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俺の親知らずを抜いていけ  作者: ぱじゃまくんくん夫
アジタートの章
23/58

08:G地区解放作戦

 28歳にして国防陸軍第44普通科連隊の第四中隊長付け将校を務めている山本優馬大尉は、勤務を終えて牛追坂駐屯地内の官舎に帰ってくると、2年前に妻としたばかりの朝美に「首都の父さんのところに行ってくる」と告げた。


「急にどうしたの。お正月に帰ったばかりじゃない」


「明日の朝いちばんに国防省に行かなければならなくなって。実家に泊めさせてもらうつもりさ」


 腹の中に子を宿して6ヶ月に入った妻になるたけ心配をかけないよう、優馬大尉は笑顔をつくろった。


 陸軍制服からカジュアルなブレザーとコートに着替えた優馬大尉は、官舎にタクシーを呼びつけ、小一時間をかけて釈迦堂駅にやって来る。


 ネオン看板の明かりに染められたロータリーには寒風が吹きすさんでいた。優馬大尉は寒さも忘れたかのようにして、足早に駅舎へと行く。


 利用者がちらほらといるばかりの片田舎の駅構内にて、腕時計を何度も確認しながら改札口を抜けていく。


 プラットホームで列車を待つ間、優馬大尉は右足をしきりに揺らし、革靴を苛立たしげに鳴らした。


 照明の光にぬれた線路に列車が軋みを上げながら滑り込んでくる。通勤時間帯をややすぎた頃合いにあっても、片田舎である。降りてくる人々はまばらである。


 車両に乗り込み、冷えた座席に腰を下ろした。自然、背もたれに腰が沈んでいく。車両が走りだしたとともに、優馬大尉は抜け殻になってしまいそうなほどの大きい吐息を長々とついた。


 森姫山、荒砂山、来間山、ウィアードが3箇所の兵学校を同時襲撃した事件は緘口令が敷かれており、世間はおろか、国防軍内部でも統合参謀本部などの幕僚か、当事者の特殊保安群ぐらいしか知れていない。


 ただ、優馬大尉が配属されている陸軍第十七師団牛追坂駐屯地に、突如として牛追坂専門兵学校なるものが開設され、荒砂山の専門兵学生の一部がここに移ってきたのだった。


 牛追坂駐屯地は国防陸軍の管轄である。SG分隊5個を常駐させている特殊保安群は国防大臣直轄部隊であり、陸軍からすればSGに敷地の一部を貸してやっているという目線であった。


 そこへきて、特殊保安群は兵学校を開設した。牛追坂駐屯地の第十七師団に一切の申し立てがなく執り行われたことで、国防陸軍から不信感をかっている。


 優馬大尉は十七師団参謀長に直々に呼びつけられ、「内密に」と付け加えられた上で、


「ウィアードがG地区外に出現し、SG兵学校3校を襲撃した。特殊保安群はこの内実を伏せようとして裏工作するはずだ」


 ゆえに統合参謀本部の父親から情報を引き出してきてほしい旨、指令された。


 とともに、優馬大尉は参謀長の口からG地区の真実を初めて聞いたのだった。


「山本大尉はいずれ国防陸軍を背負って立つ者であろうから、遅かれ早かれ知ることであろうが」


 参謀長は言葉を遮って、ためらいを飲み込むようにして湯呑み茶碗の中身をすする。溜め息のような息をついたあと、言った。


 驚愕すべき真実であった。


「G地区にはトランセンデンスによる反体制組織がある。我々はこれを国家側のトランセンデンスと分けて、「D」と呼んでいる」


(とんでもないことに巻き込まれた――)


 ウィアードによる襲撃事件は、Dのテロ行為であると参謀長は断言した。


「しかし」


 と、参謀長は言う。


「兵学校を襲撃したのはウィアードだ。ウィアードは獣でしかない。Dが自ら襲撃したのではない。G地区内をうろついているウィアードが放水路を越えていったと突っぱねられれば、それでおしまいだ。それにDと国防軍には不戦協定の密約がある。Dが不戦協定を破ったという証拠がない以上、国防軍も手出し無用なのだ」


(不戦協定があるだなんて)


「どうやら森姫山は全滅し、30人以上の学生が殺されたようだ。弟や妹がいるSGもいる。Dの存在を知るSGはほとんどいないが、将校級のSGは存じている」


 パズルのピースをはめるようにしてぴたりと一致するのは、昨今、世間を賑わせている「G地区解放」の論調であり、そして特殊保安群は国防大臣直轄部隊なのであった。SGたちの復讐心に突き上げられた特殊保安群の将校たちが、参謀本部の目をかいくぐって政治家連中から作戦指令の通達をもぎ取るのも不可能ではない。


