08:光上キャンディーバーン
天進橋駐屯地のはずれには、鉄筋コンクリート3階建ての廃墟がある。廃墟というより襲撃演習用だ。窓は枠ばかりでガラスがはめ込まれておらず、建物内は壁中を銃痕が埋め尽くしており、爆炎の跡で部屋中が煤けている。
Dの拠点と目されている旧玄福市役所を模している。
昼食後、学生隊員たちにはあらゆる装備品や銃火器が渡された。これまでは常時持ち歩いていたのは小銃1丁のみであったが、全員に拳銃が渡され、兵種によってはグレネード弾も持たされた。各員が低周波帯域の無線トランシーバーをハーネスに括りつけ、イヤホンクリップを耳に挟み込む。ぶら下げたホルスターを弾倉で埋め尽くし、フェイスマスクで顔の下半分を覆うと、仮想玄福市役所の廃墟に連れて来られた。
峠大尉や田中中尉もいる。学生隊員たちは峠大尉に指導を受け、襲撃演習に入る。
峠大尉からの無線交信が耳に飛んでくる。
<1班! 投擲!>
片岡がなって建物に駆け寄っていき、1階の窓から手榴弾を放り入れる。片岡が両耳を塞いで伏せたと同時に爆炎と爆風が建物を揺らし、
<1班! 掃射!>
学生隊長の雪村を始めとして、由紀恵、ワイルドキャット、真奈、圭吾、二本柳が中腰で小銃を抱えながら建物へと駆け込んでいき、そこに腹ばいになって引き金を引く。1階部分を銃弾で埋め尽くす。
<2班! 侵入!>
副隊長の杏奈に率いられて、有島、千鶴子、藤中が迂回して建物の側面に来る。有島が2階のベランダに飛び込んで下りる。3階にはベランダがない。有島が垂らしたロープを、2班の連中が腕力だけで伝って登っていき、すべてが2階のベランダに到達すると、かがみ腰で散っていく。
杏奈がトランシーバーをプッシュしながら、ピンマイクを口に寄せる。
<2班、配置よし>
<2班! 投擲!>
2班の全員が手榴弾を窓から放り入れる。直後、耳を塞いで伏せる。爆音に顔をしかめつつも、
<2班! 掃射! 1班! 侵入!>
2階の2班が一斉に立ち上がり、煙の立ち込める空っぽの部屋の中へと銃弾を浴びせる。その階下では片岡を先頭にしてエントランスホールになだれこむ。
<2班アタッカー! 侵入!>
2階の有島が窓から飛び入る。杏奈と藤中、洋瑛や圭吾たちは射撃をやめ、銃口を構えたまま目を配らせる。
杏奈がマイク越しに叫ぶ。
<2F制圧!>
1階の各部屋を回っていた1班の雪村も叫ぶ。
<1F制圧!>
そうして、彼らは階段を使って3階に登っていき、銃口を向けたままに各部屋に乗り込んでいき、訓練終了であった。
「のろまどもめ」
峠大尉は隊員たちを全員殴りつけた。動きが機敏ではない、敵攻撃がないからと緊張感がない、小銃をただ単に乱射しているだけなどなど難癖をつけ、もう一度、演習をやらせた。「制圧!」となると学生隊員たちを呼び寄せ、また殴る。またやらせる。また殴る。何度も何度も執拗に旧玄福市役所への襲撃の予行をやらせた。
もちろん、学生たちは旧玄福市役所を模しているなど知りもしない。
「ふざけんなよ……」
夕食時、やはり不満が垂れた。菊田だった。彼は隊長にも副隊長にも選ばれなかったので、ここ数日、しなびた野菜でも間違って食ってしまったかのようにして腐っていた。
「あんなの、なんの意味があんだよ。俺たちはトランセンデンスだぜ。どうして警察の特殊部隊みたいな真似をしてんだ」
不平の言葉が止まらない。かつてはワイルドキャットに大声を出すなと咎めていたくせに、誰の耳にも聞こえる声ではっきりと口にしている。
「そう思わないかよ、片岡」
片岡は首をひねる。「さあ」と言ってほぼ相手にしない。むしろ、小馬鹿にしているふうでもある。片岡は殴られてもほかの隊員ほど痛くなければ、ここにきて菊田の手下をやっている意味すらなくなっている。
