってきた。
「ごめんください」
「こんにちは。依頼は電話で伺っています。亜精霊だけがいなくなったと?」
「そうなんです。ヤツは書斎の鳥かご・・・いや、そっちのほうが本体なんですが、それを残して行方不明に・・・・・・・」
「本体と離れても実体を保てるのは何メートルくらいですか?」
「500メートル前後だと思いますよ。鳥には余計な能力はつけてませんし、ああ、泥棒よけとかね・・・なんで持って行かれた
のか不思議です。ちょっとニンゲンの言葉をしゃべる程度なのに」
「実体を保てなくなって鳥かごに自動的に戻されないとすると、近所にずっといるってことですね。」
「はい。無理にリセットするとなると、鳥を創ってくれた宝石魔術師のところに持ち込まなくてはならないし、教えた芸も
忘れてしまうからやりたくないんです」
「そうですわね。そういえば、お子さんがいらっしゃったのですよね」
「ええ。別れた妻との間に11才の子供が1人。なにか関係ありそうなんですか?」
しばし考えてアーネスト氏は言った。
「確かに、書斎には彼も入れるようにしていますし、鳥かごの中身を取り出すことも可能だ・・・・・・・」
「でも、イタズラする可能性はない」
「はい。そうですね。以前、私の蔵書を見ようとして痛い目にあっていますからそれはないでしょう」
うーんと一同は頭をひねった。ロリーは以上の会話をファイルにメモした。
「じゃあ、『思い出し術』でもかけてみますか」
「お願いします。あの鳥がいないと寂しくて。いや、仕事の後の癒しっていうか・・・・・・」
額に手をやって、空の鳥かごっていうのはイヤなもんですな。と彼はつぶやいた。
ロリーは短い文言をとなえると、アーネスト氏の額に手をやった。そのまま短い時間が経ち、彼女は手をどけた。
「いかがですか?だんだんと記憶が鮮明になってくるとは思いますが」
「ああ、決定的なことは思い出せませんが、あんなに目立つ鳥がいなくなったのはやはり身内の仕業でしょうかね。
別れた妻にも一度聞いてみます」
「なにも奥さんまで犯人扱いしなくても。明日お宅の近所の動物病院を回ってみますよ。」
「そうですか。何分仕事に追われる身で・・・・・・息子のこともあまりかまってやれずに今度は鳥が・・・・・・
お恥ずかしいかぎりです」
「どんなお仕事をなさっているんでしたっけ。前のファイルでは演劇関係って」
「ええ。舞台装置のセッティングの仕事をしているんです。ほんの少し魔術を使って、音を立てないように、安全を確保して」
「そうなんですね。それじゃあ、忙しいのも当たり前ですね」
彼は仕事中の連絡先の名刺とコンゴウインコの写真を渡して帰っていった。
「自分で隠して忘れたわけでもなさそうね。となると息子が怪しい。」
「敵は身内にありって感じですかね・・・・・・・」
「まあ、明日獣医をまわってみるわ。昨日のルークの亀事件とは逆ね」
獣医まわりはしなくてもすんだ。ルークの担当日に、別件でその鳥が持ち込まれたからだ・・・・・・。
「鳥ですか?」
ルークは言葉少なく事態を見守った。
「ご予約ではニンゲンの運勢を鑑定してほしいとのことですが・・・・・・」
「そんなこといったら依頼を受けてくれないのではないかと思ってッ!」
インド系らしき老夫妻は手をあわせてルークに頼み込んだ。
「知り合いにもらったこの『鳥』がどうもおかしいのです」
「息をしているわけではないのに暖かいし、ぬいぐるみなのになんだか動く気がするんです」
老婦人が困った顔でルークに言った。
「はあ・・・・・・」
ルークはなんともいえない気持ちで老夫妻に断り、控え室の祖母からの連絡ボードを見に行った。そこには『鳥』という言葉の他に、
コンゴウインコの写真とカトウ氏のファイルが貼り付けてあった。
「まず、その『鳥』とやらを見せていただけますか?」
老人は買い物バッグの中から、ストールにくるんだ鳥を出してきた。それは赤いあたまに青や緑の鮮やかな羽をもつコンゴウインコ
であった。
「ぬいぐるみとおっしゃいましたね。誰かにプレゼントされたんですか?」
「ええ、近所の男の子に。私たちがペットを欲しがっていると聞いたようで、鳥をくれたんです」
「カトウさんのお子さんで、アーヴィング君っていうんです」
ふーん、とルークは顎に手を当てて鳥に触ってみた。ちょうど、死んだふりをしているように、鳥はテーブルの上に腹を上に向けて横たわっていた。
・・・・・・なんだか瞬きをした気がする・・・・・・。
「まさか、獣医に連れて行きました?」
「はい。でもお医者さんには心音がしないからやはりぬいぐるみで間違いないとのことでした。なんだかあたたかいのは気になるが
・・・・・・・とのことで」
老人が言った。医者にいっていたとなると、どうやってこの店のことを知ったのだろうか。ルークは気になって質問してみた。
「待合室にあったスピリチュアル雑誌に載っていたんです。この店のことが。」
「近所にあったもんで、予約したらOKかなと」
老婦人も続けた。なるほど・・・・・・とルークは関心した。広告もしてないのに客がくるのはその手の雑誌のおかげかもしれない。
「でも、この鳥は生暖かいだけで悪さをしないんですね?」
「ぬいぐるみらしく、死んだようにおとなしいです」
ルークはさっそく家にいるロリーに電話をかけた。数コールして彼女が出ると、ことの状況を話した。
『じゃあ、もう少し待ってもらって。すぐに行くわ』
その答えを聞いて、ルークは事情を老夫妻にも話した。
「へえ、そんなことが」
「そんな騒ぎになっていたなんて。私たちがペットが欲しいと言ったばかりに」
彼らは意気消沈して言葉少なになってしまった。
ロリーがやってくると、ルークはその『鳥』を見せた。
「たしかに写真の鳥ですね。では、カトウさんには今から私が連絡しておきますので、彼の帰宅する夕方以降にお返しに行ったら
どうですか?」
彼女の言葉に、老夫妻はうなずいた。カトウ氏からの依頼の詳細を言って聞かせると、彼らはびっくりしてしまった。
「そういたします。『ぬいぐるみ』じゃなかった・・・・・・・」
自分たちの可愛がってきたものが異種類の『生物』だと知って、少なからずショックなようだった。
「あの子は叱られるかね」
老人はそれが心配のようだった。
「父親のものを勝手に持ち出したんだからね」
あーあといった感じで老婦人が言った。
ロリーが帰った後、ルークは次の客の相手をし始めていた。控え室の扉からそれを眺めつつ、エイダはカトウ氏のファイルをアルファベットの順に押し込めていた。
(魔術師が自分の息子にしてやられたと。今回も警察のお世話にならずに済んでよかった!)
エイダはファイル棚を手でかるく押すと、明日の予約帳へと向き直った。