「G地区方面を守備する我々はSGの暴走を許してはならない。参謀本部の状況を調べてほしい。いや、むしろ、極秘の指令通達を頂戴してもらっても構わない。十七師団はSGを叩き出す準備が出来ている」




 優馬大尉が首都郊外の実家に到着したとき、腕時計の針はすでに11時半を越えていた。


「優馬っ。どうしたのこんな時間に」


「息子が実家に帰ってくるのがそんなに驚きかい。今日は泊めさせてもらうよ」


 優馬大尉は取り乱しぎみの母親に着替えの入ったボストンバッグを押し付けた。


 父親の書斎をノックする。返答がない。母親にはすでに聞いている。「入らせてもらうよ」と言って、優馬大尉はドアノブを引いた。


 山本少将は背広にネクタイ姿のままで机に座っていた。優馬大尉はとりあえずの敬礼をかかげるが、少将は何らかのレポートを眺めているだけで、息子には目もくれてこない。


 コートを脱いだ優馬大尉は、そのまま机の前の小さなソファーに腰掛けた。テーブルの上には、優馬大尉の妹の典子と、姪の久留美のツーショット写真がフォトフレームに立てかけられている。


「何の用だ」


 と、山本少将はレポートを手にするまま息子を睨みつけた。優馬大尉はフォトフレームをテーブルに戻しながら、父親を睨み返す。


「統合参謀本部はどこまで知っているんですか。専門兵学校同時多発テロを」


「十七師団に差し向けられたか」


 優馬大尉は何も答えず、ひたすら、父親の凍てつい目を追い続ける。


 山本少将はばさりとレポートを机の上に投げ捨てた。眼鏡を外し、鼻の付け根を親指と人差し指で揉みほぐしたあと、眼鏡を再び掛けて、言う。


「連中に伝えおけ。主導権は参謀本部にある。予備役に飛ばされたくなければ首を突っ込むな」


「十七師団は前線です。統合参謀本部の指揮が曖昧だと、あらぬ犠牲を伴いかねます」


「貴様はいつから師団の司令部になったのだ。たかだか中隊長の分際で」


「牛追坂にはあなたの孫も腹の中にいるんですよ」


「だからなんだ」


 と、山本少将は瞼を見開き瞳孔を広げた。


「牛追坂にいるのは貴様の妻や子供だけではない。俺は貴様の父親ではなく、統合参謀本部の作戦部の長だ。牛追坂の兵士、家族、それらの生命を優先するは当然だ。己の妻と子供だけしか考えられぬ貴様と同等に扱うな」


 不条理極まりない発言であるが、山本少将の鬼気迫る唸りが、優馬大尉の反論を喉から出させない。


 しばし、沈黙があった。


「何も引き出せないまま牛追坂に帰れるはずがないじゃないか」


 優馬大尉は少年が拗ねたような眼差しを送る。父親の山本少将は冷えた目で息子を見返しつつも、椅子の背もたれに背中を沈めていく。


 ネクタイの結び目を緩めながら、言う。


「貴様はどこまで知り得た」


「G地区にはウィアードだけじゃなく、トランセンデンスの反体制組織があること。それと国防軍と不戦協定を結んでいること」


「そうか」


 ならば、と、言って、山本少将は机の上のレポートを手にし、優馬大尉に差し向けてきた。


「これを見て、貴様が感じたことをそのまま牛追坂に持ち帰れ。だが、覚悟しろ。SGはこれまでに何十人もの要人たちを葬ってきた。政治家、経済人、ジャーナリスト、そして、自分たちの意にそぐわない陸軍の参謀たちだ。いいか。このレポートはパンドラの箱だ」


 山本少将は優馬大尉に何枚もの分厚いレポートを差し出してきているが、山本少将の眼光に射すくめられて、優馬大尉は手を出すのをためらってしまう。


「貴様には生まれてくる女の子がいるんだろう?」


「父さんは、そのパンドラの箱を開けて、無事だって言うのかよ」


「中央の参謀と、師団の手先とでは、保有している情報も従えている者も、質や量は桁が違う」


 優馬大尉はひったくるようにしてレポートを取る。固唾を飲みながら、レポート用紙に目を通していき、1枚1枚をめくっていく。


「それはある筋から入手した特殊保安群の極秘資料だ」


 第14号機密案件、作戦コード「ブラッディレイ」と、ある。


 特殊保安群の群長である川島大佐の指令により、天進橋駐屯地の作戦科将校たちが1ヶ月前から練り上げてきていた機密作戦事項である。「G地区解放作戦」のための戦略要旨が記述されてあったが、これはG地区とSGの因果関係の大半をも知ることのできる内容であった。