菊田は圭吾に目を向けるが、圭吾は関わりたくなさそうにして食事ばかりに向かい合っている。
「マジで俺だって殺したくなってくる」
と言って、とうとう天敵の洋瑛に同調し始める。しかし、洋瑛は反応しない。菊田を相手にしていないというよりも、殺意ばかりを育てているのである。洋瑛は異常なまでに口数が少なくなっている。必要事項以外は何も喋らなくなっている。
具体不明のままで天進橋駐屯地に配属されている13人の作戦隊員たちは――もはや学生ではなくこの作戦隊員と呼ばせてもらうが――、当然にも共有意識を持っていないので、個々人が分散していた。
食堂の片隅を埋めている席順に如実に現れている。
出入口にもっとも近い左に腰掛けているのが能面顔の菊田である。腐った菊田は今現在、肩を並べていても実体は孤立している。
菊田の隣は「チビ圭」の圭吾である。荒砂山の時期を菊田の影薄の手下でやって来た圭吾は、ここになんとなく座っているだけである。
菊田の向かいは瞳ばかりが大きい真奈で、彼女も若干、孤立ぎみである。隣の有島に取って代わられた状態である。と言っても、有島はただ単純に「情」に豊かなだけであって、隣に座る二本柳を従えているのではない。二本柳は有島を挟むことで、平和時ばかりしかリーダーシップを発揮しない真奈を遠ざけ、有島の羽毛のぬくもりに温められている。
二本柳の隣はふいに雪村である。二本柳の向かい、圭吾の隣が片岡なのであるが、その隣にワイルドキャットが居座っている。
片岡の昔話を聞いたときからワイルドキャットは片岡の隣に座るようになり、小声で「チヅちゃんに話しかけなよ」などと言いながら肘で小突いている。あるいはテレビ取材の話をまだしている。浮ついているというか、片岡とワイルドキャットだけはほかの者たちと空気が違う。
ワイルドキャットの隣は当然、仮の姉の千鶴子であり、その隣も当然ながら由紀恵である。そして、由紀恵の隣、いちばんすみに洋瑛が座っている。洋瑛の向かいは杏奈であり、杏奈の隣が藤中、そして雪村に戻ってくる。
荒砂山の関係のままであったら、洋瑛と杏奈は逆であろう。しかし、天進橋にやって来た当初から雪村が洋瑛を避けてきていた。藤中が仲を取り持とうとして洋瑛と雪村のあいだに入っていた。
つまり、荒砂山で発言権の強かった者たちは入り口方面にいる。あぶれ者たちは壁際に寄っている。
三食毎日ほぼこの席順である。
なので、菊田が洋瑛に同調したとしても、ワイルドキャットが真ん中で喋っているせいもあって、洋瑛には聞こえてこない。洋瑛が耳を傾けていないので余計である。
して、菊田の愚痴に真奈が同調しそうなものだったが、彼女はぶりっ子杏奈が副隊長になって不快な半面、解決のない文句ばかりの菊田がわずらわしくなってきてもいる。
有島と二本柳がぎらつく男に声をかけるわけもない。
だが、この日、前夜に使命を知ったとあって、雪村が菊田を相手にした。
「必要ないことをやるわけないだろ。必要だからやっているんだろ」
中央に位置している雪村だから、自然、皆の顔を持ち上げさせた。洋瑛だけは依然として自分の世界に閉じこもっていたが、天進橋にやって来て以来、雪村も口数が少なくなっていた。その彼が菊田の聞き飽きた文句に付き合ってやったものだから、ブログを開設するかどうかなどと対策を講じ会っていたワイルドキャットと片岡も口をつぐむ。
ようやく相手にされた菊田はすぐに反論する。
「何が必要なんだよ。俺たちはトランセンデンスなんだぞ」
菊田の名誉を慮れば、男どもは精神的な環境が悪い。洋瑛が息を呑ませる鉈のような殺気を常にまとっているので、訓練が終わったあとの自由時間でも彼らは神経衰弱になってしまっている。
その点、女どもには良くも悪くもワイルドキャットがいた。物おじしない彼女は人を選ばないので、誰にでも話しかける。世代が1つ下というのもよかった。姉ばかりを持つ片岡がワイルドキャットにくっついているのもそのためだろう。
それはともかく、雪村と菊田は、座席の位置上、隊員たちを自然に巻き込みながら睨み合っている。
「だいたいよ、雪村。お前、天進橋に来てからずいぶんと優等生だよな」
「優等生とかそういうんじゃなくて、必死なんだよ。みんなそうなんだよ。水を差すようなことは言うなよ」
「お前よ。そういうのは俺に言うんじゃなくて、近田に言えよ」
皆、表情を曇らせた。じゃれ合っている片岡とワイルドキャットはともかく、千鶴子や由紀恵でさえ、菊田をちらりと見やった。今の洋瑛に触れたところで、話が泥沼化するのは明らかである。
それでいてワイルドキャットが、
「何が?」
と、雪村と菊田の対角線上に顔を突き出してきた。菊田は「お前じゃない」と言う。兄貴のほうだと。するとワイルドキャットはにたにたと笑うまま「お兄ちゃん」と言って洋瑛を呼ぶのだった。
「あん?」
ワイルドキャットのジャケットを片岡が引いておさめようとするがワイルドキャットは扇動する。
「マエガミくんと菊ちゃんが何か言っているよ」
洋瑛は妹を見ただけでほかには視線を回さずに食事を再開した。ワイルドキャットも鼻で笑って箸を動かす。
しかし、近田兄妹の無言のやり取りで収拾してしまうのが菊田は納得できず、菊田が洋瑛を険のある声で呼ぶ。洋瑛は眉をしかめながら顔を上げる。
「お前が水を差しているって雪村は言ってんだよ」
「お前、ふざけんなよ」
と、雪村が声を荒げた。対角線に挟まれている圭吾は終始うつむいて食事に熱心であるのを振る舞っているが、さすがに気が気でなくなって口許を絞り上げる。火種の2人を交互にうかがう。
有島と二本柳は傍観者である。真奈はわずらわしそうに無視している。
そちらをよそに、壁際では使命を帯びている杏奈が洋瑛に向かって言う。
「近田くんは水なんか差してないよ」
しかし、菊田の耳に入った。荒砂山のあぶれ者に対して強気で向かった。
「なんだよ、それよ、カピちゃん。近田が真面目にやっているのは教官たちを殺すためなんだろ。そうなんだろ、近田」
「やめろよ、菊田。挑発してんなよ」
雪村が眼光を鋭く伸ばして菊田と一触即発になるが、雪村との口論は分が悪い。ので、洋瑛に視線を向ける。
「どうなんだよ、近田」
洋瑛は無視を始めており、ほっとけばよかったものの、雪村が言ってしまう。
「相手にするな、近田」
菊田が激昂する。立ち上がる。
「おい雪村っ! なんなんだよっ! どういうことだよっ! 相手にするなってどういうことだよっ!」
「今のは悪かった」
「ふざけんじゃねえよクソッ!」
菊田は腰を下ろす。息を抜いて怒気を鎮めていく。が、こういうとき荒砂山では手下たちが代わりに雪村を攻撃したというのに、ここ天進橋では菊田を誰も擁護しなかった。むしろ、気配からして無言の批判を菊田は感じた。片岡でさえ侮蔑した視線を向けてきていた。
孤立感を深めた菊田が、口論がおさまったと思いしな、急に拳をテーブルに叩きつける。全員の食器が浮いて、味噌汁がこぼれるのもあって、空気はしんと張り詰めてしまう。
菊田は目を真っ赤にしてコメをかきこんでいく。
なんともいえない殺伐たる沈黙が下りた。して、洋瑛はこの異常事態の原因がわかっていない。洋瑛の目にはなぜか菊田が涙目になっているのである。菊田が文句を垂らしてばかりで孤立していたのを、洋瑛は鈍感なまでにまったく知らなかったのである。