「どうして、父さんがこれを手に入れられたんです」


「川島の独断専行を食い止めようとする者が特殊保安群にはいる。その筋が多くの者を迂回させて俺の手に回してきたのだ」


 特殊保安群が極秘に進めているブラッディレイ作戦。それは「G地区解放作戦」であったが。


 レポートの一文には、


「赤い爪の作戦」


 とある。


「赤い爪の作戦ってのは、12年前にもSGはG地区解放作戦をやったんですか」


「その赤い爪の作戦は国防軍主導によるG地区解放作戦だ。そして、赤い爪の作戦でSG隊員21名を率いた作戦隊長は、お前の義理の叔父だ」


「えっ――」


「近田洋次郎だ」


 優馬大尉は青ざめた。


「洋次郎叔父さんは天進橋に侵入してきたウィアードにやられてしまったって、父さんが」


「G地区解放作戦は隊員の全滅で失敗に終わった。国防軍はこの事実を闇に葬った。それだけのことだ」


「そんな――」


 優馬大尉は絶句してしまう。近田洋次郎少佐が天進橋で活躍しているとき、優馬大尉は中学生から高校生の時分だった。1年に1、2度しか会う機会はなかったが、ひょうきんで気の優しい兄貴肌の人だったのをよく覚えている。


 そして、彼の訃報もショックだったので、記憶にある。


「で、でも、どうしてっ、全滅してしまうような作戦を、川島大佐はまたやろうとしているんですかっ」


「それは、洋次郎の能力を受け継いだトランセンデンスが現れたからだ」


「く、久留美がっ?」


「違う。洋瑛だ」


「洋瑛は夜目のトランセンデンスで、兵学校の落ちこぼれだって父さんが言っていたじゃないかっ」


「そのレポートを見るまではそう思っていた」


 優馬大尉は目を血走らせていきながら、レポートを読みあさっていく。


 そこには、2ヶ月ほど前からの洋瑛の行動記録。その分析が兵学校教官たちによって記述されたものがあり、


「近田洋瑛一等兵学生が高速運動トランセンデンスであることはより濃厚……」


「それによると、洋瑛は寮をたびたび脱走していたらしい。あいつの間抜けなところは、寮のカメラに映っていなくても、ふもとのコンビニにのこのことやって来て、そのカメラにしっかりと収められていたことだ」


 ただ、と、山本少将は語気に力を込める。


「あいつはそれを隠している。洋瑛のことだから、国防軍の実験台にされたくないとかそういったくだらないことで隠しているんだろうが、そこにも書いてある通り、洋瑛は残忍で自己中心的だ。あいつには何ら思想も知恵もないから、脱走ぐらいしかしないが、もしも、自分の力で国防軍を屈服させられると知るとなれば、何を起こすかわからん」


「洋瑛が残忍だなんて。確かに自己中心的かもしれないけれど」


「貴様は知らないだろうが、あいつは物心のつくかつかないかのときから、昆虫をばらして笑っているような子供だったんだ。咲良は――、あいつの母親はそれに苦労して、何度も言い聞かせたんだ。SGになって国民を守れ。SGじゃないトランセンデンスは化け物にすぎないってな」


 レポートにはブラッディレイ作戦の隊員も記載されている。優馬大尉はそこに洋瑛だけならず、久留美の名も見つける。それどころか――。


「G地区解放作戦だなんて、これはほとんどが兵学生じゃないか。SGは4人しかいない」


「そのメンバーの出身地だ」


 と、山本少将は言う。


 アタッカー、カバーアタッカー、コラボレーター、リカバリー、サポーター、と、一応の編成が組まれているが、洋瑛の兵学校からの教官が2人、洋瑛の妹が1人、洋瑛の幼なじみが3人、洋瑛とつるんでいる者が2人、洋瑛が慕っているらしき女が2人。


「洋瑛を中心にして編成されている。何を仕出かすかわからない洋瑛を制御するための編成だ」


「そんな――。洋次郎叔父さんでさえ駄目だったっていう作戦に、こんな学生たちの部隊だなんて。死にに行くようなものじゃないか!」


「そうだ。洋瑛と久留美はDに殺されに行く」


「どういうことだよ」


「川島の狙いは別にある」


 山本少将は右手を出し、優馬大尉にレポートの返却を求めた。


「貴様が立ち入るのはここまでだ。貴様のために言うんじゃない。貴様の妻と、生まれてくる孫のために言う。牛追坂に配置されているSGは川島の指先一つで十七師団の幹部将校を葬れる」


 優馬大尉は山本少将の目を見つめるだけで、言葉はない。


「いずれ貴様もすべてを知ることになるだろう。だが、今は身を引け。闇の深さは貴様の想像を超えている」



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