ただ、嫌なものだけは感じた。本来ならば洋瑛はかばい立てられない。天進橋にやって来る前日、すべての者を敵に回したと自覚しているのである。しかし、いつのまにか洋瑛の役割を菊田が担ってしまっているのである。
洋瑛がじっとして菊田の様子を見つめているので、向かいの杏奈が使命感から変な気を回してしまう。
「近田くん。菊田くんはただ疲れているだけで」
「疲れているとかじゃねえだろうよっ!」
と、菊田がわめいた。菊田の瞼は血走って潤んでいた。唇が震えていた。洋瑛は目に映る菊田の顔の情けなさが不可思議で仕方ない。
すると、雪村が言う。
「やめろよ。カピちゃんに当たってんなよ」
「当たっているじゃねえだろうよ! なんで俺ばっかりなんだよ! 隊長と副隊長さんよ! おかしいだろうが!」
菊田は涙は我慢しているが、鼻は垂れていた。興奮のあまり多少幼稚的でいた。しかし、事情がよくわからない洋瑛は眉を怪訝にしかめる。不信感が滲んだ瞳を転がして、杏奈と雪村を見やる。
「まさか、お前ら」
と、洋瑛は杏奈にまで目つきを鋭くさせた。
「隊長、副隊長って、ダルマの飼い犬になったんじゃねえだろうな」
洋瑛に殺気を向けられてしまった杏奈は声が出なく、懸命に首を振って、ちがう、と、口の動きだけで示した。
「俺が殺す殺すってわめいているから、俺をなだめろってダルマに言われたんだろう。だから、俺ばっかりおだてて菊田ばっかり攻撃してんじゃねえのか」
杏奈が涙目になってしまったので、さすがに洋瑛は唇を噛み、しかし、雪村に殺気の照準を定めた。
洋瑛の隣に座るのは由紀恵である。洋瑛が疑惑を持ち始めたときから気にかけている。そしてとうとう爆発寸前になっているので、由紀恵は洋瑛の腕を握る。彼女は洋瑛が一度そうなると徹底してそうなってしまうのを痛切に知っている。口が達者でないながらも、由紀恵は洋瑛の横顔に向けて説得する。
「ヒロ、やめなよ。雪村は隊長にさせられちゃったんだから仕方ないんだよ」
「黙ってろクソユキ」
と、洋瑛は由紀恵の腕を振り払った。
「おい、雪村。菊田のバカ野郎はなんで目を真っ赤にしてんだ。俺をおだてて菊田を邪険にしているのはどういう了見だ。俺の代わりに菊田を泣かせて、お前、自分のやってることが恥ずかしくねえのか!」
洋瑛の言葉に皆が耳を疑ったが、教官たちはともかく、雪村でさえ洋瑛を見誤っていた。洋瑛は複雑そうでいて単純なのだ。そもそもの間違いは、菊田が自分から孤立していったことを洋瑛がよくわかっていないことなのだが、それはともかく、洋瑛を形成している根っこは父の言葉や母の言葉なのだった。残虐性や悪態は洋瑛の嘘なのである。
そうした正体に気づいている者もいるにはいて、杏奈はその1人であったが、洋瑛の好きな杏奈はもういない。杏奈が強者の立場になってしまったと、単純な洋瑛は勝手に誤解し始めた。
「違うって、近田くん」
と、杏奈が鼻をすすりながらなだめようとするも、洋瑛はもはや耳を貸さない。
「何が違うんだ、カピちゃんよ。何が違うか言ってくれよ。こいつは俺が殺す殺すってわめいているから、ダルマに俺をどうにかしろって吹き込まれたんだろ。カピちゃんもそうなんだろ。そうやって言えばいいじゃねえか。コソコソコソコソくだっらねえことしやがって。俺をナメてんのかこの野郎」
「もういいべさ、近田。もう勘弁してくれよ」
藤中が涙目でいた。いや、すでに袖で瞼を拭っていた。
「お前らが喧嘩してっとつれえべさ」
さすがの洋瑛も藤中があまりにもいたいけなので、分厚い吐息をついて怒りをおさめる。
しかし、我慢ならないのは雪村のほうだった。
「仕方ないだろっ! 俺だってやりたくねえよこんなことっ!」
感極まって涙をこぼしてしまう。肩を震わせて嗚咽を漏らしてしまう。もはや雪村には耐え切れなかった。雪村には荷が重すぎた。
作戦隊員たちはここ2週間、正気でいれたのが奇跡なのである。銃弾を浴び、抑圧を受け、体も心も擦り切れている。ましてや、なぜにこんな仕打ちを受けているのか不明だった。
それでも、彼らがここまで這いつくばってこれたのは、トランセンデンスだからである。その宿命をそれぞれに抱え、受け入れ、あらゆる理不尽に耐えてきたからである。
泣いてもわめいてもSGの道しかない。
けれども、やはり鬱屈は溜まっていた。雪村と杏奈が身勝手なままに駒にされてしまって、歪みが生じた。真奈も有島も二本柳も黙ってはいるが、発狂したい気持ちでいる。辛抱のできない周りが暴れてくれてしまえば、圭吾の肌にも痛切な感情が襲う。
ただ、すすり泣きが響くこの中で、1人だけ様子が違う。
「じゃあ、マエガミくんさ、私が隊長になろっか? いいよ、私がなってあげても。それとも、カピバラさんと交代でもいいよ。私がダルマのキャプテンに言っておいてあげるから」
洋瑛は溜め息まじりに言う。
「お前は黙ってろ」
「お兄ちゃんがマエガミくんとカピバラさんを泣かせてるんでしょ。何を偉そうに」
「いいから黙ってろ」
「黙ってろ黙ってろってお兄ちゃんが黙ってりゃ済む話だったんじゃないの? 弱いくせにいっつもいっつも偉そうにさ。てかさ、許せないことがあるんだけどさ、お兄ちゃんさ、さっきユキちゃんにまでクソとか言っていたでしょ。なんなの、ほんとに」
ワイルドキャットこと洋瑛の妹の久留美は、洋瑛に似ている。なので、一度始まると、口撃が一斉掃射である。
「いちばんの悪者はお兄ちゃんじゃないの? いっつもふてくされてさ、ご飯はおいしくさせないし、空気は悪くさせるし。菊ちゃんもマエガミくんもカピバラさんも、結局はお兄ちゃんが癌なんでしょ。マエガミくんが飼い犬だからって、結局さ、お兄ちゃんさえおとなしくしてりゃ誰も泣かないじゃない。お兄ちゃんはそれをわかってんの」
「お前が知ったような口きいてんじゃねえ」
「謝れよ、みんなに。バカ兄貴」
洋瑛は無視して食事を進める。
「しょうもない。謝ることもできないだなんて。私はチヅちゃんに謝れって言われたらちゃんと謝るよ。あんたは誰に言われても謝らない。ていうかそうやって言う人は誰もいない。バカだから」
「もういいよ、ワイルドキャット」
雪村が言う。しかし、ワイルドキャットは立ち上がって吼えた。
「よくないでしょっ! なんなの! マエガミくんもうじうじうじうじしてさ! 飼い犬なら飼い犬らしくしてりゃいいじゃん! てか、あんたらみんな弱すぎっ! テレビが来たとき、足手まといじゃん! ピーピーピーピー、お母さんがいなくなったヒヨコみたいに泣いててさ! テレビの前でもピーピーするつもりっ? そんなレベルだからガムクチャとかシミオバサンにボコボコにされんじゃないの!」
「久留美の言うとおりだな」
と、言うと、千鶴子は食べ終わった食器をトレーの上にして、返却口へと歩いていく。
「ほら。番長のチヅちゃんも言ってんじゃん。わかってんの、マエガミくん。番長なら番長らしくさ、チヅちゃんみたいにどっかりしててさ、ピーピー泣いてんじゃなくてさ、わかってんの!」
「お前は黙ってろ!」
と、洋瑛が血相を変えて立ち上がった瞬間、ワイルドキャットはそこから消えてなくなり、次の瞬間には洋瑛のみぞおちにブーツの裏を叩き込み、洋瑛を吹っ飛ばして壁に叩きつけた。




